▼ 02
「ん…も…やぁっ……」
「何が嫌なんだよ!こんなに濡らしてるくせに…!」
今日もまた乱暴に無理矢理何度も抱かれていた。跨がされて、下から中心を揺さぶられる。
ここに来て1週間、毎日抱かれていた。
無表情のまま強引に身体だけを押し付けてくるこの人に恐怖しか感じない。
何度もされると、身体は馴染んできてしまうのが自分でもわかっていた。
けれど、ここで拒絶の言葉を発する事すら止めたら全てが奪われてしまいそうで。
怖くても辛くても抵抗を続けていた。
いきなり極端に狭くなってしまった私の世界。
鳥籠にいる鳥と同じ。
見知らぬ場所に連れてこられて閉じ込められて、愛でられるだけのそんな生活。
…違う。
鳥の方がましだ。
私は愛されてもいない。
ただ、彼の欲求を解消するためのそんな存在でしかない。
けれど、1つだけ不思議な事があった。
「杏樹…」
私が眠りについているときにそっと優しく名前を呼んで、腕に抱いてくれている。
一度だけみてしまったその光景。
歯茎を見せる口許は、とても優しくてこんな世界で生きている人とは思えなかった。
そして、同時に感じる懐かしさ。
でも、何処で見たのかは思い出せない。
そんな違和感と共に一日のほとんどを、彼の部屋でまるで軟禁されているかのような状態だった。誰とも話さず、ただ部屋の隅で呆然としているだけ。
何もかもを投げ出していた。
「…杏樹ちゃん、ご飯、食べれる?」
お昼過ぎに部屋の障子が開いて、かわいい男の子の顔が覗く。
彼はあの人の部下の優史君。
いつも、あの人が長時間外出してる時に食事を用意してくれていた。
「ちゃんと食べないとダメだよ」
「………」
机の前に座り、お茶碗を手に取り箸でほんの少しのご飯を口へ運ぶ。
優史君はそれを少し困った笑顔で見つめていた。
彼が私の監視係らしくて、身の回りの世話をしてくれている。
「…よかった。いつもより食べてくれて」
「…ありがとう」
初めて彼の言葉に返事をすると、驚いて固まっている。
限界を感じてた私は、誰でもいいから話をしたかった。
「あのさ…真誠、ほんとはこんな奴じゃないんだよ?」
「真誠…?」
初めて出てきた名前。
「えっ!?杏樹ちゃん名前も知らなかったの!?」
「知らないよ。会話なんてしないもん…」
目を丸くして驚く優史君。
そう、いつも顔を合わせれば無理矢理ベッドに押し倒されるだけで話をすることなんてなかった。
きっと、私の名前すら知らないんじゃないだろうか。
「あいつ、北条真誠って名前なんだけど…」
「北条真誠…?」
初めて知ったはずなのに、微かに馴染みのあるその名前。なんだかひっかかる。
「知ってるの?」
「さぁ…記憶にないけど…」
それから、優史君ともう少しだけ話をした。
二人とも私と同じ年齢であることを初めて知る。
「あいつね、君の事いつも心配してるよ。食事を取らないことも知ってるし、仕事から帰ってくると一番に君の事を聞くんだ」
真誠は、本当は優しくてイイ奴だから…
そう言って彼は片づけをして部屋を後にした。
北条真誠…
聞き覚えのある名前。
部屋のソファーで膝を抱えて窓の外をぼんやりと眺めながら、記憶を手繰る。
多分、私は彼と会った事がある。
あの既視感は嘘じゃない。
会社…大学…高校…中学…小学校…
記憶に潜り、探し始める。
窓の外は青空から段々と夕暮れへと移り変わり始めていた。
道路を戯れながら歩いている小学生の男の子と女の子を見た瞬間、突然記憶が瞬いて蘇った。
「しんせいくん…げんきだして…?」
「だって…もうあえないんだよ…」
夕暮れの帰り道に泣いている男の子の手を握っている小学校の頃の私。
飼育していたうさぎが死んでしまって、当番だった私達はお墓を作ってお別れをした。
その帰りにずっと彼は涙を流していた。
とても優しい子で、彼を大好きだった私は慰めようと必死だった。
懐かしいそんな思い出に少しだけ心は軽くなった。
バンッ―――――
夜も更けた頃、ベッドで眠ろうとしていると乱暴に部屋の障子が開いた。
慌てて電気をつけると戸口に彼が立っている。上半身裸で下はスウェットのズボンのみ。髪が濡れていることからお風呂上がりなのが分かる。
「……」
目が据わっていて、酷く殺気立っている。
動くだけで命を取られてしまいそうなそんな緊迫感を彼は放っていた。
「ちょっと!?」
無言でいきなり馬乗りに跨られた。
そのまま服を破られて肌を晒される。
「やっ…!痛っ…!やだぁ…!!」
シャワーを浴びたばかりで、蒸気が上がっている肌が重なってくる。
それと同時に、石鹸の匂いに混じって微かに鉄の匂いが鼻を掠めた。
彼がどんな仕事から帰ってきたのか想像に難くない。
首筋を這い回る舌に鳥肌が立つ。
恐怖から逃れようと暴れるけれど、のしかかってくるこの人に動きを封じられた。
「反抗すんじゃねぇよ…黙れ…」
至近距離で睨み付けてくる。
なんだろう、荒々しいのにその声はひどく苦しそうで。
すごい力で私の身体をベッドに押さえつける癖に瞳は不安げに弱々しく揺れていた。
涙こそ溢れていないけれど、泣いている。
直感がそんな事を私に告げた。
「真誠君…」
思わず口にした名前。
そう呼んだ途端、彼は仰け反って私から離れた。
2016.3.15
天野屋 遥か
天野屋 遥か
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