重なることのないままに



あんな事するんじゃなかった。
当て付けにキスを見せつけるなんて…

あの時、真央の表情は驚きと失望が入り交じっていた。

それからアイツの方が俺を避けるようになり、
俺達は全く言葉を交わす事はなくなってしまった。

今更ながら自分の行いを後悔する。

でも、許せなかったんだよ…!
好きな人はいないなんて言ってたくせに…

湯野を見る目は明らかに柔らかくて優しくて
大切なものを見る眼差しだったんだ。
その横顔を見ただけで、アイツが秘めてる気持ちが一発でわかった。
俺もあんな風に見つめられたかった。
だけど、それは叶わないことで。

湯野よりもよっぽど近い距離にいるはずなのに…
アイツの笑顔を傍で見ているはずなのに…

苛立ちと妬みで八つ当たりしてしまった。

この間、俺が4組の高崎 ユリと屋上でキスをしていた時
それを見てしまったアイツの顔が悪夢みたいに頭の中でずっと繰り返している。


「じゃあ、私から曲入れるね〜!」

嬉しそうにリモコンで選曲を始める化粧の厚い女。
ユリに誘われて何となく来たカラオケボックス。
個室に入ってからはずっとコイツは俺に身体を密着させてくる。
けれども、頭にあるのはアイツの事ばかり。
男を誘うために自分が可愛く歌える歌を得意気に歌うユリの声をぼんやりと聞き流しながら、
今日も補習をサボってしまった事に罪悪感を感じる。

来ない俺を待ってくれてるのだろうか。
それとも、もう俺の事なんて…

自分で突き放そうとしたくせに、あいつの事ばかり考えてしまう。

「ねぇ?純、どうしたの?」

「あ?別に…」

「ちょっとぉ!話聞いてる?
 私といるんだからもっと楽しそうにしてよ!」

…うざい。
なんで、女ってこうなんだろ。
私かわいいでしょ?って言わんばかりに猫撫で声で甘えてすり寄ってきて。
少しでも相手しないと怒って気を引こうとする。

あいつはそんな事言わなかったな。控え目だった。
話はするけれど、こんな風に「私を見て」とは言わなかったし、
むしろ俺の話を聞こうとしてくれていた。

考えれば考えるほど、肩に頭をよせて下から媚びる様に見上げてくる
この女との時間が酷く馬鹿げたものに思えてきた。

「悪い。帰るわ」

「えっ!?待ってよ!!」

ユリの制止も聞かずに部屋を出る。
繁華街を抜けて家路についた。

俺、マジで何やってんだろ…

せっかく、心を開ける人間に出逢えたのに――――


「…ただいま」

夜、家に帰っても誰もいない。
分かってるのに、いつも呟いてしまうこの言葉。
仕事で父親は毎晩遅くしか帰ってこないし、母親はとうの昔に家を出ていってしまった。
姉も遠くの大学に進学して一人暮らしをしている。

真っ暗な部屋に、自分で電気を点す度に寂しさがこみ上げてくる。
何も乗っていないダイニングテーブル、もう何年も座っていないリビングのソファー。
整然としてまるで生活している人間など存在しないような空間。


そう、俺はずっと一人だった…

寂しくて、満たされなくてこのままじゃ自分という存在が消えてしまいそうで。

怖かった。

誰もいない家に一人でいると、 自分自身の存在に価値なんかないって突き付けられているみたいで。
それに実際、親は2人共、俺の存在をうっとうしく思ってる。
離婚での揉め事が長引いてる原因は俺にもあるし。
姉ちゃんもめったに実家に帰ってくることなんてないし。
誰も俺の事なんて気にかけてくれなかった。


もちろん、学校でつるんでる奴らにはそんな話出来なくて、誰にも言えない虚しさを抱えながら
適当に寂しさを紛らわせるために遊んでいた。
そしてそのうち気づいたんだ。
女に走ればそんな事考えなくて済むって。
この現実を見ないフリ出来るって。
俺が声をかければ、大体の女は簡単に股を開く。
重ねる肌の熱さに酔いしれて、刹那の快楽に溺れて適当に付き合ってればよかった。

アイツに逢うまでは…


「ねぇ、真央は俺が怖くないの?」

いつかの帰り道、隣を歩くアイツに問いかけた。

「初めは怖かったけど、今は違うよ。
 純君、こうやって話すとクラスの他の男子と変わらないし」

柔らかな紫色の空の下で漆黒の髪を靡かせて、優しく微笑んだ特別な女の子の顔が甦る。

「我慢しないで…」

俺達しかいない静かな教室。
夕焼けに照らされた君の涙は余りにキレイで、今でも瞼に焼き付いている。

彼女が俺のために泣いてくれた時、初めて満たされたんだ。
こんな風に思ってくれる人がいるなんて思わなかったから。

真央の姿を一目でも見たいから学校には顔を出す。
退屈な授業にもちゃんと出るんだ。
そして、然り気無く隣の席に視線を送る。

友達と笑顔で話す真央。
授業を真剣に聞く真央。
時折、解らない問題があって眉間に皺を寄せて悩む真央
全てが愛しい、だから…


「山口さん!教科書ありがとう!」

休み時間に声がする方をみると、アイツと湯野が楽しそうに話をしていた。
手入れの行き届いた黒髪と雪の様な白さの優しそうな真央と
いかにも部活を頑張ってる証の健康的な外見と爽やかな笑顔で人望も厚い湯野。
どこからどうみてもお似合いの2人だった。
茶髪にピアスで第三ボタンまで開いたシャツのいかにもチャラい俺が
相応しくないとまざまざと見せつけられているみたいで。


バンッ!―――――――

気付いた時には、机を叩いていた。

慌てて周りを見渡すと、教室内は水を打ったように静まりかえり、俺に視線が集まっていた。

あの二人も驚いたように俺を見ている。
真央の瞳には不信感が滲み出ていた。

「くっそ…!何だよ…」

面白くなくて、思わずそう吐き捨てて乱暴に鞄を持って教室を出ていった。
さっきまでの気持ちは掻き消され残ったのは苛立ちだけ。


そのまま早退してしまったけど、他に行く場所も無くてゲーセンに流れ着く。
無機質なたくさんのゲーム機の箱が並んでいるそこは、
それぞれの機械から映像が絶えず流れ続け、画面は点滅して俺みたいな寂しいやつを誘う。
それと共に大きな電子音が鳴り響いているのは一見不協和音の様で、だけどそれが妙に心地よかった。
ゲーム機の前に座ってぼんやりしていると、背後に気配を感じる。

「なぁ。お前、金持ってる?」

「あ?」

話しかけられて振り返ると、近所でも荒れてるって有名な高校の制服を着ている奴等が3人立っていた。
金髪やまだらに明るく染まった髪の毛、ピアスにだらしなくボタンが開いている制服のシャツや規定外の派手なシャツを着てるいかにもな奴等。

「早く金出せよ」

相手にせずにゲームをしようとしたら、トイレに連れ込まれて壁に押し付けられて奴等に囲まれた。

「ほら、出さねぇと痛い目にあうぞ」

「だから、金なんてねぇって」

そう言って、振り切ろうとすると腕を掴まれる。

「離せよ…!」

苛ついて、ソイツを睨んだ。

「お前、S高の伊藤だろ?生意気なんだよ!」

「!?」

いきなり右の頬を殴られる。壁に打ち付けられた衝撃を身体に喰らう。

「何すんだよ!!」

何かが自分の中で切れた。
募っていた苛々が最高潮まで昇り、怒りに任せて拳を喰らわせる。
一人がそれを喰らって床に沈んだ。
それを皮切りに、残りの2人にも牙を向ける。
奴等は何か叫んでいるみたいに口を大きく開けて、表情を恐怖に歪めているけれど音は何も聞こえない。
無我夢中で拳を振るう。
脳裏には、真央と湯野が楽しそうに話をしている場面が何度も浮かんでは消えた。

「はぁ…はぁ…」

血まみれの拳を見て、我に返る。
そして、気がつくと3人が床に突っ伏していた。

それを見下ろしていると不自然な爽快感が込み上げてくる。
無理やりに気分を高揚させようとしているそんな感じ。
その歪んだ暗い解放感は、一瞬は自分の気持ちを上げてくれるけれど、そのあとは何かが抜けた様に
またさっきみたいな沈んだ気持ちに逆戻りをしてしまうことも分かっていた。


「伊藤、お前この間、停学になったかりだろ!?」

喧嘩したら、案の定通報されて学校に呼び出し。
職員室で説教喰らった後、忘れ物があった事を思い出して教室に戻った。

夕闇が近づき、仄暗くなった廊下を歩いていく。
陽が傾いて橙色に染まった誰もいない教室に、自分の足音だけが妙に響く。
窓際の自分の席に戻る。

夕日に照らされた教室にいると、二人でいた時間を思い出す。
優しくて穏やかで俺が素直になれた時間。

さっきまでの苛立ちや真央に対する一連の自分の行動はやっぱりとても愚かで、今更ながら恥ずかしくなってきた。
俺は真央にあんな事をしたかったわけじゃない…

そうだ。
大切な事を思い出した。
どう思われていようと、やっぱり俺は…

ふと、隣の席に視線を向けると、鞄が目に入った。

まだ、学校にいるんだ…
黒板をよくよく見ると当番のところにアイツの名前があった。

チャンスだ…!
真央にきちんと謝ろう。
この機会を逃したら、2人きりになれる時間なんてもうないだろうから。
そして、俺の本当の気持ちを伝えるんだ。
そうすればアイツは優しいからきっと分かってくれるんじゃないか?
また2人で笑い合える様なりたい。
ただ、それだけなんだ。

なんて淡い期待を抱きながら机に座り、
鮮やかな夕焼けを眺めながら鞄の持ち主が現れるのを待った。



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