少年は想いを募らせ



「うわぁ、暑!次の生物だるいよね〜」

「生物室遠いしやだ〜」

夏に近づく季節に窓の外から照りつける太陽の光は強くて、
うんざりしながら友達と廊下を歩いていると

「も〜やだ!純ってば〜!」

「なんで?かわいいのに…」

聞き覚えのある声が耳に入り、何の気なしに視線をやると
階段の踊り場で、女の子と一緒にいる純君が目に入った。

2人は壁にもたれて親し気に話をしている。
髪の毛を染めてて化粧もしてて中が見えちゃいそうな位短いスカートを
履いている派手な女の子が彼の肩に頭を寄せていた。
純君もその子の髪の毛を撫でている。
あぁやって女の子達といる純君はちょっと苦手。
相手と親しく接しているはずなのに、どこか冷たくて何だか遠い感じがする。

彼は笑顔で楽しそうに話しているように見えたけど…


「やっぱ違う」

「何が?俺、どっか間違えた?」

放課後、補習中に思わず溢してしまった言葉。
日が傾いて、視界の全てがオレンジ色に染まりつつある時間。
相変わらず、机ごしに向かい合って座る私達。
丁度、問題を解き終わって、私が答え合わせをしている最中だったから
私の発言に自分の答案を確認しようと純君が身を乗り出してきた。

「ううん。問題は正解だけど…」

「じゃあ、何?」

「今日の昼間、女の子といたでしょ?」

「…見てたの?」

少し訝しげな顔をする彼。

「その時の純君、笑顔なんだけど全然楽しそうじゃなかったの」

そう告げると、君は一瞬動きを止めた。

「…そんな事ないよ?考え過ぎじゃない?」

でも、直ぐに軽く笑いながらはぐらかそうとする。

「そうかなぁ?
 でもね、あの時の純君目が笑ってなかった様に見えたの」

手元に視線を落として彼の答案の確認を再開しながら、そう告げると何も返ってこなかった。
不思議に思って顔を上げると、彼は目を丸くしたまま固まっている。

「真央は凄いね…
皆、俺の笑顔に騙されるのに」

口角は上がったままなのに、何故かその声は凄く悲し気で。

「今、一緒にいる純君の方が雰囲気も柔らかくて優しくって
 私はこっちの方がいいと思うけどなぁ…」

そう告げると彼は目を伏せた。

「そんなんじゃ駄目だよ。カッコつけてないと女の子は寄って来ない」

「…どういう事?」

思わず眉をひそめる。その言い方だと、まるで女の子にモテるために無理してるみたい。

「女の子ひっかけて、適当に遊んで時間潰してるんだ」

彼は顔に長いまつげの影を落としたまま、自嘲気味に言葉を続ける。

「帰る場所なんてないから」

「えっ…?」

小さな彼の呟きに、今度は私が固まった。

「俺の家さぁ、親が仲悪くて離婚の話し合い中なんだけど…
 どっちも俺を引き取りたくないんだって」

笑えるでしょ?――――

笑顔でそう言った彼の瞳には求めても手に入らないものを諦められない苦悩と
今にも零れ落ちんばかりの悲しみを押し殺したどうしようもない寂しさが宿っていた。


あぁ、これが理由だったんだ…

女の子といてもどこか寂しそうな君。
いつも周りとの壁を作って、教室で誰も寄せ付けないようにしている君。

ポタリと音をたてて、水滴がプリントに染みを作った。ペンの文字が滲んでいる。

「なんで真央が泣くの?」

気がつくと、頬に一粒の雫が伝っていた。

「だって、純君が…」

「俺が?」

「辛いの我慢して笑いながら話してるから…」

そう、絶対に辛いはずなのに私にはどうする事も出来なくて
ただ、こうして話を聞いてあげる事しか出来ないのが悲しい。
家族の仲が良くて、毎日お母さんの温かいご飯を食べて、お父さんと何でもない話をして
弟と食べ物やテレビのチャンネルとか些細な事でケンカしたりもしながら過ごしてる
いわゆる普通と言われる家庭の愛情を受けている私にはわからない。
純君の置かれている環境は想像すらつかない。

ただひとつ分かるのは、その苦しみはきっと凄まじいのだろう。

それが少しでも楽になって欲しいと願う。

零れる涙が止まらない。

「真央、泣かないでよ…」

泣いている私を彼が諭す。

だけど、純君の瞳からも次々と雫がこぼれ落ちていた。


「純君…」

そっと彼の手に自分の手を重ねると、少し冷たくて震えていた。
その手を握ると、優しく握り返してくれる。
二人の体温が混ざりあって少しずつ温かくなっていく。

綺麗で哀しくなる様な橙色の中、誰もいない教室で私達は静かに涙を流した。


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