二人が過ごした時間は
夕陽の射す誰もいない教室―――
純君が微笑んだ。
白い肌は薄桃色に染まり、 色素の薄い髪の毛が夕焼けに映えてキラキラと輝く。
優しく柔和な曲線を描く目元に長い睫毛まつげが影を落としていた。
形のよい薄めの唇、左頬にできる可愛い笑窪。
彼が笑うと周りの空気が柔らかくなる。
それはいつか教科書で見た宗教画の天使みたいに優しくて綺麗で、
思わず息を飲んでしまった。
「起立、礼、着席」
「あーやっと終わった!」
「次、現代文かよ。ダルイなぁ」
授業の終了のあいさつと共に教室が一気に騒がしくなる。
退屈な五十分から解放されたクラスメイト達が皆この十分間の休息時間を思い思いに楽しもうとしていた。
「真央、これ言われてたプリント」
私、二宮真央も例にもれず友達の席へ移動して喋っていると、
突然、クラスメイトの純君がやってきた。
渡された紙に目を落とすと、問題の解答できちんと埋められている。
「わかった。先生に渡しとくね」
「よろしく」
そう言うと、彼は教室から出て行こうとする。
「待って!三限目はどうするの?」
「ダルイから出ない。真央、適当に言っといて」
じゃあねと笑顔でそのまま廊下へ消えてしまった。
「最近、伊藤君仲いいよね」
純君とのやりとりを見ていた友達の理沙が切り出す。
「席が隣だし、先生から補習みるように頼まれたからね」
「でも、あんまり仲良くしない方がいいんじゃない?」
「なんで?確かに見た目は怖いけど、話してみると普通だよ」
「え〜?でもいい噂聞かないじゃん。
カッコいいけど、色んな子と付き合ってはポイ捨てって話だし…
それにこの間も停学になってたでしょ?」
「…そうだけど」
彼の貼られているレッテルに納得はいかないけれど、つい先日までは私も同じ事を思っていたからそれ以上は何も言えない。
隣の席の伊藤純君は校内でも有名な不良。
明るい茶髪にピアスで、派手な女の子達といつも一緒。
この間も、他の高校の子とケンカになって相手を病院送りにしたとかそういう噂が絶えない人。
顔に傷を作っていたり、絆創膏貼っていた所を何回か見た事あるし、いつも色んな女の子を連れているのは見た事あったから、皆と同じでいいイメージがなくて苦手だった。
と言うよりも、はっきり言って怖かった。
「そうそう。真央も仲良くしてると、湯野君への印象悪くなるから
近づかない方がいいって」
さっきまで雑誌を読んでいた美帆までそんな事を言い始める。
「何でそこで湯野君が出てくるの?」
「だって、好きなんでしょ?」
「この間も、サッカー部の練習中にずっと見てたじゃん!」
二人して私をからかってくる。話題に上がった隣のクラスの湯野君は、一年生の時にクラスが一緒で少し仲が良かっただけ。カッコいいと思うけど、そんなのじゃない。
それにしても、純君、やっぱり皆の印象良くないなぁ…
まぁ、私も初めはまともに喋れなかったんだけど。
でも、あの日、夕焼けの中で彼が笑ったのを見た瞬間から私の中で全てが変わった。
柔らかくて優しくて、見ていると温かい気持ちになる。
あんな素敵な笑顔する人がなんで不良なんだろう?
笑顔にはその人の性格が滲み出るから。
だから、彼は思っていた様な人とは違うんじゃないかって思い始めた。
きっと、本当は…
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