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▼ at the begining2

「遅れてごめんね!どこまで話進んだ?」

講義に出ていたしのぶが遅れて集まりに合流する。
今日は、先日のゼミでのプレゼンで教授や他のグループから指摘された点についての改善点や、共同レポート作成のための更なる資料集めについての話し合いをするための集まりだった。
彼女を除いた4人で方向性を決めて、すでに準備に取り掛かった。
自習室には俺と徹だけが残っていたが、話し合いを終えた徹は机に突っ伏して眠っていた。

「ちょっと!どういう事!?環がそこまでするのおかしいよ!」

ホワイトボードに書いた4人で決めた方向性と資料集めの分担を伝えると、しのぶはその決定に待ったをかけた。
俺の調べものの分担が多いと異議を唱えたのだ。

「でも、俺はこのグループのリーダーだし、他の皆もサークルの幹部の仕事とかで大変でしょ?」

「そんな事言ったら環だってそうじゃない!ゼミの代表もやって、サークルも幹部の引継ぎも今大変なんでしょ?!しかも、来週、ゼミの後輩のためのプレゼンの準備もあるのも知ってるし…」

「俺なら大丈夫だよ」

口論を終わらせようと、いつもの得意の笑顔で微笑みかける。
こうすれば、大体の事は俺の思った通りにいく。

「こっちは私が調べるから!」

それなのに、目の前の彼女は俺の話を聞こうとしない。

「でも、しのぶだって…」

「いいから!あとこの2つは暇な徹にでもやらせればいいじゃない!」

「おい!俺も暇じゃねぇぞ!!」

いつの間にか、起きて俺達の口論をBGMにスマホを触っていた親友が突然の飛び火に慌てて参戦する。

「何言ってんの!?どうせゲームばっかしてマンガ読んでるだけでしょ!?」

「だから、その予定が詰まってて忙しいんだよ!俺は!」

今度はいつもの二人の口論が始まってしまった。

「とにかく、明日から私と図書館で一緒に調べるの!サボり許さないからね!」

彼女の決定にぶーぶー文句を言っていたが、結局は徹が折れていた。

自習室からアイツもいなくなり、2人になった所でさっきとは打って変わって沈黙が訪れる。
机を挟んで向かい合って座る俺達の間には、どんよりとした空気が流れていた。
恐らく、扉のガラス越し見た人間はカップルが別れ話をしていると思うだろう。
それくらいに重苦しく居心地の悪い雰囲気だった。

「…ねぇ…どうしてそこまで無理しようとするの?」

しばらくして、彼女が信じられないといった顔で溜息をつく。

「俺がしたいから」

それ以上でもそれ以下でもない。

完璧にしたい。
俺が存在する全てのコミュニティで、皆に求められる事を。
ただ、それだけ。
それで認められて、どこでも中心で輝いていたいんだ。

「だってそうしなきゃ駄目だろ?
成功したいなら、中心にいて人一倍動かなきゃ結果なんて出やしない」

しのぶは何も言わずに真っすぐに俺を見つめる。
意志の強い視線で俺の瞳を捉え、その真意を汲み取ろうと話に耳を傾けていた。

「絶対に成功して、俺の大切な人達を幸せにしたい。俺の家さ、母子家庭なんだ。父親の暴力が原因で離婚した後、母親は必死で働きながら俺と姉さんを育てていた。
弱音を吐かずに俺達にはいつも笑顔を見せてくれてた。その背中をずっとみてきたから、俺は…」

姉さんはすでに独立してるけど、ちゃんと仕送りをしてくれている。
俺も大学を卒業したら大きな企業で稼いで、母親を楽させたいと思っていた。

なんでだろう?
今まで、徹を除いてはこんな話をしたいと思わなかったのに、思わず彼女にはしてしまった。
まぁ、俺に近づいてくる人間はそういう心の交流みたいなものは求めてないって初めからわかってたし、こんな事、誰にも言うものじゃないって思ってた。
他人に弱いところなんて見せたら、何をされるかなんて分かったもんじゃない。どうせ、弱みに付け込まれて足元をすくわれるのがおちさ。
けれど、グループの皆のためや俺のためを思ってあんなに真剣に言葉をかけてくれたしのぶになら、この心の奥にしまってある自分の本当の気持ちを見せてもいいんじゃないかって…
違う、君になら見せたいと思ったんだ。

「大変だったんだね。環の一生懸命さの意味が初めてわかった。皆の中心にいるのに、何処か壁を作って一人でがむしゃらになってた理由も」

あぁ、やっぱり君は分かってくれている。
しのぶの反応に安堵館を覚えていた。

「ちゃんと弱音吐ける場所持ってる?徹とは仲いいみたいだけど、あの人じゃ…」

すると、心配そうに顔を覗き込んでくる彼女。
揺れている瞳と俺のためにだけに言葉を紡ぐ、その形のよい薄紅色の唇が心を奪われそうになる位に綺麗だった。

「大丈夫だよ。アイツが一番俺の事分かってくれてる」

「そっか…それならいいけど。私はいつも笑顔な人ほど辛い経験をしてたりとか大変な事を抱えてるって思ってるから…」

見透かしているはずの君が、まるで自分の事の様に悲痛な表情を浮かべていた。

「でもさ、いつもそんなに頑張らなくても大丈夫だよ。必死で皆に必要とされるようにしなくてもいいと思う。環の事、皆認めてるよ?」

君まで徹みたいなこと言うんだね。
嬉しさで胸が詰まって言葉が出てこない。
目頭が熱くなる。

「お願いだから、あんまり無理し過ぎないでね。多分、環は助けを求めないとは思うけど…でも、もし何かあったらいつでも言ってね。私でも手伝える事はあるはずだから」

俺の性質を分かった上で、それでもそんな風に言葉をくれた君。
ずっと誰にも言えなくて、一人でずっと抱え込んでいたものが軽くなったと思った。
”救い”とは正にこういうものなんだと実感した。
現実が変わった訳じゃない。
けれども、君の言葉一つだけで、まるでとても大きな白い布が心の奥で暗く重く蠢いていたものをいとも簡単に取り払ってくれた様な、雨上がりの空がキラキラと青く輝くみたいなそんな解放感を覚えた。

アイツだけじゃない、初めて異性に理解者を見つけた瞬間だった。


2016.2.29
天野屋 遥か


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