▼ encounter2
「徹!珍しいね!」
食堂で一人で食事をしようと席を探していたところ、隅の窓際に珍しい人物を発見した。
思わず声をかけて、空いていた正面の席に座る。
あの日以来、こうして学校で見かければ俺から声をかける。二人で飲みに行ったときに、朝までお互いの話をして、かなり打ち解けていた。
「まぁな。たまにはこねーとうるせぇ奴もいるし」
「そうなの?」
俺を一瞥したかと思えば、そのまま視線を落としてラーメンを啜る友人。
普段からインドアで夜型のくせに、こうして窓から入ってくる陽射しで照らされて健康的に映るののが妙に面白くて思わず口が緩んでしまう。
「フランス語が同じクラスの女が口うるせぇんだよ。ちゃんと来いって。それより、お前こそ珍しくねーか?」
「何が?」
「一人でここに来てんのだよ。いつも、取り巻き引き連れてんだろ?」
ニヤリと人を小馬鹿にするようなあの笑みを浮かべている。
「そんな人聞きの悪い言い方するなよ。取り巻きじゃないし。”友達”だよ」
カレーを口に運びながら反論する。
軽口を叩きながら、二人で水入らずの食事を楽しんでいた。
「あれ!?環君じゃん!」
「徹君までいるー!」
そんな時に、いきなりテーブルの周りを同じ学年の女子数名に囲まれる。
可愛くて華やかで目立つ彼女達。
「二人って仲良かったんだねー!」
「意外!」
「まぁ、たまにこうやって会えばご飯くらいは一緒に食べるよ。でも、徹はあんまり学校来ないし…」
俺も徹もそれなりに学部内で有名みたいだけど、仲が良いというところまでは知られていないみたいで驚いている。
奴は興味ないらしく無言で窓の外を眺めており、俺ばかりが話をしている。
「二人ともいるなら、丁度よかった!今度、皆で飲み会やりたいなって計画してるんだー!」
その中のリーダー格の子が携帯を取り出す。
「で、ぜひ二人にも参加してほしくて、よかったら連絡先教えてくれないかなぁ?」
甘える様に媚びた笑顔を向けてくる。
「うん。いいよ。ぜひ誘って!」
こちらも負けじと笑顔で連絡先を交換する。
「徹君はどう?」
「俺はいいわ。興味ねぇし」
問いかけに一言だけ返して立ち上がり、そのまま食べ終えた食器を持ってテーブルを後にした。
さっきまでは、俺と機嫌よく喋っていたのに、もう今は不機嫌になっている。
「やっぱ徹君って怖いね」
「とっつきにくいよね。あんなにかっこいいのに」
「いい奴なんだけど、人見知りなんだ。ごめんね。それより、他の奴らにも声かけてみようか?」
「いいの!?環君の知り合いならカッコいい子多いから助かるー!」
女子達にフォローして、どうにかその場を丸く収める。
まったく、徹の奴は愛想が無さすぎる。断るにしてももう少し言い方があるだろ。
そう思う反面、潔いと思った。
自分の意志を臆することなくはっきりと伝えられる徹。
俺も意志がない訳じゃない。
けれども、打算と物事を円満に収めたいという臆病さで、場合によっては、曖昧にして、自分の意志にそぐわない行動をすることもある。
だから、アイツのそんな所に憧れすら感じていた。
こんな風に、外面のよい俺と猫みたいに気まぐれで全てからすり抜けて、それでも人を惹き付けて止まない徹。
いつも一緒にいる訳でないけれど、何となく、ふとした瞬間に会うようなそんな関係だった。
付かず離れずといったところで。
何となく、喧騒を離れて一人になりたいけれど、でも、誰かに話を聞いてもらいたいと思うときにふっと現れるそんな大切な存在になっていた。
「環どうしたの?元気なくない?」
「そうかな?そんなことないけど…」
一人暮らしの彼女の学生マンションのソファに座ってぼんやりとしてれば、ぴったりとくっついて甘えてくる。
今付き合ってる彼女はサークルの後輩。
相変わらずの忙しさに加えて、サークルでは今度の合宿の企画を巡り揉めたりしてて、連日、その調整に動いていて疲れきっているのに、全く気付いていない。
まぁ、そんな無様な姿は見せるつもりはないからいいけど、でもわかってほしいという矛盾を抱えている自分に嫌気がさす。
「じゃあ、映画観よ?これね、話題のやつなんだよ!」
嬉しそうにDVDを取り出す彼女。
その後の展開がてをとるように分かる。
映画を観ながら適当な所でキスしてそのまま、セックスに雪崩れ込むだけ。
彼女はそれを望んでるし、いつもならその通りにしてあげる。
「…悪いけど、やっぱ今日は帰るわ。明日、バイト朝イチだし」
「えっ!?ちょっと!」
けれども、そんな気にもなれなくて。
全てが面倒臭くなってしまい、慌てる彼女を尻目に嘘をついて部屋を後にした。
「お前さ、なんで限界まできてんのに、そんなにいいかっこしようとすんの?」
ずっとゲーム画面を見ている徹に痛いところを突かれた。
部屋では静かにゲームの機械音が鳴っている。
「…そんなの皆に認めてもらいたいからに決まってるじゃん」
そのまま家には帰らず、今度は徹のマンションでだらりとベッドに横になっている俺。
コイツは面倒臭そうにしてるけど、決して俺を追い出す様な真似はしない。
それどころか、こうやって俺から話を引き出して聞いてくれる。
皆のために自分が動くことは好きだったし、何より人から評価される事にすごく快感を覚えていた。
それでも、こんな風に時折辛くなる時があって、それは彼女でも癒してもらえないから、こうして一人暮らしの徹の家に入り浸る事はざらにあった。
「俺んとこに来るんじゃなくて、彼女に癒してもらえよ」
「あのこじゃダメだよ。だからこっちに来たんだ」
唇から乾いた笑いが漏れる。
だって、俺の抱えているこの葛藤を理解してくれるような賢さはないから。
「そうだろうな。能天気にしか見えねぇからなぁ」
「わかってんじゃん」
顔は可愛いし一緒にいて楽しいけれど、ただ、それだけだ。
初めから何も期待していない。
そして、向こうは皆の中心にいるかっこいい"見城 環"を求めてる。そういう俺の見た目やステータスが好きなんだ。で、"王子"ってあだ名通りの対応を求めてるだけ。
そんな人間に俺の深くまでは理解できないだろう。今までの彼女達もずっとそうだった。
と言うよりも、そんな人間に会ったことがなかった。
こんな風に俺の事を理解しているのは徹が初めてだ。
親友と呼べる友人には、きっとこういう感覚を覚えるのだろう。
今まで生きていて、親友なんて呼べる奴はいなかったし、別に必要もないと思っていた。
けれど、コイツは多分、大学を卒業したとしても繋がりを持ち続けるだろうと容易に想像が出来た。
まるで、ずっと探していたパズルのピースがはまったような感覚。
けれども、残念な事に徹は男で。
俺のこの虚しさを埋める事は出来ない。
アイツが女だったらどんなに良いかと何度も思った。
それ位に、自分の理解者が現れたという事実は甘くて安心出来るものだった。
もし、そんな女性と出会う事が出来たらどんなに幸せだろう?
いつからか、そんな事を考える様になっていた。
2016.2.23
天野屋 遥か
天野屋 遥か
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