▼ at heart2
「徹さ、どうしてあんな風にしのぶを突き放すの?」
ふと、喫煙所で二人きりになった時にあの日から抱いていた疑問を口にした。
優しさを持ってる癖に、あんなに愛しいはずの彼女にはどうして冷たくするのか不思議で仕方なかった。
昨晩も荒々しく抱いてたし。
じっと様子を伺えば、窓を開けてぼんやりと空を見上げている徹。
「…怖いんだよ」
暫くの沈黙の後に、紫煙を吐き出しながらぽつりと溢した。
「だから、あんな風になっちまう。また自分の気持ちを拒否られたらって思うと…」
俯いて自嘲気味に笑う徹。
「拒否れる訳なんてないなんて分かってるのにな。その為にあんな契約させて…欲しいのにあんなに望んだのに…傷つきたくないから、突き離しちまう…」
髪の毛をがしがしと掻き上げる。
昔から物事が上手く行かない時に出るコイツの癖だ。
そういう事か。
強い様でいて、この男は脆い部分も併せ持っている。
それを他人に見せる様な事は絶対にしないけれど。
でも、隠している様で時折垣間見えてしまう所も人を惹きつける魅力になってるんだろうな。
「つーかさ、お前気づいてたか?」
今度は徹が俺の顔をじっと見据える。
「アイツ、俺らに抱かれてる時に他の男を見てる感じがした」
その一言に俺自身も表情が強張る。
それは感じていた。
徹の愛撫に感じている様で、その実は別の男を投影している様な印象を受けていた。
行為の最中に俺の名前を呼んだ後に、突然黙ってしまった事も心に引っ掛かっていた。
気のせいかとは思っていたけれど、相方もそう思うのであれば考えすぎでは済ませられないのだろう。
「…やっぱり?俺もなんとなくそんな気がしたんだ」
そして、気付いてしまった事実に俺達の心はざわめき、不安が膨らんでしまう。
「確かに俺達はアイツを手に入れた。でも、それは上辺だけの話だろ?」
窓の外を見下ろしながら呟く徹。
開いている窓から入ってきた冷たい風で、その艶やかな黒髪が寂しそうに揺れている。
徹の言葉に、何処かの国の独裁者の話を思い出した。
クーデターに成功し、国を手に入れたけれど、そのあと疑心暗鬼になってしまった哀れな男の話を。
かつて共に戦った自分の腹心や家族ですら自分の命を狙っているのではないかという被害妄想に取り付かれて、結果、沢山の人間を処刑をしたという。
なんという悲劇なんだろう。
本末転倒だ。
けれども、力ずくで奪ったものは後ろめたさや不安を孕んでいるから、そういった心理状態に陥りやすいのは想像に難くない。
しかも、彼女は高価なものをプレゼントして、甘い言葉を囁けば愛してくれる様な単純な女じゃないから。
…だからこそ、惹かれたんだけどな。
「じゃあ、俺行くわ」
一足先に休憩を終えた徹は喫煙所を後にする。
煙草に火を点したまま、俺はぼんやりとその後ろ姿を眺めていた。
さっきの様子だとアイツは気を付けなきゃ、しのぶを傷付ける事になりかねない。
…もちろん、俺も他人の事は言えないけどさ。
溜息混じりの紫煙をゆっくりと吐いて、灰皿に吸殻を押し付ける。
そして、仕事へと向かう。
俺も徹もしのぶを壊したいんじゃない。
俺達はただ、君の心が欲しいだけ
ただ、愛されたいだけなんだ。
2016.2.8
天野屋 遥か
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