A song for you2-1



今日は仕事の後、駅の近くの公園で賢君と会う事になっている。
レッスンだけでは足りないと言う事で二人だけでも集まって練習をすることになったのだった。

「ここで練習なんて恥ずかしいよ…」

「でも、人前で歌う事にもなれた方がいいし…」

集合したのは公園の小さな広場。
既に夜になっており、街灯が点々と辺りを照らしている。
そんな中、空いてるベンチに音楽プレーヤーとスピーカーを準備し始める賢君。
周囲を見渡せば、ジョギングをしている人や集まってダンスの練習をしている学生達もいた。
確かに皆が自分達のアクティビティをしているこの空間であれば、私達が歌の練習をしても誰も気にとめないだろう。
けれど、こんな人目につく場所で歌った事なんて今まで一度もなかったし、どうしても躊躇してしまう。

「さっそく始めましょうか」

けれども、彼は一切気にせずに曲を流し始めた。
男女のデュエットの有名な映画の主題歌のイントロが流れてくる。

「♪〜♪〜」

彼が楽譜を確認しながら、自分のパートを歌い始めた。

やっぱり、いい声してるなぁ…

甘くて低めの少し切ない歌声は胸に沁みる。

以前、一度だけ彼の歌声を聴いた事があり、その時に素敵だなぁと思っていた。
改めてこうして歌声を聴いてもその印象は変わらない。
むしろ、それどころか更にその虜となってしまう。

「朱音さんも一緒に歌いましょう?」

「えっ!?あっ!!」

聴き惚れていると、いきなり声をかけられて驚いてしまう。

「でも…私…賢君みたいに歌えないよ…こんなに人がいる場所で」

普段仕事で行っているプレゼンとは訳が違う。
歌を歌うって事は商品や企画を説明する事とは違い、もっと自分自身の深い所を表現するものだから。
それを他の人に聞かれるという事は、何とも照れくさくてそれにちょっと怖い。
しかも、賢君の素敵な歌声を聞いた後に歌うのは何とも気が引ける。

「それじゃ、本番どうするんですか?こんな所と比べ物にならない位に人がいる場所で歌うんですよ?僕達は」

困った様に笑顔を作りながらも、冷静に中々厳しい事を言う賢君。

「う〜ん。そうだよね…」

正論だと思う。

「朱音さん、練習なんだしそんなに深刻に考えないで?ほら」

なんて、今度は軽い調子で歌い始める賢君。
それに後押しされて、私も歌声を乗せた。

「♪〜♪♪〜」

初めは緊張で声が震えてしまったけれど、一度歌い始めてしまえば、何だか気が楽になっていく。途中からはリラックスして歌う事が出来た。

「やっぱり、朱音さんの声綺麗ですね。僕も負けないくらいに頑張りますよ」

「そんな!賢君の方がうまいから、私も負けないくらいに練習する!」

2時間程の練習を終えて駅へと二人で向かう。
その少しの時間も、次の練習での目標やアイデアをお互いに出し合うすごく充実していた。

こんな風に私達の特訓は始まったのだった。



「おつかれさまでした!」

オフィスの時計が定時の17時30分を指す。
自分のデスクの書類を片付けて、パソコンもシャットダウンする。
今日は水曜日。
レッスンがあるから定時で上がろうとすると、帰る準備をしていた。

「先輩、早いですね!デートですか?」

残業の前に休憩を取っている糸田君にそんな事を言われる。

「違うわよ!何言ってるの!」

慌てて否定する。

「違うんですか?最近、先輩が何回か駅の近くをすごいイケメンと歩いてたって目撃情報がありますよ」

多分、賢君の事だろう。
練習の前に駅のカフェにいるらしく、合流して一緒に練習場所に行くことがあるから。
まさか、そんな事が話題になってるとは思いもしなかったけど。

「それに実際この間、俺も見たんですよ!カッコイイ人ですよね!」

「確かにカッコイイけど、彼氏じゃないから!」

「嘘つかなくていいですって!二人ですごく楽しそうにしてたじゃないですか!」

本当に違うのに、この子は信じてくれない。

「俺、よかったって思ってるんです!先輩に彼氏ができて」

あわあわしながら否定していると、突然、彼は真顔になった。

「先輩はいつも大変でも、誰にも頼らずに仕事片付けちゃうから。プライベートで頼れる人がいるのって大切だと思うんです」

驚いた。

彼は優秀だと思っていたけれど、こんな風に私の事を観察して心配までしてくれていたんだ。
この糸田君は彼が新人で配属された時からペアを組んでいて、私がずっと育ててきた後輩。
大切な弟の様な存在で、お互いのプライベートまで知っている。

「最近は、前よりも楽しそうに仕事してる先輩に安心してたんです。本当にイイ人と付き合っているんだなぁって…」

嬉しそうに歯茎を覗かせる後輩の優しさに胸が熱くなる。
そう、コンサートの練習をする事がいい刺激になって毎日がぐっと充実する様になった。
そして、仕事も前よりも効率が上がっていると自分でも実感している所だった。

「糸田君、今日、このまま残業するんでしょ?」

「はい、来週のKコーポレーションとのプレゼンの資料がまだ完成してないんで…」

困った様に頭を掻きながら申し訳なさそうに答える後輩。

「私のフォルダに予算や収益の見込みの試算データが入ってるから、よかったら参考にして!」

「ありがとうございます!」

彼の成長に嬉しくなり、できるだけのアドバイスをして会社を後にした。


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