A song for you 1-2
そんな私の楽しみは趣味で通っているボイストレーニング。
毎週水曜日、この日だけはどんなに忙しくても仕事は定時で切り上げて駅のそばの教室へレッスンに通う。
「朱音ちゃん、大分良くなってるわね。
次はここ気を付けてもっと強弱つけて歌えるといいと思うわ」
「わかりました!ありがとうございました!」
週一回、一時間のレッスンは私の至福の時間。
社会人になってから、ストレス発散のために歌のレッスンを始めた。
今では会社のカラオケでも褒められる位には上達している。
先生も初めからずっと私を見ていてくれているから、お姉さんの様に仲が良い。
「朱音さん!お疲れ様です!」
そして、レッスン室から廊下に出て、出口へ向かおうとすると後ろから声をかけられた。
「あ!賢君!」
振り向くと背の高い男の子がにこにこしながら立っている。
可愛らしい笑顔の彼は、楠本 賢君。
有名な大学の大学院で数学の研究をしている私より少し年下の男の子。
1年くらい前から私のすぐ後の時間にレッスンをしていた。
少しウェーブのかかった色素の薄めな髪の毛に、聡明で丸くて大きな瞳。
薄いブルーのストライプのシャツに白い肌に映えるネイビーのカーディガンとチノパンを合わせる彼は、背が高くスマートでトラッドスタイルがよく似合っており、外国人みたいだ。
「歌、また上手くなりましたよね」
口許をきゅっと上げて、柔らかく目を細める彼は、甘い雰囲気が漂いまるで王子様。
どうやら、教室に早めについた賢君にレッスン中の私の歌声が聞こえていたらしい。
「そんな事ないよ〜」
こんな優しい笑顔で褒められると勘違いしそうになってしまう。
密かに私は彼のファン。
もちろん、付き合いたいなんて図々しい事は思ってないけど。
「そういえば朱音さん、うちの教室のコンサートが2ヶ月後にあるって知ってます?」
彼が壁に貼ってあるポスターに指をさす。
そこには『定期コンサート出演者募集』と書いてあった。
私が通っている教室は他にもいくつか教室があり、合同で年1回の定期コンサートを開催している。
出演者には実力者がそろっており、ただの教室の定期コンサートながらも人気で毎年会場は満員となっていた。
「その話は聞いてるけど…」
思わず言葉を濁してしまう。
先生に前に誘われたけど、保留してたやつだ…
仕事も忙しいから断るつもりなんだけど、何となく言いづらい。
「賢君はコンサートに出るの?」
去年は都合が悪くて観に行けなかったから、彼が出るなら今年こそは行こうかなぁとは思う。
「僕は興味あるんですが、一人だと緊張して…」
困った様に眉をハの字型に下げる賢君。
「あっ!朱音ちゃんと賢君!丁度いいとこに!」
そんな中、教室から出てきた先生が私達の輪に入ってくる。
そして、次の瞬間、とんでもない事を言い放った。
「今度の定期コンサート、二人で歌ってくれない?」
「「えっ!?」」
突然の提案に、私達は二人とも驚きの声を上げる。
「実は、男女のペアを探してるのよ!頼んでた人達の都合が悪くなっちゃって…貴方達二人の声はすごく素敵だと思うからぜひ、皆に聞いてもらいたいの!」
お願い!っと顔の前で両手をあわせて私たちに頼み込む先生。
いきなりの申し出にびっくりして何も言えない。
「僕、参加します!」
ところが、隣から聞こえてきたのは私とは正反対の返事。
賢君は突然の話にも関わらず参加を即決していた。
「普段お世話になってる先生から頼まれたら断れないですよね!朱音さん!」
「いや、私は…人前でそういうのは…」
キラキラの笑顔で私に話かけてくるけれど、私の気持ちはそれとは反比例して沈んでいく。
そう、これはあくまでただの趣味で、人前で披露するなんて考えたこともない。
会社のプレゼンとは違い、自分の力に自信はないから到底無理だと思う。
先生には申し訳ないけど、やっぱり断ろう…
「朱音さん、先生が困ってるのに知らんぷりするんですか?こんなにお世話になってるのに?」
そんな事を考えていたら、まるで人でなしだといわんばかりに賢君に責められる。
自分がいたたまれなくなってしまった。
「でも、私の歌声がコンサートに来てくださるお客さんを満足させられるかどうか…大勢の人の前で歌うのも不安だし…」
正直に、そんな率直な自分の気持ちを伝える。
「僕は朱音さんと一緒だったら絶対成功すると思います」
真剣に私を真っ直ぐに見つめる賢君。
「賢君の言う通りだよ!朱音ちゃんなら出来る。ずっと見てきた私が保証する!」
先生も力強い言葉をくれる。
そうだよね…
先生にはいつもお世話になってるから、困ってるんだったら助けなきゃ!
「先生、私も参加します!」
思い切った決断をした。
「助かるわ!二人ともありがとう!」
こうして、私と賢君の二人でコンサートに出演する事になった。
2014.12.17
天野屋 遥か
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