A song for you3-2
昨日あんな事があったから、出勤するのも気が重い。
まさか、デザインの見直しなんて…
思いもしなかったアクシデントに、最近の好調さはどこかへ消えてしまった。
足取りも重く、オフィスへと向かう。
「俺は菅原さんに期待してたんだけどなぁ…」
廊下を歩いていると、喫煙所の方から課長の声が聞こえた。
思わず足を止める。
「でも、あの北山部長と口論になってるんですよ。相手は御曹司ですし…責任者を変えた方がいいかと…」
もう一人、別の男性の声がする。
「女性だと感情的になってしまって後先考えないところありますからね…」
一緒にいるのは私より一年上の先輩で今回の企画メンバーから外れてしまった人。
本当は参加したかったらしいと噂で聞いた事がある。
「そうか…それも考えないと駄目か…」
課長は溜め息をついた。
そんな…私、外されちゃうの…?
足元が崩れていく感覚に襲われる。
初めて責任者として任された仕事だったのに…
壁越しに話を聞いている自分の身体の力が抜けてしまうのを感じた。
そんなスタートだったから、その日の仕事は散々だった。
何をしても上手くいかなくてさらに気分は沈んでしまった。
「…♪…」
仕事の後、二人でいつも通りに公園で練習をする。
けれど全く声が出なかった。
「朱音さん、大丈夫?ベンチで少し休みませんか…」
「うん…」
今朝のあの会話がショックで、思う様に歌えない。
賢君が心配そうに私を見つめる。
彼も研究で本当は忙しい所時間を作って来ているとわかってるし、私自身も暇じゃない。
コンサートまであと1週間…大事な時なのに…
こんな風に落ち込んでる場合じゃないって、頭ではわかってる。
でも…あんな風に言われてしまったら…
思い出すだけで、胸が締め付けられる。
「朱音さん…よかったら俺に何があったか話してくれませんか?年下で頼りないかもしれないけど、俺は…」
賢君の言葉に思わず涙が零れてきた。
そのまま、この間の北山部長との口論のことや、今朝の課長達の会話の事を全て話す。
遅くまで残業して準備や調整したりと力を尽くしてきたのに、"やる気がない"と言われた事が情けなくて悔しくて仕方ないと、気持ちを吐き出す。
彼は無言のまま、ずっと私の言葉に耳を傾けていてくれた。
「ごめんね…関係ないのにこんな話聞かせちゃって…」
申し訳なくて謝る。
「朱音さんはいつも頑張ってるよ」
優しい言葉と共に膝に置いていた手がそっと温かさに包まれた。
「一生懸命やってる事も全部分かってる。アイデアも抜群だし、相手の要望を的確にくみ取って、
求めてるもの以上のものを提案してくるし、ほんとうに優秀だと思う…」
…不思議
まるで、私の仕事を間近で見てるようなそんな口ぶり。
「だから、絶対に大丈夫。だけど、こうして辛い事があったら僕に話してください。全部聞くから…」
でも、それよりもそっと寄り添って話を聞いてくれる事にすごく安心した。
彼の手のぬくもりが、私の落ち込んだ心を温めてくれる。
「賢君、ありがとう…」
涙をぬぐって、笑顔を作る。
なんだか気持ちが軽くなった。
「全然。何もしてないよ」
「話を聞いてくれただけで十分だよ!嬉しかった…」
「よかった」
賢君がにっこりと微笑む。
「僕にとって朱音さんは大切な人だから…」
その言葉に自分の気持ちが確信へと変わった。
このコンサートが成功したら、私は彼に自分の想いを…
2015.2.17
天野屋 遥か
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