Sweet?(後編)2
「え…?なまえさんを戻して欲しい?」
まっしぐらに広田課長のデスクへと向かい、直談判をする。
「はい。やはり、彼女はウチのチームに必要なので、お願いします」
真っ直ぐに上司を見据えて頭を下げた。
「数ヶ月前に異動させた人間をまた戻すなんて、相当な事がないと難しいわ」
「…でしたら、今、課長の頭を悩ませてるあのチームから切り離す案件をウチのチームで担当させてください」
そう、あのリーダーの担当の仕事が溜まってしまっており、課長はそれを他のチームに回そうと色々対策を考えていたのだ。
「…貴方、以前打診した時には手一杯だからと断ったじゃない」
意地悪に眉を上げる女狐もとい課長。
まぁ、俺も他人の事は言えないが…
「ですから、新しい案件を進めるにあたり人員が不足するので、現在チームで携わっている彼女をウチに異動させてください」
にっこりと有無を言わせない笑顔で上司にそう伝えれば、少し考え事をするようにじっと俺の顔を見つめた後に面白そうに口角を上げる。
「…わかったわ。これから話を詰めるからすぐには難しいけど、まぁ1ヶ月後位を予定して置いて」
「ありがとうございます!」
「しかし、おあいて君ともあろう人が、あんな子のどこがいいのかしら?」
クスクスと笑う課長。
「ま、いいわ。とにかく、無理を通す事になるからそれなりに成果は出してもらわないと…わかってるとは思うけど」
そのまま、今まとまった話を人事に持っていくと言って席を外した。
厳しいと有名なあの人だが、意外と話の分かる人で問題があれば、大きくなる前にすぐに対応してくれる。
何故か、その一面を知る人は少ないけれど。
昔、新入社員の頃に直属の指導係として教えてもらった時と何も変わってないと思った。
「今日からまたこちらのチームに配属になりましたなまえです。よろしくお願いいたします」
そして、約束通り、1ヶ月後に彼女はまたウチのチームに戻ってきた。
「なまえちゃん、戻ってこれてよかった
!」
以前、一番指導をしていた女子社員が彼女に軽くハグをしている。
他の面々も嬉しそうだ。
さらに、チームの雰囲気も良くなったし、これなら課長が求める以上の結果が出せるだろうとそんな事を考える。
「なまえさん、またよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
俺が話しかければ、笑顔を見せてくれるけれど、まだあの頃に比べれば元気がない。
けれども、うちの担当にいればすぐに元通りになるだろうと甘い期待を寄せていた。
「なまえさん、ここなんだけど…」
「はい」
「こっちに修正お願いしてもいいかなぁ」
「わかりました」
俺の指示を聞いて書類を受け取り、そのままデスクに戻って淡々と仕事を再開する彼女。
以前なら、もっとこうするといいとか自分のアイデアを出してくれる事も多かったのに、そう言った事がほとんどない。
しかも、前は向こうから話かけてくれる事が多かったのに、そんな事は一切なかった。
「なまえさん、うちの部署に戻ってきてどう?上手くできてる?」
そんなある日、たまたまなまえさんだけがオフィスに残っていたので、聞きたかった事を質問してみる。
「大丈夫ですよ。皆さん変わらず優しいですし。どうしたんですか?おあいてリーダー」
すると、帰りの身支度をした彼女が微笑みながら答えるが、それはなんだか遠くて笑顔越しに隔たりを感じる。
「なんだか、最近あまり話をしていないと思ってさ。前、食事誘ったの覚えてる?今度一緒に行かない?」
「…すみません。そういうのは…私はただの派遣社員なので」
遠慮しておきますと困った様に眉を下げた後、不意に彼女の表情が真剣なものに変わる。
「おあいてリーダー、この機会にお伝えしたい事があります」
俺の目をじっと見つめるなまえさん。
「急な話で恐縮ですが、私、来月でこの会社との契約が満了になります」
「あれ?確か一年契約のはずじゃ…?」
彼女の告白に耳を疑う。
「昨日、会社の方から打診がありまして、前に派遣されていた会社に再び派遣される事になりました。近いうちに話があるかと思います」
「そんな…」
予想もしていなかった突然の申し出に、何も言葉が出てこない。
「短い期間でしたがありがとうございました」
そんな俺を尻目に頭を下げて去って行く彼女。最早、俺はその背中を追いかける事も何も出来なかった。
あぁ、全ては遅すぎたんだ。
仕事の事は先まで読めるのに、どうして肝心な事は後手に回ってしまうのだろう。
一人残されたオフィスで呆然と立ち尽くす。
今更何も言えない。
いなくなってから、君の大切さに気付いた。
そんな月並みな言葉を伝えて何になる?
ましてや上司と部下を越えた関係になりたかったなんて、そんな事、言える訳ないだろう。
俺と彼女の間には、最早何も残っていなかった。
2015.5.8
天野屋 遥か
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