Sweet?(前編)A



「なまえさん、異動なんだって!?」

担当へ戻ってくると、先輩達が私を囲む。

「そうなんです。来月から新しく出来るチームに…」

詳細を伝えると、皆の表情が段々と曇っていった。

「うわぁ…あのリーダーのとこかぁ…」

「なまえさんならしっかりしてるし大丈夫だとは思うけど…」

口々に異動先への不安を口にするから、嫌な予感がしてきた。
どんな部署へ行く事になるのだろう…
会社の事がまだよく分かってないから、不安だけが膨らんでいく。

「ほら、君達、仕事へ戻って!」

そんな中、リーダーがこちらへ来て皆を解散させた。

「…おあいてリーダー」

縋る様に見つめると、悲しそうな顔をするおあいてリーダー。

「…すまない」

「君が優秀なのを見込んでの、今度出来る新しいチームへの配置がえなんだ」

リーダーが申し訳なさそうに伝える。

「なまえさんなら、新しいチームでもやっていけるよ!俺が保証する!だから、頑張ってほしい」

尊敬する人からそんなことを言われて頑張ろうと思った。
出来る限りの事をしようと。




「なまえさん!この間頼んだ資料どうなってるのよ!さっさとして!」

「すみません!今持っていきます!」

新しく出来たチームに異動して数週間−−−
まだ全体的に上手く仕事が回らずに毎日残業はもちろん、こうして新しいリーダーにキツく当たられる事もざらにある。

「全然ダメ!何なのこれ!」

バサッと作った書類を机に叩きつけられる。

「なんで教えた事すらまともに出来ないのよ!」

「…すいません」

俯いてそう呟くのが精一杯だった。
ろくに内容の説明もなくて、いきなり資料を作れと言われても…
過去の資料を参考に先輩からアドバイスをもらって、残業もしてなんとかここまで形にしたけど…
悔しくてぐっと拳を握る。

「佐藤くーん!これなんだけどなまえさんの代わりにやってくれる?データはこのUSBに全部入ってるから」

そう言って、同じチームの2年目の男性社員のもとへと走って行った。
そのまま、パソコンのディスプレイを一緒に覗きながら、手取り足取り教えている。
甘える様な声で話しかけて妙に密着している姿に不快感を覚えながら、自分のデスクへと戻った。

「気にしない方がいいよ。あの人、女にはああやって厳しく当たるから…」

同じチームに配属された新しい女の先輩もうんざりと溜め息をつく。
隣の席のこの人にいつも助けてもらっている。

「そうなんですね…」

「ちょっと、書類見せてくれる?」

先輩がさっき突き返された書類を確認する。

「…特に変な所ないと思うけどなぁ。ま、さっきのは佐藤くんがやってくれる事になったし、他にも溜まってる仕事あるからそっちから片付けよっか」

「…はい」

そして、まだパソコンと向かい合って仕事を進めていく。
目ではディスプレイの表示を追っているし、電話の対応もしているけれど、考えずにはいられなくて。
気にしないようにしないといけないって自分でもわかってるけど、その日はずっと集中できなかった。


「…はぁ」

帰り道、残業の後、冷たい夜風が吹き抜ける中を一人でとぼとぼと歩いていく。
疲れきっていて溜息しかでない。

噂は本当だったんだ。
あのリーダーは人の好き嫌いが激しくて、部下を育てるのも下手だと。
若い男性社員にばかり優しくて、他の社員には厳しいという話も聞いていた。
この調子だと、多分、他のリーダーからも避けられてるって話も本当だろう。

入社4ヶ月目の私が異動させれた理由が分かった。
皆、あの人が嫌なんだ。
だから、新しいグループが出来る時にまだ入社して日の浅い私が選ばれたんだ。

きっとそうだ…

私、そんな風に都合のいい様に使われる存在なの…?


そんなもやもやを抱えながら、ずっと仕事をしていたそんなある日。

「お疲れ様です。書類の受取お願いします」

「なまえさん、久しぶり!あ、これ頼んでたやつね!ありがとう!」

異動してから初めて元の部署へ行くと、私がいた時と変わらずに皆が生き生きと仕事している。
先輩も優しく声をかけてくれる。

オフィスの奥へ目を向けると、おあいてさんも相変わらずバリバリと仕事をしていた。

先月までは私もそこにいたのに、今はもう別の部署の人間としてしかそこに立ち入る事ができない。

異動という現実を痛いほど実感させられる。

「なまえさん、久しぶり!どう?新しい部署は?」

私に気付いたおあいてさんが、以前と変わることなく元気に話かけてくれる。

「忙しくて…大変ですけど何とかやってます…」

けれども、当たり障りのない返事をするのが限界だった。

「そっか…今度、ご飯に行きませんか?送別会とかもちゃんと出来なかったから…」

以前なら喜んで受けただろう誘いも何だか煩わしい。

「…残業が多くて、中々時間が…」

「そっか…残念だな」

頭を掻きながら寂しそうに眉を下げるおあいてさん。

「すいません、失礼します」

小走りで廊下へと逃げる様に出て行った。
そのまま人気のない非常階段の踊り場の隅で、一人で涙を溢した。
おあいてさんの顔を見て、今まで堪えてきたものが込み上げてきてしまったのだ。

どうしてこんなに遠くなっちゃったのだろう…?

けれど、あの人はもう私の上司ではないし、甘える事もできない。
涙を流しても、拭ってくれる手もなければ、抱きしめてくれる人もいない。
自分自身でどうにかしなければならないんだ。


2014.12.1
天野屋 遥か



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