頭が痛い。吐き気もする。目の前がグラつく。
どうやら俺は、完全に風邪を引いたらしい。
最近碌な休息を取れていなかったからな、と大きく溜息を吐いて、付けていたパソコンの電源を落とした。
座っていた椅子の肘置きに両手を付いて、ぐるぐると焦点の定まらない視界のまま立ち上がる。
否、立ち上がろうとした。
けれどいつまで経っても視線は上がらず、むしろ急降下して行く。
あれ?と呟いた瞬間、全てがブラックアウトした。
◇
頭が痛い。吐き気もする。少し眩暈もする。
これは確実に風邪だなぁ、と働かない脳で考えていると、徐々に色んなものを映し始めた視界の中に、見慣れた顔が入り込んで来た。
「びっ…くりした……」
「ヒョン!気が付いたんですね!」
いくら見慣れているとはいえ、あの仏面が思わぬ近さにあると流石の俺も吃驚だ。
どくん、と一度だけ大きく跳ねた心臓を押さえていると、その仏顔の持ち主であるナムジュンがほっとしたように笑った。
「よかった…。このまま目覚めないんじゃないかって、みんな心配してたんすよ…」
「はぁ?」
「ソクジン兄とテヒョニなんて、眠れる森の美女はキスで起こさなきゃ!とか言って騒ぐし…」
「、はぁ?」
おまえ何言ってんだ?とクソ真面目な顔のナムジュンに問うたところで、両頬がひやりと冷たいことに気付いた。
ひたりとそこに触れてみると、さらさら、ふにふにとした感触がして。
「…冷えピタ?」
「ああ、それはテヒョニとジミナが貼ったんです」
ヒョンが早く元気になりますように!って。
そう言って小さく笑うナムジュンをぼんやり眺めながら、何故冷えピタなんて貼られたのかを考えてみる。
今日一日のスケジュールを辿ったところで、ようやく思い出した。
「ああ、俺、倒れたのか」
「そうですよ。過労とストレスが原因、らしいです」
「あー…」
「しかもヒョン、病院に搬送されて点滴を打っている間も、宿舎に帰って来てからもずっと、死んだように眠ってたんですから」
「…それだけ眠かったんだよ」
いつもの困った顔にプラスして、ちょっぴり怒ったような表情をして見せるナムジュンに、申し訳ないことをしたなぁ、と反省する。
「ごめんな。でもお蔭でだいぶ楽になったよ」
「楽になったよ、じゃないですよ…」
「はは、わりぃ」
心配性すぎるナムジュンにこれ以上心配かけまいと笑って見せたけれど、両頬に張り付いた冷えピタがとても邪魔だ。
微妙にひんやりとはするけれど、正直言ってぬるいし。
でも、可愛い弟たちが折角貼ってくれたものだしなぁ、とぼんやり考えて剥がすのを辞めた。
「ユンギヒョン、」
「ん?」
ぺたぺたと頬を触っていると、ナムジュンのいつもより低い声が俺を呼ぶ。
すぐ傍に腰を降ろしている弟を見ようと目を動かすと、何だか泣きそうな顔をしていて、俺は少しばかりぎょっとした。
「ヒョンがソクジン兄に負ぶわれて練習室に来た時…正直俺、悔しかったんです」
「……」
「俺、リーダーなのに。何でヒョンの体調に気付いてあげられなかったんだろう、って」
そう言って、萎れた花の様に項垂れるナムジュン。
その姿が愛おしくて、俺は忍び笑いをしながら片腕を伸ばした。
「ナムジュナは、いつも俺のことよく見てくれてるよ」
「でも…」
「俺本人ですら知らないことだって、おまえはちゃんと知っててくれてるじゃねぇか」
ぽんぽん、と形のいい頭を撫でてやると、ナムジュンは更に眉を垂れさせながら微笑んだ。
「ヒョンには敵わないなぁ。きっと、一生かかっても」
「当たり前だろ、俺は兄さんなんだから」
男の中の男だしな!と声を上げて笑うと、ひどく優しい、穏やかな目をしたナムジュンと目が合って。
その柔らかな視線にどう応えていいかわからずに視線を泳がせていると、頭にふわりと温かい温もりを感じた。
それはナムジュンの手のひらで、先ほど俺がしたように、今度は俺が撫でられていた。
「お願いだから、無理だけはしないでください…。もう、ヒョンだけの体じゃないんですから」
「、……」
かあぁ、と顔が赤くなるのを感じる。
まだ少しひんやりとしていた筈の冷えピタも、一気に熱くなってしまったみたいだ。
けれど両頬に貼ってあるそれのお蔭で、ナムジュンは俺の頬が赤いことに気が付いていない。
不幸中の幸いというか、何と言うか…。
はあぁ、と盛大に溜息を吐くと、目の前のナムジュンがきょとんしているのがわかった。
「おまえさ、そういうことさらっと言うなよ…」
「え?」
決して大きくはない両目をぱちぱちさせて、不思議そうに首を傾げているナムジュンに、俺はもう一度溜息を吐いてやった。
「その言い方さ、…」
「?」
「なんつーか、男が女に掛けるような台詞じゃん…」
まるで俺の腹の中に子どもが居るみたいな…、と続けようとして、やめた。
とてもじゃないが恥ずかしくて言えなかったし、ぱたん、という何か軽いものが落ちたような音が部屋の入口から聞こえてきたからだ。
「あ、」
テヒョナ。
入り口に立っていた弟の名を呼んだと同時、テヒョンから大きな声が上がった。
「ゆんぎひょん、赤ちゃんいるの?!」
「は?」
「お腹に赤ちゃんいるの?!わああ…!」
先程した物音は、どうやたテヒョンが落とした冷えピタの箱だったらしい。
今日も今日とて意味の分からない思考回路をフル回転させているテヒョンとその箱を見比べていると、どうしようどうしよう、と何故だか嬉しそうな弟がくるりと踵を返した。
「おい、てひょ…」
これは不味い、と四次元な弟を引き止めようとしたけれど、時すでに遅しだった。
「ほそぎひょおおおおおおおん!!ゆんぎひょんが妊娠したああああああああああ!!」
然して広くも無い宿舎に、テヒョンの大きすぎる声が響き渡る。
ナムジュンは盛大に笑っているし、奥のリビングからはジミンやホソクの悲鳴にも似た驚きの声が上がって来て。
今日一番の溜息と、少しの笑顔と共に、俺は痛む額を押さえた。
やさしさで溢れるように
初のモンシュガでした!
わたしの中でのモンシュガソングは、JUJU姉さんの同タイトルです。
この2人の夫婦感たまりません〜〜。