もうすぐ面会終了時間だと少し困ったように告げる看護師に、すぐに帰るからと伝えて受付を済ませた。
そのままエレベーターに乗って、7階のボタンを押す。

ジョングクがもう寝ていることは、先にここへ来ていたホソクから聞いていた。
…だからこそ、俺は今こうしてここに居るのだけれど。

静かな音と共に開いたドアからフロアに出て、左に曲がる。
長く続く廊下の、ずっと先。
エレベーダーから一番遠い場所の、海がよく見える角部屋。
そこがジョングクの個室だった。

ノックはせずに、そっとスライド式の扉を開ける。
案の定部屋の電気は消されていて、窓際に置かれたベッドから穏やかな寝息が聞こえてきた。

なるべく音を立てない様に後ろ手でドアを締め、ジョングクが寝ているベッドに近寄る。
傍に置かれていた簡易椅子に腰かけて、すやすやと良く眠っている弟の寝顔を見つめた。

ぽかりと小さく口を開けて眠る無防備な姿は、俺が知っているジョングクそのままなのに。


「最低だよ、おまえは」


そっと、そっと。
眠りに就いている彼を起こしてしまわぬよう、出来る限りの優しい手付きで髪を撫でる。

俺はまだ、現実を受け入れられていないのかも知れない。
過去の記憶なんて惜しくなどないし、過去に固執するつもりも無かったのに。


「ごめんな…」


ごめんな、ジョングク。
何もしてやれないどうしようもない兄で、本当にごめん。

なんて、本人に言えたらいいのに。
彼が寝ている時に、口にすら出さない俺は、この世の誰よりも卑怯だ。


なぁ、ジョングク。
兄さんが、全部終わりにしてやるよ。
俺も、お前を忘れてあげるから。

そうだな…、5秒だけ、兄さんにちょうだい。
目を瞑って、深呼吸をして、たった5秒。

その間に、おまえのことなんて綺麗さっぱり忘れてあげるから。


「っ、…」


閉じた瞳から、ぼろぼろと涙が溢れては落ちていく。
普段から滅多に泣かない分、涙袋に溜め込んでいたもの全てが零れてきてしまったみたいだ。

目を開けて、もう一度愛しい寝顔を凝視する。

なぁ、ジョングク。
やっぱりおまえは最低だよ。

いつだって俺は、おまえを見ていたのに。
今だってほら、俺の指先は、こんなにもおまえの体温を覚えているのに。




たとえば僕が君を忘れて生きるなら
(それでも僕は、あの日に立ち止まったまま)