先程からただ黙々とシャープペンシルを走らせている目の前の弟を、ホソクは片肘を付いて眺めていた。
「兄さん、数学教えて」
そう言ってテキストとワークブックを小脇に抱えたジョングクがホソクの私室を訪ねてきたのは、もう小一時間程前になる。
高等部はもうじきテストだものなぁ、と弟の頼みを快く引き受けたホソクだったが、弟は部屋に入るなりテーブルに勉強道具一式を広げ、淡々と設問を熟していった。
「勉強教えて」と言われたからにはきっちり見てやる覚悟でいたホソクは、そんな弟に少しばかり拍子抜けした。
…とはいえ、賢い弟が自分を訪ねて来たことにまず驚いていたのだけれど。
「兄さん、」
不意に上がった声に、ホソクはきょとんと目の前の弟を見つめる。
ジョングクの視線はまだ卓上にあったが、どうやら彼の頭の中は別件らしい。
「ホソク兄さんって、キスしたことある?」
「…は?」
思わず、ぽかんと口が開く。
何とも間抜けな顔のまま、ワークブックを見つめたままの弟をしげしげと眺めた。
「…なんでまた、」
まさかそんな質問が来るとは思ってもおらず、ホソクはゆっくりと頬杖を直した。
いつもならこういった類の質問にはふざけて返すけれど、出題者が実の弟、しかもそういう方面にはまだまだ疎いと思っていた弟だ。
けれど、その彼が纏う雰囲気はどこか業業しく、お茶らけた回答をしてはいけない気がした。
「…今日、ソクジン兄さんの家に行ったんです。古典、教えてほしくて」
ぽつり、ぽつり、と話し始めたジョングクに相槌を打ちつつ、この続きが何となく想像出来て、ホソクは溜息を吐きたくなった。
「そしたら、あの人、家の前で女の人とキスしてて」
「あー…。うん、」
「…兄さん、やっぱり知ってたの?」
何が、なんて愚問すぎて、ホソクははぐらかすこともせず素直に頷いた。
俯いていた顔を上げ、こちらをじっと凝視してくる弟の顔を見つめ返すことが出来ない。
ソクジンというのは、兄弟の幼馴染だ。
ホソクの一つ年上で、ジョングクとは五つ歳が離れている。
ソクジンとホソクは同じ大学に通ってこそいないが、歳が近い事、家が近い事もあり、日ごろから付き合いがあった。
それはジョングクも同じで、もう一人の兄に対してとんでもない口を利くこともしばしばあるものの、何だかんだ彼に懐いていた。
だから今日も勉強を教えてもらおうと、彼の家を訪ねたのだろうけれど。
こうして自分の部屋に来ているということは、結局この弟は、彼には会わずして引き返してきたということなのだろう。
ソクジンが女とキスしていたとジョングクの口から発された時点で、ホソクは苦い顔で頭を掻いていた。
そんな兄を見たジョングクが、ふーん、という何とも取れない声を漏らす。
「キスって、気持ちいいの?」
「……」
堪らず口一文字になってしまったホソクに、それでも構いなくジョングクは続ける。
「なんか、何て言うんだろう…。ソクジン兄さんと彼女のキスシーン、ちょっとショックだったんですよね」
「え、」
「ソクジンなんかにも彼女が出来るんなら、僕にだって絶対出来るじゃん、って」
「あ、そっちか…」
びっくりさせるなよ、と内心ほっと胸を撫で下ろしながら、ホソクは冷蔵庫から出してきていたコーラに口を付けた。
ジョングクは相変わらず、どこか難しい顔をしている。
「そう思ったんだけど、それもあったんだけど、…何だか気分悪かったんですよね」
「…まあ、人のキス見て愉快になる奴は居ないしね」
「それは…そうですけど、…」
そう言って再び頷いてしまったジョングクに、ホソクは飲んでいたコーラのキャップを閉めながら続きを促した。
「気に入らなかった、のかな…。兄さんに彼女がいることなんて、何も可笑しいことじゃないじゃないですか。なのに、気に入らないというか…、嫌、で」
何故そんな風に感じてしまうのか、考えても考えたもわからないのだ、と。
悔しそうな、悲しそうな、怒っているような、泣きそうなような。
どれとも言い難い表情で訴えてくる弟に、ホソクは何か確信めいたものを掴み得ながらも、結局一言も言葉を発することが出来なかった。
ストロベリークラッシュ
お嬢からリクエスト(?)で頂いた、グクジングク+ホソクでした。
弟がホモォに目覚めそうで戸惑うホソク兄ちゃん。
マンネくんは青臭い恋が似合うと思うのですが、わたしが書くと何故こうも違和感しか生まれないのか…。