「ちぇんちぇん〜!雨降ってきたぁー!」


キッチンでジュースを飲みながらぼぅっとしていたら、リビングでテレビ観ていたタオに大声で呼ばれて。
雨、という単語に反応して立ち上がれば、タオがしきりに、雨だよ雨だよ〜、と連呼している。

急ぎ足でタオの前を横切ってベランダに向かうと、先ほどまで薄暗かった外がどんよりと重く暗くなっていて、ざあざあとバケツをひっくり返したような勢いで雨粒を降らせていた。


「うわっ、最悪!もうベタベタだし!」


朝から干してあった大量の洗濯物たちは既にずぶ濡れで、何とか直接の雨からは逃れられた洋服たちも湿気を含んで重たくなっている。

天気予報は急に天気が崩れるだろうと言ってしていたけれど、嘘みたいな晴天なのに、と信じていなかったのだけど。
やっぱり部屋干しにするべきだったなぁ、とがっくり肩を落としながら、未だ呑気にテレビを観ているタオをちらりと見遣った。


「タオや、雨に気付いたんならすぐ入れてくれればよかったのに…」

「すぐ呼んだじゃん!」

「いや、うん、そうじゃなくて…」


はぁ、と項垂れていると、今いいところなの〜、と返って来て、また小さな溜息が出た。
脱衣所から洗濯かごを持って来ている暇はないから、とにかく急いで衣類を取り込む。

本当に、早く乾燥機が欲しい。
…なんて、またみんなに主婦みたいだとからかわれそうだから言わないけど。

そんなことを考えていたら、ちらりと外を見たタオが、ふと思い出したように口を開いた。


「シンシン、まだ帰ってこないね〜」


タオの言葉に、何となく玄関に目をやる。
そういえば、数十分前にコンビニに行くと言って出て行ったイシンヒョンがまだ帰って来ていない。


「…まあでも、傘持って行ってたし、」

「え?シンシン、手ぶらで出てったよぉ?」

「、は?」


え?ときょとんと首を傾げているタオの言葉に、慌てて玄関に向かう。
ちゃんと持って行っただろうと思っていた淡い水色の傘がシューズラックに立てかけられたままなのを見て、今日最大の溜息が出た。


「もぉ〜!降るかも知れないから一応持って行ってって言ったのに!」


コンビニで傘くらい買えるだろうけれど、あの人がそんなことをしてまで帰って来るとは思えない。
下手したら、雨の中帰るのも気持ちいいものだねぇ〜、なんて言いながらずぶ濡れで帰って来そうだから恐ろしい。

いや、天気予報なんて見ていないイシンヒョンのことだから、これが通り雨かどうかも知らないで雨が止むのをぼんやり待ち続けている気がする。

…これはもう、俺に迎えに行けと言うことかもしれない。


「行ってらっしゃーい」


まるで俺の行動を予測していたかのようなタイミングで声を掛けてきたタオに適当な返事をしながら、自分の傘と水色のそれを引っ掴んで玄関を出た。

コンビニから宿舎までは、歩いて数分の距離だ。
だけどこの雨の中帰ろうとすれば、ものの数十秒で先ほどの洗濯物のようになることは間違いないし、いくら通り雨とはいえ、雨雲が通り過ぎるのはもう少し先だろう。

放っておいてもよかったのだけれど、なんとなく。
本当に何となくだけれど、あの兄は迎えを待っているような気がして。

意外と弟たちより手のかかるところがある兄だから、と内心苦笑いしつつ、コンビニへと少しばかり速足で向かう。
びしょびしょに濡れた靴を見て、そろそろレインシューズを買おうかな、なんて考えた。

普段こうしてゆっくりと外を歩くことは、ひどく稀なのに。


「あ、居た」


コンビニの雑誌コーナーの手前。
ぼんやりと誌面に目を落としているイシンヒョンの目の前に立ってやれば、ふと視線を上げた彼とガラス越しに視線が絡んで。

途端、とても嬉しそうにふにゃりと笑ったヒョンが、読んでいた雑誌もぞんざいに、いそいそとコンビニから出てきた。


「ちぇんちぇん〜」

「ヒョン、俺、傘持ってけって言いませんでしたっけ?」

「うん、言ってたねぇ」


あはは、と笑うイシンヒョンにわざと肩を竦めて見せる。
だけどそんな俺を余所に、当の本人は全く気にした様子もなく手に提げていたビニール袋をがさごそと漁った。


「はい、」


にこにこと何だか機嫌がいいイシンヒョンが差しだして来たのは、俺が好きなソーダ味のアイスバー。
きょとんとしていると、ご褒美、とにこやかに言われた。


「ご褒美って、…」


そこはお礼でしょ?と訂正すると、けたけたと可笑しそうに笑うイシンヒョン。
あまりに楽しそうに笑うものだから、少し飽きれながらも釣られて笑った。


「タオたちのアイスは?あります?」

「う〜ん、ないねぇ」

「…拗ねますよ、パンダ」

「うん、だから、ちぇんちぇんと僕のひみつね?」


帰るまでに食べちゃえば問題ないよ。

そう言って悪戯っぽく笑って見せるイシンヒョンは、弟たちに匹敵するいたずらっ子のようで。
下手すればそれ以上かもしれないな、と苦笑しながら、イシンヒョンが買ってくれたアイスバーの袋を開けて少し溶けかかっているそれを口の中に放り込んだ。


「それ、美味しい?」

「うん、美味しいですよ」

「ちょっとちょうだい」

「あら、珍しい」

「ちぇんちぇんが食べてると欲しくなるんだよ〜」


あんまりにも美味しそうに食べるから、って。
彼の方に傾けたアイスバーを持った俺の手に自分のそれをそっと添えて、ぱくりと一口。


「わぁ、甘いねぇ」

「でも後味さっぱりしてるでしょ?」

「うん、おいしい〜」


イシンヒョンがちいさく齧った痕を、俺もまた一口。
何味だかよくわからない色のアイスバーにかぶり付いているヒョンを横目に、持っていた傘を一本開いた。


「ヒョン、帰ろう?」

「相合傘?」

「違いますよ、ヒョンの分の傘あるじゃないですか」

「え〜、相合傘じゃないの?」


ちぇんちぇんはケチんぼだなぁ〜、なんて言いながら、けらけらと楽しそうに笑うイシンヒョン。
そんな彼の小さな笑窪をぷすりと指で刺して、行きますよ、と彼の傘を開けてあげる。

はい、と差し出しながらヒョンを見れば、ぱくりとアイスバーを口に咥えたから、傘を受け取ってくれるのかと思いきや。
ヒョンは僕が差し出した彼の水色の傘を折りたたんで、にへら、とまた悪戯っぽく笑った。


「ひょぉ〜ん、」

「えへへ、ひょんはちぇんちぇんの傘がいいんです〜」


ふざけたように、だめですか?とか何とかいいつつ、もうちゃっかり俺が差している傘の下に潜り込んで来た。

イシンヒョンの方へ手を傾けたら、決して大きくはない傘から俺の右肩がはみ出してしまって。
これは帰ったらすぐに着替えなくちゃなぁ、と思いながら、ちょっぴりいたずらっ子で甘えん坊な兄の肩を抱き寄せた。














やっと甘いチェンレイが書けました…!
れいちゃんはちぇんちぇんに対してだけこんなだったらいいな、っていう…〜わたしの願望です〜














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