チェンは、いつも悲しそうな目をしているね。

そう言ったレイヒョンの瞳は、僕と同じ色をしていて。
それは貴方の方でしょう?って。

けれど僕はその言葉を飲み込んで、ただただ笑った。




恋涙




「あの人、今日も観に来てましたね」


ドレッサーの前に腰かけて化粧を落としているレイヒョンを見つめる。
ぼんやり上の空だった彼が、ゆっくりと視線をずらして僕を見た。

鏡越しに、悲しげな瞳と目が合う。


「チェンも、早く化粧落としなよ」


肌、荒れちゃうから。

そう言って小さく笑うレイヒョンを、僕はただ何を返すでも無く眺め続ける。
だけど、別に何を訴えたい訳でも、何かに気付いて欲しい訳でもない。

ただじっと、彼を見つめるだけ。

「今日は一人でしたね。いつもは綺麗な女の人と一緒なのに」


ほんの少し、棘のある台詞。

普段はぼんやりしているくせに、この時ばかりは敏感になるレイヒョン。
案の定、僕の言葉に肩を震わせ目を泳がせた。


「…そうだね」


嗚呼、やっぱり彼のことを観ていたんだ。

嘘を吐けないこの人の、素直な言葉。


「あの人も、ずっとレイヒョンのこと観てましたよ」


愛おしそうな、切ない目で。

そう言わないのは、素直になれない僕とあの人は、きっと想い合っている。
そんなこと、離れた所から見ている僕だって知っている。

けれど2人は、決して結ばれない。
それはレイヒョンと僕も、同じこと。

僕たちは、悲しい恋をしているのだ。
もうずっと、何年も。


「…ごめん、チェン。ちょっと、出て来るね」

「じゃあ、僕はここで待ってます」

「うん、ごめんね」


外の空気を吸いたいと言うレイヒョンに頷いて、どこか儚さを感じさせる後ろ姿を見送る。
ぱたん、と閉じられたドアを見つめて、所々にシミの出来た天井を仰いだ。

どくん、どくん。
血液が体を流れ、心臓が動いてる。
それはきっと、誰かを抱きしめるため。

途絶えることなく続く呼吸は、心が愛を欲しているから。

はぁ、と吐き出された灰色の溜息を連れ戻すように呼吸を繰り返す。
思い出されるのは、あの人を見つめるレイヒョンの悲しく熱い瞳と、そんな彼を見つめ返すあの人の切ない表情ばかりで。

僕も外の空気を吸おう。
そう考えて、少し前にレイヒョンが出て行ったドアを潜る。

華やかで煌びやかで、けれど人間の欲を多分に含んで薄汚く見える四角い箱を今すぐにでも飛び出したかった。

歌いたくない。
そんなことを考えるようになったのは、彼を好きになってからだ。

彼は本当に、ずるいと思う。
僕から歌と心を奪って、それでもまだあの人からの愛を欲しがる。

だけど僕は、そんな彼をひどく美しいと感じてしまうのだ。
愛欲に塗れた彼が、この世で一番美しいのだと。

すん、と外から漏れる冷たい空気を吸うと、濡れたアスファルトの匂いがした。
きっと外は雨なのだろう。

丁度いい。
ほんの少しだけ濡れて帰ろう。
そうすればきっと、僕を見た彼が驚いて駆け寄って来てくれるだろうから。

なんて、浅はかで馬鹿らしい考えを頭に置きながら外へと続く廊下を進む。
するとふと、どこからか小さな声がした。

その声を辿った先には、出演者用のレストルーム。
僕は誘われるように、ほぼ無意識にそちらへと足を向けていた。

重厚な扉の前で、立ち止まる。

クリス、と。
愛しい人の名を呼ぶ、美しい声。

人は切なさを乗せた表情が一番綺麗だと言うけれど、それは声も同じだと思う。

だってこんなにも、レイヒョンの声は美しい。


「あ、れ…?」


ぽろぽろと、頬を伝う温かい涙。
それは二度と帰ることは無く、果てへと消えていく。


「レイヒョン…」


ぽろぽろ、ぽろぽろ。
止まることのない、悲しくて優しい涙がこぼれ堕ちた。










チェンレイほんっとに大好きなのですが、どうしても悲しくなってしまいます…。
いつか幸せなチェンレイを書きたいpq

song by:ftr














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