※「さらば、わが愛」のパロ。書きたい所だけ。
京劇の男形と女形なクリレイで、幼いころからずっとクリスだけに想いを寄せているレイさんの話。
死にたい、と思った。
幼い頃、母親に半ば捨てられるようにして京劇一座に放り込まれた。
けれど愛されていなかったわけでも、憎まれていたわけでもない。
だから僕は、幼心ながらに諦めが付いていた。
仕方がなかったのだと、十分に理解していた。
貧乏な娼婦が暮らしていくには、子どもの存在は重荷でしかなかったのだから。
その日から一座での苦痛の日々を過ごしてきたけれど、一度だって死にたいとは思わなかった。
だから多分、“死にたい”だなんて考えたのは、今日が初めてなのだと思う。
がたがたと揺れる馬車の中、手にした刀をぎゅうと握りしめる。
つい数刻前、僕はこの剣で自身の喉を掻き切ろうとした。
だけど、出来なかった。
きっとまだ希望はあると。
きっと彼は思い出してくれると、そう思ってしまったからかも知れない。
静かな音を立てて停車した馬車から降りると、クリスの婚約を祝っている賑やかな家屋の門を潜った。
浮き足立った一座の人たちが口々に声を掛けてくるのを全て聞き流し、僕は一直線にクリスの元へと歩く。
「クリス」
煌びやかな座椅子の上で体を伸ばしていたクリスを見下ろすと、彼はちらりと僕に視線を寄こし、ゆったりとした動作で微笑んだ。
「ああ、レイ。よかった、来てくれたんだな」
かなり酒を飲んだのだろう、たどたどしい口調と赤みを帯びた頬。
それから、至極幸せそうな表情。
その全てが愛しくて、憎らしかった。
「ねぇ、クリス。僕はもう、クリスと一緒に舞台に立てない。それだけを言いに来たんだ」
「、何だって?」
よく聞こえなかった、という素振りをして見せる彼の腹の上に、ずっと握りしめていた思い出の刀を投げ落とす。
幼い頃、毎日繰り返される辛い練習の中でクリスがくれた言葉を、僕は今でも鮮明に覚えている。
この刀を初めて手にしたあの日、楚の覇王を演じた彼は僕に言ったのだ。
“こんな剣があれば、楚王は漢王を殺し、お前を妃に据えたのに”と。
だから僕は、その日が来ることをずっと夢に見ていた。
少し鈍い音を上げて落下したそれを手に取り、じっと見つめるクリス。
けれど僕の想いも虚しく、彼は呂律の回らない舌でのうのうと言い放った。
「これ、本物の刀か?美しい装飾だな」
嗚呼、もうだめなのか。
彼は覚えていないのだ。
結局は僕の思い違いで、独り善がりで、勝手に見ていた夢想の世界。
“お前は夢と現実の区別が付かなくなっているからな”
いつだったか、彼が僕を揶揄した言葉を思い出す。
そうか、やっぱり、彼の言う通りだった。
彼はいつだって正しかったのだ。
「…その刀は、クリスが持っていて。僕はもう、貴方と同じ舞台には立てないから」
今までありがとう。
そう言いたかったけれど、視界がぼやけ、口が震えてどうしようもなくて。
今にも零れ落ちそうな涙を堪えて、来た時より幾分か早い速度でその場を離れた。
居合わせた数人が僕の後を追って外に出てきたけれど、素早く馬車に乗り込んで振り切るしかなかった。
がたがたと、静かな馬車が揺れる。
中に取り付けられていた鏡に映る自身にふと目を移すと、何とも滑稽な姿をしていることに気付いた。
丁寧に施した化粧は目元は涙でぐしゃぐしゃで、口唇に差した紅はじわりと滲んでいる。
身に着けている衣も酷い物で、肌の上にくっきりと残る情事の痕。
誰が見ても解かる、凌辱の痕。
気付けば僕は自分の家の寝台に倒れるようにして寝転がっていて、しばらくの間、頬を伝い続ける涙の音だけを聞いていた。
「ぼくは男、女じゃない…」
子どもの頃、よく間違えては叱られていた台詞。
虜姫を演じる女形として、女として育てられてきたはずなのに。
どうしたって僕は、本物の“女”には成れないのだ。
「ねぇ、クリス。僕たち、死ぬまで一緒に歌い続けよう…」
その約束も、もう叶わない。
それは確かに恋だった
(ぼくの全てを捧げた、恋だった)
先日フォロワーさんが呟いていらっしゃったツイートに萌えて観てみた「さらば、わが愛」に滾った結果。
書きたい所だけ感も甚だしいので、ログにポイしました。笑
この前のシーンも書きたいので、その内また性懲りも無く書くかもしれません^q^