気付くと、ため息ばかり吐いていて。
やばいなぁ、って、自分でも思うくらいには感情をコントロールできなくなっていた。

今日一日のスケジュールの大半を熟し、深夜からの仕事に備えて仮眠を取る為に宿舎に向かう車の中。
何を想うでもなく、ただぼんやりと夕暮れの街を眺める。

凭れ掛かっていたドアの窓が薄らと白く曇って、ああ、また溜息を吐いたのか、と気が重くなる。
何とかしないと、仕事に支障を来すし、周囲にも迷惑を掛けてしまう。
そう思って、思い背中を起こして運転してくれているマネージャー兄に声を掛けた。

突然降りたいと言い出したものだから、マネージャー兄は少しだけ険しい表情をしたけれど、なるべく早く帰って来いよ、という一声だけくれて車を止めてくれた。
そのやり取りを聞いていたジュンミョン兄には、くれぐれも気を付けるようにとちょっぴり辛そうに言われてしまって、自分の不甲斐なさに苦く笑って頷く。

きっとまた、彼に要らぬ心配を掛けてしまった。
ぼんやりしているようで実は人一倍変化に敏感なジョンインの視線からも、まるで俺を守るように傍から離れようとしなかったタオからも逃げるようにして車を降りる。

途端、ぞくりと全身の毛穴が開くような感覚。
すぐに発射した車を見送って、手に持っていた愛用のマフラーをぐるぐると首に巻き付ける。
鼻まですっぽりと顔をうずめ、どんどん熱を奪われてゆく手のひらをコートのポケットに突っ込んだ。

バンが走り去っていた方向から、少し左に逸れる。
少しだけ、ほんの少しだけ、遠回りの道。

均等に埋め込まれているレンガの遊歩道をひとり歩く。
いつもメンバーやスタッフ、ファンたちに囲まれて過ごしているから、一人きりになることなんて本当に久方ぶりだった。

埋めていたマフラーからちょっとだけ鼻を出して、すぅと空気を吸い込む。
喉を通って体内に取り込まれた冷たい空気にまた体を震わせて、俺の体温で温まった二酸化炭素を吐き出した。

はぁ、と空気音を立てて流れて行ったそれは、白い色を目に残して消えた。

その白を追うようにして顔を上げた先は、鮮やかなオレンジ色で。
綺麗だなぁと思うと同時、降りる場所を間違えたかなぁ、なんて。
冷える体に熱を移しあうように寄り添って歩く何組ものカップルの姿に、また知らずの内に溜息が零れた。

正直、羨ましいなぁと思う。
指を絡めたり、腕を組んだり、顔を見合わせる度に微笑んで。
そんなこと、俺たちは出来やしない。
こうやって一人で出歩くことさえままならないのに、恋人と肩を並べて歩くなんてこと、到底出来る訳がなくて。

あーあ、と。
思わず一人ごちていた。

ふと視線をずらすと、もうすっかりクリスマスカラーに化粧しているショーウィンドーに、ちっぽけな自分の姿が写っていて。
その横を、家路を急ぐサラリーマンや、寄り道をしていたのだろう数人の学生、仲睦まじそうなカップルが通り過ぎてゆく。

もう一度マフラーに顔をうずめようとした時、ふわりと漂った、よく知った香り。
その瞬間、冷たくなっていた体温が一瞬で蘇って、体を行き交う人々に向ける。
彼の香水を感じた方へ付いて行ってしまいそうで、思わず踏み出した右足に力が入った。

当たり前だけど、そこに居るのは見知らぬ人の背ばかりで。
必死で彼の顔を思い出そうとして、はっとした。

思い出せないのだ。
目の前がぼんやりと霞んで、笑った顔も、困った顔も、ちょっぴり怒ったような顔も、全て。
瞳に膜が張ってしまったかのように、視界がぼやける。

この持つ2つの光は、俺のちょっとした自慢だった。

ベクの目は、きらきら光るビー玉みたいだ。
そう言ってくれたあの日から、唯一好きになれたものだったのに。

ばっと見上げた空は、紫や群青がオレンジを侵食し始めていて。
焦る気持ちを抑えて星を探すけど、一つも見つからない。

どうしよう。
どんな場所に居たって、どんなに遠く離れた場所に居たって、この目はすぐに見つけられたはずなのに。

もう、見つけることは出来ないかもしれない。
彼の優しい流れる茶色い髪にも、気付けないかもしれない。

そんなことを考えたら、涙に霞んで更に見えなくなってしまって。
何もかも、全てこの光は捉えることが出来なくなってしまって。
今にも溢れ出してしまいそうな涙に耐えるれば耐える程、視界はぼやけて悪くなる。

やだよ…。
そう小さく呟いた声も、白い息とともに無くなってしまった。

落ちて行く光に、ぐっと唇を噛んで空を睨み上げた。
どんどん暗くなっていくそれに諍うように、踏み留めていた足を前に押し出す。

早く帰ろう。
帰って、少しだけ寝て、またみんなと一緒に仕事に向かえばいい。

大丈夫、大丈夫。
自分にそう言い聞かせ、下げていたマフラーを持ち上げて口元を隠した。


「ベク!」


鼓膜を震わせた声に、ぴたりと両足を止める。
俯いていた顔を上げて振り返ると、もう一度俺の名前を呼ぶ声がした。


「ベッキョナ!」


嗚呼、チャニョルだ。
チャニョルの声だ。

気付いたのに、やっぱり光はぼやけて見えない。
押し寄せる人の波から彼を見つけ出そうと必死に探していると、その波から飛び出した、ひとつの大きな影。
あ、と声を出すまでもなく、俺の体はその陰にすっぽりと抱きすくめられてしまった。


「べく、よかったぁ…!探したよ…!」


ぎゅうと俺を抱きしめる、大きくて温かい腕。
鼻孔をくすぐる優しい香りに全身を包まれて、またぶわりと涙が溢れた。


「ベク、どうした?泣いてんの?」

「…ないてない」


あーあ、と心の中で呟く。
だって、久しぶりの彼に掛けた声が、こんな言葉だなんて。
情けなけないなぁと思いながら、目の前の温かい存在に抱きついた。


「おかえり、ちゃにょら」

「ん、ただいま!」


彼の胸に顔を押し付けているし、ぼそぼそとした声だったから、きっと聞こえないだろうと思ったのに。
こんな時だけ地獄耳な彼は、俺の言葉に嬉しそうに体を揺らした。


「や〜、びっくりした!宿舎帰ったらさ、ベクまだ帰ってないって言うから、慌てて飛びだして来たんだ」


見つかってよかった〜、と安堵しているような、それでも相変わらず楽しそうな声色に、思わずくすりと笑みが漏れた。


「ばーか。一人で帰れるよ」

「でももう暗くなってきたし、危ないじゃん」


独り歩きは危険だから、なんて言うけど、俺はそこらの男より体力を付けているつもりだ。
だけど、か弱い女の子みたいにされるのも悪くないかな、なんて。
やっぱり俺は、感情を上手くコントロールできていないみたいだ。


「なぁ、ベク。俺、ちょっとは逞しくなった?」

「あ?」

「ジャングルから帰ってきたんだから、多少は逞しくなったっしょ?」


にこにこ、にこにこ。
相変わらず人を感染させてしまうような笑顔で、笑う。
なのにどこか得意気で、何となく腹が立ったから。


「なってねぇよ、でくの棒!」


無駄にデカい図体しやがって!と、口汚く罵倒しながらチャニョルの足を蹴ってやった。
痛い痛いとぎゃあぎゃあ騒ぐチャニョルを引っ叩いて、宿舎に向かって歩き出す。

そんな俺の腕を、後ろから勢いよく掴まれて。
うわ、と声を上げて振り向けば、何やら企んでいるようなチャニョルの顔。


「なんだよ、」

「ベク、デートしよう」

「…はぁ?」

「な、ちょっとだけ!仮眠できなくなっちゃうけどさ、こんなこと滅多に出来ないから、ね!」


ね!じゃねぇよ。
そう言ってやろうかと思ったけど、チャニョルがあまりにも楽しそうにはしゃぐから。


「…目立つようなことしないって約束するなら」


思わず、そう言ってしまっていた。

もうすっかり涙は引っ込んでしまっていて、やったー!と大げさに喜んで見せるチャニョルの優しくて温かい笑顔に、つられて俺も笑った。




アンドロメダ








パクチャお誕生日おめでとう!
なのに全く誕生日と関係ない、しかも今更まさかのジャングルネタですみません。笑
相変わらず中々思うように書けませんTT
とにかく、チャニョルハッピーバースデー!^^
song by:aiko














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