ウヒョンはあまりコーヒーが好きではない。
だからその代わり、というか、彼は紅茶を好んで飲んでいた。

あの騒がしいウヒョンが紅茶だなんて、ちょっぴり笑えてしまうのだけれど。
なんて言いつつ、実は紅茶を淹れている彼の後ろ姿が好き、だったりする。

そんな彼曰く、コーヒーは「尋常じゃないほど苦い」らしいが、俺からすれば紅茶も十分苦いと思う。
苦いというか、渋いというか。

でもそんなことを言ったら、きっと拗ねるだろうなと思って敢えて口にせずにいたのに、何の考えも無しに「コーヒーこそ大人の飲み物だ」と小馬鹿にしたソンヨルと口喧嘩していたのは、まだ記憶に新しい。


「ソンギュも紅茶飲む〜?」


俺用のマグカップを手に揺らすウヒョンに、小さく頷いて答える。
キッチンチェアに腰かけながら、戸棚を覗きこんで紅茶を選んでいる彼をぼんやり眺めた。


「今日はどれにしようかなぁ」


ここから彼の表情を窺うことは出来ないけれど、きっと楽しそうに笑っているのだろう。

想像して、少し笑った。


「アッサムでいい?」

「うん、」


うひょなのお好みで、と続けると、彼は嬉しそうにふわりと笑う。

沸かしたてのポットのお湯を、ティーポットと二人分のティーカップに注ぐ。
それをくるくると回して温めてから、ティースプーンで茶漉しに茶葉を6グラム。

一旦ティーポットのお湯を捨てて、茶漉しに入っている紅茶にまんべんなく掛かるようにお湯を注いで、ティーカバーをして。
3分間の砂時計をセットすれば、あとは砂が落ちきるのを待つだけ。

温める用のお湯が入ったままのティーカップと、抽出中のティーポット。
それから砂時計をキッチンテーブルに置いて、ウヒョンも俺の目の前の席に腰かけた。

さらさら、さらさら。
テーブルに突っ伏して、音もなしに零れてゆく砂をじっと見つめていたら、そんな俺を見たウヒョンが可笑しそうに笑った。


「まだあと2分くらいあるよ」


そう言われて、きょとんとする。
無意識に、待ちきれないという顔をしてしまっていたのだろうか。

何だかちょっぴり恥ずかしくて、ちらりと見上げたウヒョンから視線を逸らせた。


「ソンギュ、紅茶好き?」


穏やかな、声。
まるで母親が子どもに問いかけるようなそれは、俺を酷く安心させる。


「…好き、に、なった」


紅茶なんて、こいつと出会う前は数えるくらいにしか飲んだことがなかったのに。
今ではほぼ毎日のように、こうして彼と一緒に口にしている。

朝はイングリッシュ・ブレックファスト、夜はリラックス効果のあるフレーバーティーが定番だ。

紅茶なんて全くと言っていい程知らなかった俺に、アッサムやイングリッシュ・ブレックファストはミルクを入れても美味しいんだよ、と教えてくれた。

俺は元々甘いものが苦手で、甘いイメージしかなかったミルクティーを毛嫌いしていただのけれど、彼が淹れてくれるそれはとても飲みやすくて。

あの日以来、僕の一番のお気に入りは、ウヒョンが淹れてくれるミルクティーになった。


「あ、3分経った」


入れて、と自分のティーカップを差し出すと、ウヒョンがくすくすと笑う。

いつもよりほんの少し少なめに注がれたそれに首を傾げると、ミルクティーにするんでしょう?と言われて。
ほんと、俺のことよくわかってるなぁ、なんて。ちょっぴり嬉しくなったり。

冷蔵庫から低温殺菌の牛乳パックを取り出して、紅茶に少量を注ぐ。
カップの淵周りからふわ〜っと広がるミルクを眺めていると、ウヒョンが俺も淹れて、と紅茶の入ったティーカップを差し出してきた。

俺のものより少し控えめにミルクを入れて、ティースプーンでかき混ぜて返してあげる。


「ありがとう」


微笑みながら礼を告げるウヒョンに頷きながら、いただきます、と小さく呟いてまだ熱い紅茶に口を付ける。
途端、口の中にふわっと茶葉とミルクの香りが広がって、ほっと溜息がこぼれた。


「おいし…」


思わずそう呟けば、目の前のウヒョンが、よかった、と優しく微笑んだ。


「…そういえば、この間仕事の休憩中にミルクティー飲んだんだ」


いつだったか、マネージャーが人数分の飲み物を買ってきてくれたのだけど、その中に紅茶もあって。
ストレートだったそれに6つくらいミルクを入れて飲んでいたら、ソンジョンにとても驚かれた。
ソンギュ兄が紅茶なんて、と。

ウヒョンと出会ってから格段に紅茶を飲む機会が増えたとはいえ、メンバーの前で、しかも仕事中に紅茶を飲んだのは、思えばあの時が初めてだったかも知れない。


「ソンジョンとドンウに心底驚かれたよ。俺にはミルクティーのイメージがなかったみたいで」


そう言って笑ったら、ウヒョンも同じように笑った。


「だってソンギュ、ミルクティー飲むようになったの最近だもんね」

「紅茶はもっと前から飲んでたんだけど」


ああ、そう言えば。


「兄さんが誰かの影響を受けるなんて〜、とも言われた」


しかもそれがウヒョンだなんて、俺たちの知ってる兄さんじゃない〜、とか何とか言われたけれど、思い切り無視してやった。

自分としては、影響を受けにくいわけでも受けやすいわけでもないと思っていたのだけど、周りからはあまりにも以外すぎたようで。


「ウヒョンの存在って本当にすごい、って言ってた」


あいつら意味わかんねぇよ、とわざと不満げに呟きながらウヒョンを見ると、とても嬉しそうな目で俺を見つめていて。


「…なに?」

「別に?」

「なんだよ、にやにやすんな」

「ソンギュ、今日はよく喋るなぁと思って」

「なっ!」


ふふ、と笑うウヒョンに、頬がかっと熱くなるのを感じる。
ばかじゃないの、とまた小さく呟いて、真っ赤であろう顔を隠すために紅茶を啜った。


「かわい、」


自然と口を吐いてしいました、みたいな顔で、何気なくそんなことを言ってくるものだから。

目の前でにこにこと微笑む彼のカップを奪って、ほんのり甘いミルクティーをごくごくと飲み干してやった。





僕の世界が変わった日













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