俺はみんなより背も低いし、認めたくないけど華奢だし、人見知りということもあってよく苛められていた。
ましてや、オーディションを受けて練習生になったのではなく、スカウトで入ってきたのだ。

だけど、あからさまなイジメに遇っている訳でもなく、かといって陰湿な訳でもない。
性質が悪いと思う。
何せ、他人からすれば一見仲良さそうに思わせておいて、わざと俺に聞こえるように悪口を言って来るのだから。

俺はバカでもないし鈍くもないから、自分の悪口を言われていることくらいすぐにわかった。
だけどそういう奴らは相手にしないのが一番だし、正直言って心底面倒くさいから気付かない素振りを続けていた。
正直な話、これ以上関係を悪化させたくなかったし。

でも、そんな思いとは裏腹に、ごく自然な流れで俺は孤立していった。


「みんなよりちょっと歌が上手いっつってもさぁ、なんか耳障りな声じゃね?」

「あっは!俺もそう思ってた〜!」


またか、と溜息を吐く。
ボイストレーニング後の教室。先生が練習室を出て行った途端これだ。

決して、誰が、とは言わないのがこいつらの手口。
だから俺はいつも無視を決め込んでいたし、一々腹を立てるのも体力の無駄だ。

カラカラの喉を潤わすために、水を口に含んで嚥下する。
もう一口、とペットボトルを傾けたところで、性悪たちが珍しく俺の方へ近寄ってきた。


「なぁなぁ、ベクちゃん。下手くそな俺らに、上手な歌い方教えてくんね?」


にやにや。
心底吐き気がするような下ひた笑いで見下ろしてくる。

嗚呼、イライラする。


「歌がダメでも、他のことを頑張ればいいじゃん」


まあ、お前らにそんな根性ないだろうけど。

内心で毒吐きながら、ペットボトルを強く握りしめる。
べこっ、と音を立てて凹んだそれにすら気づかず、目の前の奴らは俺への嫌味を止めようとしない。


「いいよなぁ、ベクちゃんは」


先生に気に入られて、歌も上手くて。

なんて、耳障りな声だって言っていた奴がよく言う。
今にも激高してしまいそうな感情を、冷たい水を体内に取り込むことによって必死に抑えた。

…なんでこんな時に限って居ないんだよ、あのバカ。

いつも一人でいた俺に声を掛けてきてくれた、唯一の友人に怒りの矛先を向ける。
バカなりにいつも俺を守ってくれているチャニョルは今、こことは別の練習室で大の苦手なダンスと戦っているはずだ。

はぁ、と思わず盛大にため息を吐いてしまって、はっとする。
今ので目の前の奴ら怒らせたかもしれない。

今度は気付かれないように小さく息を漏らしてちらりと見上げると、案の定嫌悪の表情が3つ、こちらを睨みつけていた。


「お前さぁ、調子乗るのもいい加減にしたら?」

「まじ腹立つんだけど」


最後のはこっちの台詞だっつの、バーカ。

そう心の中で舌を出しながら、頭をフル回転させる。
本当に悔しいことながら俺は力も強くないし、口喧嘩もそう上手くない。
だから今までこういう面倒な事態は避けてきたというのに。

もしこれが上にバレて練習生を辞めることになるのは死んでも嫌だし、もちろん痛い思いをするのだって避けたい。

どうしようかと思考を巡らせていると、すぐ近くからふにゃふにゃした声が聞こえてきた。

反射的に、俺も他の奴らもそちらへ目を向ける。


「この教室って、今何のレッスンしてるの?」


聞きなれない言葉。
たぶん、中国語だ。

俺はまだ練習生になったばかりで会ったことはなかったけれど、きっとこの人がうちの事務所に所属する数少ない異国人なのだろう。

中国語なんて勉強したこともないしほとんど聞いたこともなかった俺は、彼の言葉を理解できずに首を傾げた。

それでも彼は、優しそうな瞳を細めてにこにこと笑っている。


「僕、ダンスの自主練したいんだけど、他の教室が空いてなくって。ここ使ってもいいかなぁ?」


ふにゃふにゃ、ふわふわ。
気弱そうというか、とてもおっとりした彼は、相変わらずよくわからない言葉で僕たちに話しかける。

…韓国語、話せないのだろうか。
英語なら通じるかな。
あ、でも俺、英語も碌に喋れないや。

う〜ん、と困っていると、それは他の奴らも同じだったようで。
突然の介入者にどうしたものかと動揺している。

それを見た彼は、一瞬俺と視線を合わせて、またにこりと笑った。


「たぶんもうすぐウーファンたちも来ると思うんだけど、ここ使ってもいいよね?もうレッスン終わっているでしょう?」


にこにこ笑いながら、おどおどしている奴らに尚も話し続ける。

俺に詰め寄っていたうち一人が、韓国語話せよ、とぼそぼそ呟いたが、彼はどうやら理解できなかったようで小首を傾げた。


「ごめんなさい。僕、まだ韓国語よくわからなくて」


えへへ、と困ったように笑う彼に居たたまれなくなった奴らは、声にならない声を上げて恥ずかしそうに練習室を出て行った。


「たすかった…」


はあぁ、と今日一番の溜息を吐く。
ああ、疲れた。
たぶん、レッスンより遥かに体力を消耗した。

とりあえず部屋に入って来たのが先生じゃなくてよかった、と胸を撫で下ろしていると、出て行った奴らとほぼ入れ違いに長身イケメンがレッスン室に入ってきた。


「あ、ウーファン」

「空いてたんだ、よかったな」

「うん。ファンも練習するでしょ?」

「いや、俺は遠慮しておく」


…二人とも中国語だ。
やばい、ぜんっぜんわかんない。

背が高くてこの世のものとは思えないほど整った顔のイケメンと、ほわほわしていて男なのに綺麗という形容詞がぴったり当てはまる二人。
そんな空間に俺なんかが居ていいはずがない、と妙な劣等感と羞恥を覚えながら部屋を後にしようとすると、長身美男と話していた彼が、あ、と声を上げた。


「もしよかったら、一緒にれんしゅうしない?」

「…へ?」


にこにこ、にこにこ。
先ほどまでと全く変わらぬ笑顔で俺に話しかけて来た彼に、心底驚いた。

だって、


「…韓国語、話せるんですか…?」


思わずきょとんとしながら問えば、少し照れくさそうに、まだまだだけどね、と返ってきた。

…いや、まだまだって。
少しぎこちないけど、普通に喋れてるじゃん。ふにゃふにゃしてるけど。


「……」

「ね、だめかな?」


心の底からぽかん、としている俺に気付いた長身イケメンが、マイペースな彼に向って苦笑した。


「イーシン、お前また余計なことしたな?」

「何もしてないよ〜、ダンスのお誘いしてるだけじゃん〜」


むすっ、と両頬を膨らませながら長身イケメンを見上げる彼。
その姿がなんだかとても可愛くてついつい見とれていると、再びこちらを振り向いた彼が、今度はぱっと明るく笑って見せた。


「ぼくおどるから、きみは何かうたってよ」


ね?

そう言って柔らかく微笑んだ彼に、気付けば俺は小さく頷いてしまっていた。




シンデレラストーリーなんて信じない








ベクレイの出会いがこんなだったら可愛いなぁ、と。
れいちゃんの韓国語は、敢えて平仮名多めにしました。笑
ベクレイ可愛いですよね!百合コンビ!

title by: tiny














「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -