「おんまぁー」
何か温かくてちょっぴり重たいものが腹の上に乗ったかと思えば、ふにゃふにゃした声と共に片頬をぺちぺち叩かれた。
「んぅ…」
「おんま、おんまぁ〜」
「ん〜……」
ぺちぺち、ぺちぺち。
ひたすら頬やら胸やらを叩いてくるセフンをぎゅうと抱きしめると、朝からご機嫌なこの末っ子は、きゃっきゃ、と楽しそうに声を上げた。
「おんま、ねむねむ?」
「…んーん、もう起きるよー…」
「てふな、おなかぺこぺこ〜」
おんま、まんまぁ〜、と僕の上で体を揺らすセフンを抱っこしたまま、枕元の目ざまし時計に手を伸ばす。
「あー…もうこんな時間か…。セフナ、ジョンイナ起こしてきてくれる?」
「あいっ!」
「ん、いい子」
元気よく返事をして片手を上げたセフンの頭を撫でてあげると、てふないいこ〜!と嬉しそうに駆けて行った。
そんな素直で可愛らしい末っ子を見送って、ふああ、とあくびをしながらダイニングへ向かう。
そこには既にジュンミョンさんがソファに腰かけていて、新聞を読んでいた。
「おはよう、ギョンス」
「おはよう、じゅんみょんさん」
「ふふ、眠そうだね」
「ん〜…」
昨夜、幼稚園で破いてきたセフンのズボンを直していたから寝るのが遅くなってしまったのだ。
止まることを知らないあくびを抑えながら、今日一日の予定を考える。
みんなを見送ったら洗濯物干して、リビングを掃除機かけて、買い物に行って…。
時計に目をやりながら予定を立てていると、ふと、いつもリビングで朝番組を見ている次男が居ないことに気付いた。
「あれ、チャニョルは?」
「ん?まだ寝てるんじゃない?」
「そう…」
珍しい。やたら寝起きがよくて、いつもジュンミョンさんと同じような時間に起きてくるのに。
そんなことを考えながら冷蔵庫から朝食の材料を取り出していると、こちらを振り返ったジュンミョンさんから声を掛けられた。
「ギョンス、今日の朝食は何?」
「オムレツとソーセージとマッシュポテトだよ」
「わぁ、豪華だね」
楽しみだ、と穏やかに微笑むジュンミョンさんにつられて笑う。
わが家の食事は大抵子どもたちの好物ばかりなのだけれど、この人は一度も文句を言ったことがない。
優しくて素敵な旦那さんを持ったものだなぁ、なんて他人事ながら考えて、またちょっとだけ笑った。
「マッシュポテトは昨日の夜のうちに作ってあるから、すぐ朝食に出来ると思う」
「そう?じゃあ、チャニョルたち起こしてこようか」
「うん、お願いしてもいい?」
「もちろん」
にこり、と笑うジュンミョンさんを見送って、フライパンに溶き卵を流し込む。
ジュウジュウと焼いていると、びええ、と末っ子の泣き声が聞こえてきた。
「セフナ?」
すぐ後ろから聞こえてきた声に手を止めて振り返ると、まだ幼い顔を真っ赤に染めて泣きじゃくるセフン。
一目散に駆け寄ってきた小さな体を抱き上げると、ぎゅう、と抱きつかれた。
「セフナ、どうしたの?」
「じょんいにひょ、がっ、てふな、たたいたぁ〜」
びええええ、と泣き続けるセフンの背中をぽんぽんと優しく叩く。
朝から困った子たちだなぁ、と苦笑していると、寝坊助な3男がダイニングに入ってきた。
ぶすっと頬を膨らませていかにも不機嫌そうだけれど、その表情は今にも泣き出しそうだ。
まだ俺にしがみ付いて離れないセフンを抱いたままジョンインに近づくと、こちらをちらりと見上げて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「おはよう、ジョンイナ」
「せふながさきにたたいたんだもん…」
「うん、そっか」
よしよし、とジョンインの頭を撫でる。
ようやく泣き止んだセフンを降ろして、不貞腐れてしまったジョンインを抱き上げてやると、何も言わずに肩口に顔をうずめてきた。
まだまだ子どもなんだから、強がらなくったっていいのに。
そう言うと、ぼくはセフナのおにいちゃんだから、と言ってきそうな3男を抱きしめる。
こういう頑固なところはジュンミョンさんに似たのかなぁ。
と、今度は2階から、がったーん!という凄まじい物音がした。
音の出どころは、ジュンミョンさんが向かった長男次男の部屋だ。
「今度は何…」
全く、本当にうちは朝から騒がしい…。
はぁ、と小さく溜息を吐きながら2階へ上がると、何故かおでこを押さえてふらふらしてるジュンミョンさんが居た。
「ヒョン?どうしたの?」
「…ぎょ、ギョンス……」
「?」
一体何事だ、と首を傾げていると、双子の部屋から次男がひょっこりと顔を出した。
「あ、ギョンスおっはよー!」
「おはよう、チャニョル」
そのまま部屋から出てきたチャニョルに挨拶を返していると、これまた何故か顔を真っ赤に染めたジュンミョンさんが小さな声で呟いた。
「ちゃにょる…おまえ…」
「アッパ、勘違い!あれは違うからね!何にもないからね?!」
そんなジュンミョンさんに、慌ててぶんぶんと手を振るチャニョル。
何の事だかさっぱりわからなくて、首を傾げてチャニョルに先を仰いだ。
「何?なんの話?」
「あー、…さっきアッパが起こしに来てくれたんだけどさ、…」
「…チャニョルとベッキョン、服…着てなかった…」
「は?」
「だーから、誤解だってば!」
苦笑いしながら、それでもどこか楽しげに頭を掻くチャニョルを見つめる。
服を着てなかったって、…え?
「チャニョル、どういうこと」
「いやほら、俺いつも全裸で寝るじゃん?でも今朝寒かったからさ、ひと肌で温め合おうとおもっ…」
すぱーんっ
「いでっ!」
思わずチャニョルの頭をひっぱたいた。
背の高い次男の頭に届くように、ちょっと背伸びして。
「ばか!風邪ひくだろ!」
「ごめんごめん、嘘だって!じょーだん!」
「くだらん嘘吐くな!」
「ゴメンナサイ」
それでも、あはは、と笑うチャニョルに溜息しか出ない。
末二つはまだまだ手のかかる子どもだけれど、セフンたちよりも遥かに歳上であるはずのこの双子たちの方が性質が悪いかもしれない。
「で、何で2人とも裸だったの」
「はだ、か……」
「ジュンミョンさんは先に朝ごはん食べてて。オムレツもう焼けてますから」
未だに顔が赤いジュンミョンさんに、ダイニングへ戻るよう促す。
ショックそうなのは、息子二人がそんな状況だったからか、単に裸を見て恥ずかしかったからなのか…。
ふらふらと階下へ降りて行ったジュンミョンさんを見送ると、俺を見たチャニョルが、へへへ、と苦笑した。
「今朝はさ、俺よりベッキョンの方が早く目が覚めたんだよ。で、さっさとベッドから出て着替えようとしてるから、もうちょっと寝ようよ〜、って…」
「引っ張り込んだわけ?」
「そ!だってベッキョナがパジャマ脱いで寒そうにしてるから、見てるこっちも寒くって〜」
「馬鹿か」
「えへ☆」
えへ☆じゃないし。と溜息を吐いていると、部屋のドアを勢いよく開けて長男が出てきた。
と、思ったら。
「チャニョルこのやろう!!」
どがっ、とチャニョルを蹴り飛ばす、鬼のような形相のベッキョン。
蹴られたチャニョルは痛そうに腰をさすっているが、それでもやっぱり笑っている。
「痛いよベッキョナ〜!」
「うっせ!父さんに変な誤解されただろ!おまえのせいだ、バカ!!」
「え〜、何でいつも俺の所為なんだよ〜…」
「おまえが全部悪い!全面的に悪い!!」
ひどい〜、と泣きまねをしている次男を無視して、もう制服に着替えているベッキョンに声を掛ける。
「おはよう、ベッキョナ」
「えっ、あ、おはよう母さん、…」
やっと俺に気付いたのか、こちらを見て恥ずかしそうに顔を反らした。
チャニョルに彼の分の制服を押しつけているベッキョンを見ながら、結局は仲良いんだから、と小さく笑う。
「朝から災難だったね」
「ほんとだよ……」
「部屋割り変える?」
「えっ」
「冗談」
朝食、もうすぐ出来るから。
そう一声かけて、末二つとジュンミョンさんが居るであろうダイニングへ踵を返す。
階段を降りる際、一瞬視界の隅に映ったベッキョンは、また恥ずかしそうにしながらチャニョルを叩いていた。
1階に下りてダイニングに入ると、不思議そうに父を見上げるセフンを抱きしめながらキッチンイスに腰かけて俯いているジュンミョンさん。
…と、その目の前の席で船を漕いでいるジョンイン。
「ジョンイナ、ほら起きて。幼稚園遅れる」
「んー…」
むにゃ…、と口を動かすジョンインの横に座って、小さく切り分けたオムレツを彼の口元に運ぶ。
まだ俯いているジュンミョンさんは…、とりあえず放っておこう。
「セフナは?ちゃんと野菜食べた?野菜も食べないと大きくなれないよ?」
「むぅ…」
相変わらず野菜嫌いなセフンにお決まりの台詞を言って、ジョンインの口にもう一口オムレツを運んだ。
◇
「ジュンミョニヒョン、こっち向いて。ネクタイ曲がってる」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
出社するジュンミョンさんのお見送りのために玄関先で彼の不恰好なネクタイを直してあげる。
はい、出来た、と声を掛けると、奥からチャニョルとベッキョンの慌ただしい声が聞こえてきて。
「…気まずいなぁ…」
「何息子たちの裸見たくらいで照れてるの」
「だってさぁ…」
へたれというかシャイというか、とてつもなく恥ずかしがり屋な旦那さんの背中を少し強めに叩く。
朝の叱咤激励、ってやつだ。
「今日もしっかり頑張って来てくださいね、アッパ?」
「…ん、頑張ってきます」
わざとそう言って笑えば、ジュンミョンさんもちょっとだけ眉を下げて笑った。
「おんまぁ〜!じょんいにひょんがてふなたたいたぁ〜!!」
さて、今日も賑やかな一日になりそうだ。
famille!
ちょっと、いや、かなり無理がありました。
本当はクリレイ夫婦にしようかと思ったのですが、どうしてもチャンベクを双子にしたくて…。笑
以下蛇足
D「…っていう夢を見たんだよね…」
B「うん、まあ、強ち間違っちゃいないんじゃね?チャニョルとか、まじでいつも全裸で寝てるし」
D「なんで俺がオンマなんだろ…」