昼と呼ぼうか、夕方と呼ぼうか。
そう迷ってしまう時間に、薄手の上着を持って部屋を出る。

今年は梅雨入りが早かったからか、9月になってすぐに涼しくなった。
まだまだ日中は暑いけれど、それでも見上げる空は秋らしくなっている。

ぼんやり、柔らかな日差しを浴びる街を眺めながら部屋の鍵をポケットに仕舞い込んで。
エレベーターではなく、階段を使って1階まで降りる。

上り下り問わずエレベーターを利用していた俺に、彼はいつも困ったような顔で笑っていた。

只でさえ運動不足なのだから、こんな時くらい足を動かしなよ。
そう言った彼の表情や声音を思い出しながら、一段一段、ゆっくりと階段を下りる。

仕事が休みの日に、ひとり家にいることが辛く感じてしまうようになった。

いつも美味しそうな香りを漂わせていたキッチンも、優しい時間が流れていたリビングも、いい歳して朝まで語り合ったベッドルームも。
有る筈のない残り香を探してしまう自分が、ひどく滑稽で。

人は、大切なものを失って初めてその大切さに気付くと言うけれど。
きっと愛というのも、そうなんだと思う。

愛なんてものは目では決してみえないけれど、失くしてから初めて、その姿が見えたような気がした。
彼の穏やかな微笑みが、さり気なく、限りなく彩ってくれていたのだと。

そう気づかされても、その皮肉さに苦笑するしかなくて。
彼から愛されていたサインを探しては、ぼんやりと時を過ごしていた。




傾き始めた夕日の中、彼と何度も足を運んだスーパーに向かって歩く。

今日は何が食べたい?
どこからかそんな声が聞こえた気がして、少し俯きながら懐かしさに微笑んだ。

寄り道しながら帰路に着く学生、疲れを隠せない顔で歩みを進めるサラリーマン。
たくさんの人混みに紛れて、立ち止まる。

すれ違う人とぶつかったり、誰かに押されたりする度に立ちすくんでしまう俺に、いつも笑って手のひらを差し伸べてくれた。
だけどいくら探そうとも、もう彼は居ない。

不意に泣きたくなって、ひとりぼっちの手のひらを握り込む。

悪戯な運命にも、時の流れにも。
目を逸らさずに越えてゆく強さを教えてくれたのは、あの人なのに。

俺はまだ、強さを覚えたばかりだから。
いつも俺を支えてくれたあの人が居なければ、まだ一人で進んでいくことも出来ないんだよ。

知らず知らず、あの人の背中を探す。
けれど、道行く人の中に彼が居るはずもなくて。

いつまで引きずれば、断ち切れるのだろう。
いつになったら、一人で前を向けるようになるのだろう。

肌を撫でる風が冷たい。
やっぱり、もうすっかり秋になってしまったようだ。


「会いたい、なぁ…」


ぽつり。
零れるようにして口を伝った音は、周囲の雑音に紛れて消える。

いつまでもこうして居られないことは、もう痛い程わかっている。
そろそろ行かなきゃならないことも。

すん、と秋の風を吸い込んで、ゆっくりと顔を上げる。
さっさと買い物を済ませて、早く家に帰ろう。

今日は何を作ろうか。


「ソンギュ、」


不意に耳を震わせた声。
聞き覚えのある、俺の記憶を占めて仕方がない、優しい声。

何かを考える間もなく、握られた右手。
ゆっくりと振り返った先には、


「ほうぉ、な…?」

「うん。久し振りだね、」


ソンギュ兄。

そう言って微笑む顔は、俺の知っているそれとちっとも変わっていなくて。

なんで、とか、夢なんじゃないか、とか。
そんなこと何も考えられなくて、俺はただただ泣きながら、目の前の愛しい人に抱き付いた。



雪降る夜のペチカ








リクエストで頂きました、ホギュでした!
この2人は初挑戦だったのですが、ホギュ要素薄すぎた…。
ほぼギュの独白ですね、すみません…pq

ホギュは一番大人なカップルっぽいですよね。
お互い頼りにし合って支え合ってるんじゃないかなぁ、と。
今回の話は全くそんな気配無いですが。笑

それでは、リクエストありがとうございました!(^-^)


title by Felissimo
inspiration by juju
















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