ウヒョンと喧嘩した。
…というか、俺があいつを怒らせてしまった。

もう何度目だろう。

甘やかしてくれて、時々叱ってくれて、励ましてくれて。
そんな彼に甘えっきりで、勝手なことを言っては彼を呆れさせてしまう。


「暗…」


ぽつり、呟いた声は、俺を包む黒に飲み込まれてゆく。
窓のない真っ暗なこの部屋で、彼はいつもどうやって過ごしているのだろう。

柔らかいベッドに腰かけて、手にしていたマグカップを覗きこむ。
ほわほわと上がる白い湯気が、黒いこの世界の中では映えて見えた。


「…まっず、」


初めて自分で作ったミルクティー。
やっぱり、彼がいつも作ってくれる味には程遠くて。

あんなにも美味しいミルクティーを飲んでしまったら、こんなもの飲めるはずがない。

マグカップをベッドサイドに置いて、ぱたりと後ろに倒れる。
暗闇に目が慣れてきたとはいえ、光が全く入り込まないこの部屋は、やっぱり真っ暗なままで。


今日のこと、彼はまだ怒っているだろうか。
…怒って、いるだろうな…。

本当、素直じゃない。
彼が帰って来ても、俺はきっと言えないんだと思う。
ごめんな、って。

あいつより背が高いところだとか、口下手なところだとか。
嫌いじゃないかな、ちゃんと好きでいてくれるかな、って。

不安で不安でしょうがなくて、いつだって彼のことを想っているのに。

ごめんね、ありがとう、って。
…そう、伝えたいのに。


「、もう寝よ」


愛される明日を夢見て。
彼が夢に出てきてくれることを、毎日祈って。

そうして、眠りにつく。
もし夢に出てきてくれたなら、嬉しすぎて泣いてしまうかも、なんて。

ころん、と体を横にして、近くにあった枕を引き寄せる。
すん、と鼻を鳴らせば、甘くて優しい彼の匂いがした。

シーツをぎゅっと掴んで、枕に顔をうずめる。
今にも零れ落ちそうな涙を堪えていると、きぃ、と静かにドアが開けられる音がして。


「…ソンギュ?」


嗚呼、帰って来てくれたんだ。

ずっと聞きたくて堪らなかった声に安堵する。

早く起きて、言わないと。

おかえり、って。
ごめんな、って。


「ソンギュ、」


ふわり。
温かい手のひらに撫でられる感触に、ぽろぽろと涙がこぼれる。

もしかするとこれは、夢なのかもしれない。
そう思いながらほんの少しだけ顔を上げると、困ったように笑うウヒョンと目が合った。


「ソンギュ、どうしたの」


なんで泣いてるの。

小さな子どもに聞かせるような、ちょっぴり困った声。
だけどとても、穏やかな声。


「この部屋、暗いから。余計なことまで考えちゃうでしょ」


電気付けるよ?と優しく俺の頭を撫でてくれるウヒョンの声を聞きながら、ふるふると首を横に動かす。
そんな子どもみたいな俺にまた困ったように笑いながら、ウヒョンが隣にそっと腰かけてきた。


「そ〜んぎゅ」

「……」

「ねぇ、ソンギュってば」


ごめんね、怒ってないから。

宥めるような優しい声音に、たまらず彼の服を掴む。


「、うひょな」

「ん?」

「…みるくてぃー、つくって」


ほら、やっぱり。
素直じゃない。

ウヒョンが帰ってきたら、謝ろうと思っていたのに。
やっぱり俺は、彼に甘えることしか出来ない。


「…これ、ソンギュが淹れたの?」


サイドテーブルに置かれたマグカップに気付いたウヒョンが、のんびりした調子で問うてくる。
それに答えようとしたけれど、上手く声をだせなくて、うん、と小さく頷いた。

そんな俺に、そっか、と呟いて、ミルクティーをゆっくりと口に含む。
こくん、と飲み下したウヒョンは、少しだけ驚いたような顔をした。


「何これ、まずっ」


あはは、と可笑しそうに笑う声。

からころ、からころ。
鈴が転げるような笑い声にまた泣きそうになりながら、顔をうずめていた枕を投げつけてやった。


「いてっ」

「うひょな」

「はいはい、ミルクティーね?」

「ん、」


さっさと作って来いと言うように手をひらひらさせると、その腕を掴まれて勢いよく引き上げられる。

突然のことにびっくりしながらもされるがままになっていると、ぽすん、と俺を抱き留めたウヒョンが悪戯に微笑んだ。


「ほら、ソンギュ。キッチン行こう?」


手を引かれて、歩き出す。

久し振りに見た光に目を細める俺に、ウヒョンはまた可笑しそうに笑った。




ミルクティーの恋

(そんな、ミルクティーみたいな、優しい恋。)