ソンギュって、ほんと俺のこと好きだよね。

にやけながらそう言ったウヒョンに腹が立った、…というか、恥ずかしさを紛らわせるために毒吐いた俺に持ち掛けられたのは、何とも奇妙な賭けだった。

1か月間、口を利かない。
突拍子もないことを言いだしたウヒョンを軽く流して拒否しようとしたのだけれど。

結局、奴の安い挑発に乗ってしまったのだ。
その時点で何だか敗北した気分だけれど、賭けに乗ったからには勝ちたい。

そんな訳で、ウヒョンと口を利かなくなってから、今日で19日が過ぎた。

おはよう、とか、おやすみ、といったあいさつ程度の言葉は交わしているけれど、それもごくわずかな回数だけ。
今まで一度もこんなことは無かったから、賭けを初めて1週間は…、悔しいけれど、正直なところキツかった。

メンバーやマネヒョンが一緒の時でも、俺たちは大抵2人で居た。
四六時中一緒にいるのによく話題が尽きないものだと自分でも思うが、それは俺たち2人が話題性に富んでいる訳では決してない。

その証拠に、俺たちの会話なんていつもくだらない取るに足らないものだし、記憶に残るようなものでもない。

ただ、一緒に居て心地がいいから。
話していてとても楽しいと感じる、唯一の存在と言っても過言ではない人だった。

…のに。


「あと12日…」


カレンダーを見ながら無意識にこぼしていた溜息に、慌てて口に封をする。

しまった、と片手で口元を押さえながらちらりとウヒョンに目を配れば、ぱちっ、と目が合ってしまった。

今の独り言が聞こえていたのだろうか。
これではまるで、賭けが終わることが待ち遠しいみたいじゃないか。

そう思ったら居たたまれなくなって、早々に顔を逸らせた。
なるべく自然に、慌てた素振りを見せないように。


「……」


ああ、無言が辛い。

どうして今日はこんなにも楽屋が静かなんだ、と室内をぐるりと見渡せば。
なるほど、今ここに居るのはウヒョンと俺、スタッフ1人だけなのだった。

今日は2人だけの仕事で、他のメンバー達は別行動。

昨夜、こんな状態で一日やり過ごせるのだろうかと心配して中々寝つけなかったことを思い出して、また人知れず溜息がこぼれた。


「ヒョン、ヒョン、ちょっといいですか?」


不意に聞こえてきた声に驚いて顔を上げると、俺の近くにいたスタッフさんに声をかけているウヒョンが見えた。

片手に進行表を持っているから、何かわからないことでもあったのだろう。

…いつもなら、真っ先に俺に確認してくるくせに。


「…むかつく」


ぼそり、と。
また無意識に口を吐いて出てしまった言葉。

イライラしている俺の横でスタッフさんと話し続けているウヒョンを睨み上げてやる。
と、またばっちりと目が合って。

一瞬だけ口角を上げたウヒョンは、それまで話していたスタッフに礼を言って会話に区切りを付けた。
その彼が廊下に出て行く背中を見送って、くるりと俺の方に向き直る。

にやり。
効果音が付きそうな程ニヒルに笑ったかと思えば、そのままの表情で俺の隣に腰かけてきた。

何だよ、と言いそうになったけれど、寸でのところで口を噤む。


「そろそろ時間だって」

「……」


あ、と思ったけれど、これも無視。
だって今のは、“仕事上の会話”だから。

一応時計を確認して腰かけていたソファから立ち上がろうとすると、するり、頬を滑る温かい手。

そのまま横髪を耳に掛けられて、突然のことに驚きながら隣を見ると、にこりと笑うウヒョンに視線を絡め取られた。


「…な、んだよ」

「ねぇ、ソンギュ。俺が負けてあげようか」

「、はぁ?」


こいつの話は、いつも突拍子ことばかりだ。
思わず間抜けな声を上げれば、そんな俺を見てくすくす笑うウヒョン。

一体何なんだ、と目を丸くさせて次の言葉を待っていれば、開け放たれたままの楽屋扉に目をやって、ウヒョンはまた俺に視線を戻した。


「やっぱり、ソンギュって俺のこと大好きだよね」

「…はぁ?」

「ま、わかってたことだけど。再確認できたから俺は満足だよ」


何言ってんだこいつ。
そう思ったのが顔に出たのか、恐らくしかめっ面をしているであろう俺を見たウヒョンがまたけたけたと声を立てて笑った。


「あっは!ソンギュぶっさいく〜」

「あぁ?!」

「ブサかわ〜」

「黙れ!」


片腕を振り上げて殴りかかるフリをすれば、暴力はんた〜い!とふざげた声で少し体をずらすウヒョン。

何だか馬鹿らしくなってきて、はあぁ、と盛大な溜息を吐いた。


「おまえの負けだからな」

「ソンギュ、俺と喋れなくて寂しかった?」

「…ばーか」


寂しいっていうか、辛かった。
なんて、素直になんか言ってやらないけど。

ぱす、と軽く一発殴ってやれば、その手を掴まれて引き寄せられた。


「それで?俺の可愛いソンギュさんのお願い事は何ですか?」

「誰がお前のだよ、ばか」

「いてっ」


調子乗んな、と緩みきった頬を引っ張ってやる。
痛い痛いと訴えてくるけれど、その瞳はひどく穏やかで。


「ほら、ソンギュ。折角賭けに勝ったんだから何か言わないと」

「あ?」

「何して欲しい?」

「……」


ん?と小首を傾げて顔を覗きこんでくるウヒョンに、しまった、と思った。
そう言えば、俺、


「…考えてなかった」


一瞬の、間。

そのすぐ後で、ちょっぴり呆れたような、けれどやっぱり優しい笑い声が上がった。




結局、

(どうしたって、大好きなんだもの)