※家族パロです。ウギュがナチュラルに夫婦。

























「あれ?」

「えっ」


会社からの帰り道。

いつものように帰路から少し逸れた先にある保育園にミョンスを迎えに行くと、ソンギュが担任の先生とおしゃべりをしていた。

その後ろの教室内では、ミョンスがもそもそと帰り支度をしているのが見える。


「ウヒョナも来たの?」

「え?だってソンギュ、今日はいつもより遅くなるって言ってたじゃん」

「は?さっき連絡しただろ?今日は早く帰られそうだから、俺が迎え行くって」

「え、聞いてないよ!」


数時間前まで記憶を遡ってみるけれど、そんな記憶はない。

ソンギュは朝が早いし帰りも酷く遅いから、普段ミョンスの送り迎えは俺がしている。

極稀に仕事が早く片付いたソンギュがミョンスのお迎えに行ってくれることはあるのだけれど、今朝確かにソンギュは帰りがいつもよりも遅くなると言っていたはずだ。


「電話?」

「うん。お前出なかったから、留守電入れといたんだよ」

「うそ〜、着てないよ」

「したっつーの」


ポケットからスマートフォンを取り出して履歴を確認してみる。

けれどやっぱり着信は着ていなくて、証拠画面をソンギュに見せてやった。


「ほら、着てない!」

「だから、したっつの!」

「じゃあなんで留守電入ってないのさ!」

「知らねーよ!」


俺たちのやり取りにあたふたしている先生を余所に口げんか。

いつもは俺が折れてあげているけれど、今日のは列記とした証拠があるんだから。


「じゃあ俺のも見てみるか?絶対発信歴残ってっから」

「ソンギュ、ボケてんじゃないの?」

「はぁ?!」


くだらない喧嘩だとは分かっているのだけれど、疲れている所為か、お互い反発が止まらない。
あーだこーだと言い合っていると、着ていたスーツの裾をくいくいと緩く引っ張られた。

見ると、通園リュックを背負って水筒を首からぶら下げたミョンスが、きょとん、とこちらを見上げている。


「おうち、かえろ?」


今度は俺たちの手をきゅっ、と握ってきたミョンスを見て、ソンギュと顔を見合わせる。

我が子の可愛らしくて愛おしい姿に思わず破顔して。
つい先ほどまで喧嘩していたのも忘れ、二人でくすくすと笑い合った。


「よーし!ミョンス、帰るか!」

「あいっ!」


にっこり笑ったソンギュがそう言うと、普段あまり笑わないミョンスもひどく嬉しそうに片手を上げて返事をした。

それをソンギュが抱き上げると、きゃっきゃと喜びながら首元に抱きついている。

それが何だかとても微笑ましくて、ついソンギュごとミョンスを抱きしめてしまった。


「ソンギュ〜、ミョンスぅ〜!」

「うわっ、なんだよ、ウヒョナ」

「なんだよ、うひょにゃ〜」


少し恥ずかしそうにしているソンギュの真似をするミョンスの頭を撫でて、くっつき虫みたいにそのまま二人に抱きつきながら車へと向かう。

ソンギュに歩きにくいと叱られたけれど、笑って無視してやった。

だってこんな風に3人で帰るのは、もうずっと久しぶりだったから。


「ミョンスよかったね〜、今日はオンマもお迎えに来てくれて」

「あいっ」


ソンギュに抱かれながら元気よく頷くミョンスに、堪らずまた笑みがこぼれる。

そんな我が子を見ていたソンギュが、とろけた顔でミョンスの頬にポッポした。


「ミョンスや〜、愛してる!」

「きゃぁ〜!」


ちゅ、と可愛らしいポッポをするソンギュに、ミョンスはくすぐったそうに笑って。
ソンギュの鼻のてっぺんに、きゃっきゃと笑いながら小さなキスを返した。


「うわ、いいな〜!羨ましい!」


思わずそう声を上げると、勝ち誇ったような笑みを向けてくるソンギュ。

それにまた笑っていると、ミョンスが小さな手を一生懸命こちらに伸ばしてきた。


「あっぱも、ちゅ〜」

「え!やった!」


ちゅ〜、と言いながらミョンスの方へ顔を近づける。
そしたらソンギュが突然走り出して、ミョンスからの愛の口づけは不発に終わった。


「あっ、こら、キムソンギュ!」


ミョンスのポッポを返せー!と言いながらその後を追いかけて、車の運転席に乗り込む。

既に後部座席に腰かけていたソンギュに振り向きながら声を掛けた。


「ソンギュさん、あなた自分の車どうするんですか」

「ミョンスとウヒョナの車乗ってく」

「ダメ」

「やだ」

「言うこと聞きなさい」


やだやだと駄々をこねるソンギュを何とか車から追いやって、ミョンスのチャイルドシートをしっかりと確認する。

バックミラーでソンギュが彼の愛車に乗り込んだのを見届けてから、愛車のエンジンを掛けた。







「はい、どうぞ」

「さんきゅ、」


リビングでお絵かきをしているミョンスを見ていたのだろう、優しい表情でそちらを見ていたソンギュの前に、コーヒーの入った色違いのマグカップを置く。

自分の分に口を付けながらソンギュの隣の椅子に腰かけると、彼がゆっくりと口を開いた。


「ミョンス、大きくなったよな」

「ふふ。何、いきなり」


小さく笑いながらまたコーヒーを口に含むと、俺をちらりと見たソンギュが何か難しそうな顔をしていて。


「俺、あんまり育休とか取ってなかったじゃん」

「…うん?」

「だからさ、ミョンスと全然遊べてやれてないなー、って…思って」


ぽつりと呟いたソンギュは、マグカップで顔を隠すようにしてそれを持ち上げた。
そんな彼を見て、ふと思う。

やっぱり、後悔しているのだろうか。
家のことも、ミョンスのことも、ほとんど手に掛けてやれなかったことを。


「俺、そろそろ会社辞めようかと思ってるんだ」

「、え?」


ずず、と静かにコーヒーを啜るソンギュを見つめる。

あまりに唐突な発言にびっくりしていると、彼が少し困ったように笑った。


「家事も子育ても、ウヒョナに甘えてばかりだったから」


そろそろ俺がしなきゃと思って。

そう言ったソンギュを横目に、一生懸命クレヨンを動かしているミョンスの小さな背中を見る。
今日は何の絵を描いているのだろう。


「…それなら、俺が辞めるよ」

「へ?」


以前から、頭の隅で考えていたこと。
それをソンギュに伝えると、彼は意表を突かれたような表情でこちらを見上げた。


「だってソンギュ、今の仕事好きなんでしょ?」

「……」

「だから、仕事は俺が辞める」


前から考えてはいたんだ、と言うと、眉尻を下げて俯くソンギュ。

そんなに考え込むことでもないのにな、と思いながら、彼に微笑んだ。


「でも…」

「いいじゃん。がんばって働いてる姿を見せるのも、子どもにはいいことだと思うよ」

「…うん…」


今までずっと、碌に相手もしてやれなかったミョンスに申し訳なく思っているのだろう。
それからきっと、優しいソンギュは俺にも負い目を感じているはずだ。

だけど俺たちは夫婦だし、家族なのだから。


「俺は好きだよ。ソンギュが楽しそうに働いてる姿」


なんて、我ながらちょっとクサい台詞だなぁ。


「…ウヒョナ、」

「ん?」

「…ありがと」

「どういたしまして」


照れくさそうに、けれど嬉しそうに笑うソンギュに胸が温かくなる。

ほっこりしながらコーヒーを啜っていると、ミョンスが画用紙を持ってこちらに歩いてきた。


「ん、どした、ミョンス」


よじよじとソンギュの膝の上に登ろうとしているミョンス。
その小さな体を抱き上げて、ソンギュがミョンスを落とさないように抱きしめる。

珍しくみょんすが、今日はずっとにこにこ笑っている。
久し振りに家族3人で帰宅してご飯を食べられたことが嬉しかったのだろう。


「ミョンス、お絵かき終わったの?」

「うんっ」


どれどれ見せて、と言いながら覗き込むと、手にしていた画用紙を嬉しそうに広げて見せてくれた。

そこには、にこにこ幸せそうな表情の家族が描かれていて。


「あのね、あのね、これが、おんま、で、これが、あっぱでしょ。しょれから、これが、みょんしゅ!」


短い指で画用紙を指さして教えてくれるミョンスに、自然と笑みが溢れる。

うんうん、と頷きながら聞いてやると、満足そうににぱりと笑った。


「ミョンス、お絵かき上手だな〜。な、ウヒョナ」

「うん、俺より上手」

「えへへ」


腕を伸ばして、ソンギュの膝上で嬉しそうにぶらぶらと足を揺らしているミョンスの頭を撫でてやる。

照れくさそうに笑ったミョンスは、不意にソンギュの顔を見上げた。


「ん?」

「みょんしゅ、おんま、だいしゅき!」

「え、…」


にぱり。
満面の笑みで無邪気に笑うミョンスに、驚いたように目を見開くソンギュ。

俺も少しびっくりしながら様子を窺っていると、ミョンスがまた口を開いた。


「あのね、みょんしゅね、おんまもあっぱも、だいしゅきなの」

「…うん、」

「おんまも、あっぱも、おしごと、たいへんなの。でもね、みょんしゅのこと、いっぱい、いーっぱい、ぎゅっ、てしてくえゆの」


だからみょんしゅも、おんまとあっぱ、ぎゅっ、てしゅゆの。

まるでひまわりのように明るく笑うミョンスに、またじんわりと胸が熱くなってきて。
幸せを感じながら二人を見つめていると、ソンギュがミョンスの肩口に顔をうずめた。


「おんま?」


ソンギュの行動に不思議そうに首を傾げながら、ミョンスが問う。

オンマの頭なでなでしてあげて、と言うと、ミョンスは小首を傾げながらも心配そうにソンギュを撫でた。


「おんま、かなしい?いたいいたいの?」


どこか痛むのかもしれないと勘違いしたミョンスが、目に涙を浮かべながらソンギュをじっと見つめる。

その声に反応したソンギュがミョンスをよりきつく抱きしめると、ミョンスは困ったように声を上げた。


「おんま?」

「…ミョンスぅ」


大好きだよ。

小さくささやかれた言葉は、ミョンスには届かなかったかもしれないけれど。
俺にはしっかりと、伝わってきてたから。

目の前の二人が世界で何よりも大切で、愛おしくて。
二人まとめて、ぎゅうときつく抱きしめた。




たとえば、こんな話