※スパイパロ。書きたいところだけ。ほんのりグロ表現あり。














「はい、チェックメイト」


かちゃり。
右手のピストルを額に付きつければ、男の瞳はいとも簡単に絶望に震える。


「ま、待て…っ!話す、話すから…!」


くだらない。

ウヒョンは込み上がる吐き気を抑えながら、笑顔で男に己の顔を近づけた。


「オルメタ。あんたも裏の人間なら、知ってるでしょ?」


口を割れば消される。
それがこの世界の常だ。

今目の前で恐怖に慄く男は、今ここでウヒョンが殺そうが殺すまいが、いずれは始末されるのだ。

この者の仲間…否、組織の人間によって。

それでも人は、足掻こうとする。
わずかに残された、あるはずもない光に望みを託して。


「い、いいのか!俺を殺せばお前が得たがっていた情報は…!」


ぱすっ、という耳障りな音と共に、男の体が静かに崩れ落ちた。

目を見開いたまま絶命しているソレを、ウヒョンはただ、何を想うでもなく見つめる。


「天国に逝けるといいね、おっさん」


呟いて、自分が放った言葉に小さく鼻で笑った。
きっと、いや、間違いなく、自分は天国になど逝けないだろう。

せめてマシな死に方が出来るように心がけようと苦く笑いながら、ほんのり返り血が付いたピストルを懐に仕舞う。
今はとにかく、帰らなければ。

最後にもう一度だけ、つい先ほどまで“人間だったもの”を見下ろす。

もう少しすれば、流れ出した血が黒い海を作り、血肉が凍り固まって冷たい石になる。
これが肢体と呼べる内には、始末されるのだろうか。


「…俺は綺麗に死にたいな」


その“綺麗”というものがどんな物のことを言うのかは、わからないけれど。


と、視線をソレから上げた瞬間、ウヒョンの左目に影が落ちた。


「…ひょ、ん……?」


声のした方を振り向く。

聴きたかった、でも今は聴きたくなかった、愛しい声。
その声にウヒョンはほんの一瞬顔を歪めたが、すぐに元の何の感情も写さない表情に変えた。


「ああ、ミョンス。どうした?こんなところで」


にこり。
いつものように微笑むウヒョンに、ミョンスと呼ばれたまだあどけない青年はゆらゆらと瞳を揺らす。

先程の一瞬を、見ていたのかもしれない。
その顔はひどく困惑していて、哀しみに満ちていた。


「うひょに、ひょん…、それ……」

「なぁ、ミョンス」


びくり、ミョンスの体が震える。

ウヒョンはそれを気にもせず微笑んだまま、ゆっくり、ゆっくりと愛しい人に近づいた。


「俺はお前を、殺さなきゃならない」


スパイは、顔が知れたらそこで終わる。
だから“現場”を見られた相手を削除しなければならないのだ。

例えそれが、愛する者であったとしても。


「ミョンス、愛してるよ」


ピストルを彼の腹に宛てながら、これまで何度も味わった口唇を食む。
いつも潤んでいた記憶のあるそれが、今はひどくカサついていた。

ウヒョンの口唇を傷付けるそれをぺろりと舐めて、最後に少し啄む。
ちゅ、と軽いリップ音を立てながら放してやると、ミョンスは瞳を潤ませてこちらを見つめていた。


「ひょん、」

「…10秒」

「、え?」

「10秒あげるよ、ミョンス」


その間に、逃げ切りな。

そう告げると、ミョンスは耐えるようにぐっと下唇を噛み、俯いた。


「さぁ、始めるよ。ミョンス」

「まって!」


カウントを始めようと口を開いたウヒョンに、ばっと顔を上げ、睨むように見つめる。
その瞳はもう、彼の知るものではなくて。

嗚呼、なんて綺麗なのだろう、とウヒョンは感嘆の息を吐いた。


「…おれは、諦めないから」


口付けの余韻で少し潤んだ口唇が告げた言葉。
その言葉にウヒョンが口角を上げたと同時、ミョンスは踵を返して走り出した。

闇に紛れ行く愛しい姿を瞳に写しながら、ウヒョンは宣告の数を口ずさむ。


「…ミョンス、」


囁いていた数字が、8で止まった。
死の代わりに愛しい名を口にして、ウヒョンは空高くを見上げる。

明るくも薄暗い光を放つ月が、ひどく美しかった。




the beginning