昔の夢を見た。
遠い遠い、大切な思い出。
外に出たいと願った唯一の日のことを。

「ヒック・・・どこぉ・・・おんまぁ・・・。」
「どうしたの?まいごになったの?」
「ちがぁの・・・おまもりぃ・・・ヒック・・・おんまのぉ・・・うぇっく」
「おまもりないの?いっしょにさがそう!ね!」
「・・・ぅん・・・ヒック」

大切な母からのお守りをなくした俺は、朝から町中を探し回っていた。
肌身離さず持っていたはずなのに、俺の腰から宝物はなくなっていた。
夜になる前に戻らなければ叱られる、そんな絶望の中話しかけてきた同い年ぐらいの男の子。

「おれ、・・・っていうんだ!きみは?」
「ひむ・・・ヒムチャン・・・。」

泣いたままの俺の手を引いて、彼はずっと話をしながら一緒に探してくれた。
もう無理だ、帰らなければとそっと彼の手を引っ張ったその時。

「ヒムチャナ・・・!もしかしてねこがくわえてるのおまもり!?」
「!!!」

真っ黒な猫がこっちをちらりと見る。
猫の口には大切なおまもりがくわえられていた。

「おい!それ、ヒムチャニのたからものなんだ。だからかえしてほしいんだ。おねがい!」
「ねこさん、それヒムのなの!おねがい!」

猫はもう一度こっちを見つめ、そっと口を離して茂みに逃げていった。

「ヒムチャナ!はい!」

彼はまぶしい笑顔をこっちへ向け、俺にお守りを手渡した。


_______________


そして俺は目を覚ます。
いつもここで目が覚めてしまう。
彼にお礼も言えないまま、現実の暗い世界に帰ってきてしまうのだ。

スパーン!

「ヒムチャンヒョーン!朝だよー!!」
「・・・デヒョナ・・・静かに入れって言ってんだろうが!!!」
「いってぇ!!・・・殴ることないじゃん!!!」
「お前が騒ぐからだろ!!」

「ヒョンもデヒョンも朝から元気ですね。」
「ヨンジェ・・・こいつなんとかしろよ!」
「ヨンジェヤー!ヒョンを起こしたら殴られたー!」
「はいはい、朝ご飯にしますよ。」

朝から騒がしい此処は、夜の花園 陰間茶屋。
男が男の相手をする世界。
吉原が衰退して俺達は上に立った。
穏やかな人が多い中、俺達はこの騒がしさで問題児とされることも多い。
しかし夜になれば、人が変わったように男を誘惑する蝶へと変わる。

「ヒョン、今日はお侍さんが来るらしいよ。」
「侍なんて毎日来てんじゃねぇか。」
「どうも今日は普段の人達とは違うらしいですよ。」
「・・・侍なんてどれも一緒だ。生きるために人殺しをする。」
「・・・ヒョン。」
「人の息の根を止めることに躊躇もしない鬼畜だ。」

俺の両親は侍に殺された。
元遊女の母と元妓夫の父を持ち、生まれたときからこの花街にいた。
あの日、元々母の客だった侍が逆恨みをし、両親を真っ赤な血で染めた。
そして息も絶え絶えの母が手渡してくれたお守りを胸に、俺は侍の相手をしている。
自分でも笑ってしまうほど、身体を売る仕事は天職だった。
・・・それでも時々、外の世界を覗いてみたくなる。
お天道様の下を笑顔で歩いてみたくなる。
あの日の彼のように。

「・・・ョン?ヒョンってば!」
「あ、すまん。」
「話聞いてました?」
「・・・すまん、もう一回頼む。」
「だから、今日は戦で活躍した侍が来るんだって!それでみーんな色めき立ってるんだよ。」
「ふーん・・・。」
「情報によると誰にでもお優しい評判の人らしいですよ。」
「優しい・・・ね。」
「だから今日はとびきり美しくするようにって!俺、手伝うからね!」
「はいはい、了解。ごちそうさま。デヒョナ、早く食わねえと稽古に遅れるぞ。」
「あっ!もうこんな時間じゃん!!ガチャガチャ」
「えっ?ヒョン、もう食べないんですか?」
「朝からこう騒がしくちゃ落ち着いて食べることなんかできやしないぜ。」

全ての侍を恨んでるわけじゃないが、人殺しで活躍して褒美っていうのが気に入らない。
廊下を歩きながら、一人そっと溜息をつく。

「ま、仕事だからしょうがねーな。気合い入れてやるか。」

それでもやはり憂鬱な気持ちは拭いきれない。
だからといって夕方までこんな気持ちでいるのは俺らしくない。

「ヨンジェヤー?ちょっと出かけてくるわー。」
「どこまでですかー?ついて行きましょうか?」
「んー・・・適当に歩くだけからいいや。」
「昼までに帰ってきてくださいよ?今日は時間がかかるんですから。」
「はいはい、わかってるって。」

店から一歩出るとそこは賑やかな昼の町。
俺には似合わない、眩しい輝き。
目的もなく歩こうと足を動かす。

歩き始めて少し経った頃、風車屋を見つけた。

「デヒョンにでも買って帰るか・・・クス・・・。」

「ヒョンー!俺、もう子供じゃないよー!」と騒ぎ立てるデヒョンが頭の中に浮かんだ。

「おやっさん、この青の風車をくれ。」
「おや、ヒムチャンじゃないか。昼間に見かけるなんて珍しいこともあるもんだ。」
「今日は大事な客がくるもんでね。お天道様の輝きでも身に纏おうかと。」
「そうかいそうかい!青だったな!これは誰にやるんだい?」
「うちの子供にね。」
「あぁ、あの女形の見習いかい。あんまりからかうんじゃないぞ!」
「わかってるって。ありがと。」

気付いたときにはこの町の人は皆、俺の家族みたいなものだった。
男娼という仕事を始めてからもみんな同じように接してくれた。
それだけが心の支えだった。

「うえーん!!いたいよー!」

遠くで子供の泣き声が聞こえた。
そっと近寄ると一人の男が涙を堪えた子供の前に跪いていた。

「大丈夫か?痛かったなぁ。」
「いたいよぉ・・・ヒック」
「でもな、男たるもの簡単に涙はみせちゃだめだ。愛する人を守る日のために強くなれ。」
「ヒック・・・。」
「約束できるか?」
「・・・ぅん。」
「なら、これをやろう。もう転ぶなよ?」
「あめだ!おにいちゃん!ありがとう!」

やりとりを見つめていると、男は振り向いた。
見たことのない顔の男だった。
しかし、腰につけている刀で侍ということはわかった。

「お侍さん、優しいところもあるんですねぇ。」
「困っている人がいれば助ける。至極当然のことだ。」
「そのお腰の刀で何人の方が命を落とされたんだか。」
「・・・。」
「失礼します。」

夢と重なり、少し感情的になってしまった。
あの人は何も悪くないのに。
自己嫌悪に陥ったまま茶屋に帰れば、デヒョンとヨンジェがそこで待っていた。

「ヒョン!もう準備を始めないと間に合わないよ!・・・それは?」
「・・・あぁ、お前にやろうと思って。」
「もう!ヒョン!俺はもう子供じゃないって何度言ったら!!」
「はいはい、デヒョンは少し落ち着けよ。ヒョンもあんまりからかわないでくださいよ!」
「・・・。」
「ヒョン?」
「さ、準備すっか。」
「今、着物とか持ってきますね。」

こうしていつもより着飾った俺は、今日もまた夜の花園を飛び回る蝶になる。
誰よりも美しく、気高さを振りまいて、真っ赤な花を咲かせるのだ。

「桜さん、お客様がおいでです。」
「わかった。今行く。」

お天道様が隠れ、月が輝き始めると、俺はヒムチャンではなくなる。
桜・・・純潔なんて皮肉な花言葉を持った名前。それが夜の姿。
デヒョンは無邪気という意味の雛菊に。
ヨンジェは謙遜という意味の菫に。
目尻に赤を刺せば、桜の完成。
扉が開き、顔を上げれば純潔は夜の闇に溶けて消えてしまうのだろう。

「桜です。」
「おー!桜、待っていたぞ!早くこちらへ!」
「はい。」

慎ましく微笑めば、部屋に居る全ての人の視線は俺に向く。
しかし俺はまだその時気付いていなかった。
終わりの始まりがすぐそこまで迫っていることに。

「桜、今日も本当に美しい。いつになったら私の元へ来るんだね。」
「本当の私を見たら逃げてしまう癖に・・・ふふっ。」
「何万もの兵士を目の前にして勇敢に戦った私が逃げ出すと思うのかね?」
「ふふっ・・・本当は貴方様のものになったら、私自身がもっと淫らになってしまいそうで怖いんです。」
「はははっ!もう既に淫らではないか!!」
「貴方様の前だけ・・・です。」
「そうかそうか!おぉ!忘れていた。こっちにいるのが今回の戦で活躍した者だ。」
「はじめまして、バン・ヨングクと申します。」
「桜です。」

いつも通り微笑み、頭を下げる。
顔を見て、もう一度微笑もうとしたその時。

「君はさきほどの・・・。」
「!!」
「おぉ、なんだ、もう会ったことがあったのか。」
「・・・いえ、お会いしたのは初めてです。もしかしたら夢の中でお会いしたのかもしれませんね?」
「・・・そうかもしれません。」

そう、昼に会った侍だった。
あの時より上等の着物に身を包み、彼はこちらを見つめていた。
最悪だ。あんな言葉を言った手前、侍に媚びている姿を見られたくはなかった。
しかしその後彼は席であの時の話をすることもなく、静かに酒を飲んでいた。

「桜、今日は私ではなく彼の相手をしてくれ。」
「えっ・・・?」
「なんだ、そんなに私が恋しいか?」
「今日は激しくして頂けると思って、身体を綺麗にしておいたんですよ・・・?」
「それなら・・・と言いたいところだが、今日は彼の褒美で来ただけだからな。」
「あぁ・・・次まで我慢できなくなりそうです・・・。」
「彼で我慢してくれ。さあ、部屋へ案内してくれ。」
「残念。わかりました。菫、御案内を。」
「かしこまりました。では、こちらへ。」
「今日は菫が相手か。」
「お手柔らかに。」
「雛菊、ここはよろしく。それではヨングク様はこちらへ。」
「かしこまりましたー!」
「あぁ。」

俺の後ろを歩くヨングク。
まさか啖呵を切った相手に奉仕することになるとは。
しかしこれでも一男娼として仕事を疎かにするわけにはいかない。
心と身体は別物であることも知っている。
そっと色仕掛けをして、行為に持ち込んでしまえばこっちのもんだ。
魅了して彼も虜にしてしまおう、だなんて考える余裕を持って部屋へ入る。
そして布団の上にそっと二人で座り込む。

「ヨングク様の手は本当に大きい。その手で私を包み込んでくださいませ。」

とそっと手を取り、自分の太ももに乗せてさするように動かす。
すぐにこの男も欲望の顔を見せるだろう。
そう思っていたのに。


「今日は君と色んな話がしたい。手を出すつもりはない。」
「えっ・・・?」
「君の生まれのこと、好きなもの、夢、なんでもいい。君が知りたい。」
「そんなこと知って、どうなさるおつもりで?」
「ただ君が気になるんだ。」
「それなら・・・ヨングク様のことも教えてくださいませ。」
「そうだな。ここは平等に自分の話をしよう。」

その夜、本当にヨングクは手を出さなかった。
普通なら俺が膝枕をするはずが、気付いたときにはヨングクに膝枕をされ、頭を撫でられていた。
両親を失ってから感じた、久しぶりの温もりだった。

行為がなかった代わりに彼のことをたくさん知った。
探している人がいること。
本当は人殺しなどしたくないこと。
子供が好きなこと。
将来の夢は探し続けている人と田舎の町でひっそりと暮らすこと。

俺自身のこともたくさん教えた。
両親のこと。
可愛い弟達のこと。
この町で生まれ育ったこと。
そして・・・いつか外の世界で生きてみたいこと。

ヨングクの話はおとぎ話を聞いているようで楽しかった。
遠い異国に行った話、戦で訪れた村の話、生まれ育った故郷の話。
全てが遠い世界の話のようで、もっと知りたいと思った。

「桜、本当に外の世界に行きたいと思うか?」
「・・・どういう・・・意味ですか?」
「外の世界はお前が思っているほど、美しい世界ではないぞ。それでもいきたいと願うか。」
「それでも・・・です。」
「・・・そうか。ならば一緒にいつか外の世界を見よう。約束だ。」
「・・・そうですね、”いつか”案内してくださいね・・・ふふっ。」

この花街で生まれ育った俺が外に出れるなんてことは・・・ありえない。
そもそも簡単に身請けをしてもらえるほど、俺の身体は安くはない。
・・・きっとこの地で俺の身体が必要とされなくなったとき、俺はそっと命の灯火を消すのだろう。
そう、俺にとって花街とは唯一の居場所であり、自分自身なのだ。
それでもなぜかこの時は本気で外に出られるんじゃないかって希望を持ったんだ。
そんなわけないのに・・・な。



***



それから数ヶ月過ぎたが、一度もヨングクはこの店に来ることはなかった。
一晩、褒美として上官に連れられて来た店でしかない。
そして一侍が易々と来れるほどこの店は安くはない。
あの夜語った夢は、所詮夢でしかないと悟った。
やっぱりそうかと感じるだけで決して絶望はしなかった。
それでも”いつか”を願ってしまう俺は、ヨングクの姿がないか毎日窓の外を覗いている。

「ヒョン・・・また今日も外を見てる。」
「ヨンジェヤ・・・ヒョン、やっぱりあの人を待ってるのかな・・・?」
「・・・仕事に戻ろう、デヒョナ。」
「ん・・・。」

そんな会話も耳に入らないほど、俺は抜け殻状態になっていた。
いつしか外の世界に行くことではなく、ヨングクに会うことが願いになっていたことに俺自身は気付いていなかった。
そしてこのままではいけないと、あの夜を思い出にすることを決心した。

しかし、転機はいきなり訪れた。
ヨングクが店に現れたのだ。
俺が気付いたときには店主と話し込んでいた。
そして振り向き、俺に気付いた。
子供に見せた眩しい笑顔をこちらに見せると、近づいてくる。
脳裏に夢の中で会うあの男の子が浮かんだ。

「桜、今晩私の相手をしてくれないか。」
「・・・わかりました。」

指名をされれば拒否することなど出来ない。
またあの日と同じ部屋に案内をする。
二人きりになると、途端に沈黙が部屋を満たす。

「もう忘れてしまわれたかと思いました。」
「お前を一日たりとも忘れた日はない。」
「それは光栄です。」

無意識に会話が刺々しくなってしまう。
少し気を緩めれば涙が溢れてしまいそうだったからだ。
なぜここまで自分が追い詰められなければならないのか分からない。
早く帰って欲しい思いと、時が止まって欲しい想いが交差していた。

「桜、あの夜の約束を覚えているか?」
「なんのことでしょう。」
「・・・本当に覚えていないのか?」
「さっぱり。」

忘れられるはずがない。
希望と叶わない夢を持ってしまった自分を恨んだあの約束。
お願いだから、無理だと決して言わないで欲しい。
はっきりと切り捨てないで欲しい。
次の言葉が怖くてしょうがなかった。

「なら、もう一度言おう。一緒に外の世界を見ないか?」
「っ!無茶な願いは持たないことにしたんです。」
「無茶ではない、一緒にここを出よう。」
「だけど・・・どうやって?まさか逃げるおつもり?」
「君を引き取りたい。」
「・・・身請け・・・ということですか?」
「そうだ。」
「・・・悲しい嘘はおやめください。つらくなります。」
「私は本気だ。」

そういって、大きな手で俺の顔を包み込むヨングク。
その瞳からは真剣な想いが伝わってきた。
しかし、想いだけで身請けできるほどの額じゃない。
両親が抱えていた借金は、この若者が払えるほど安くはない。
また嘘を吐かれるのかと涙を堪えるしかできなかった。

「・・・ですが、・・・。」
「もうこんな風に身体を売ってほしくない。・・・一緒に世界を見よう。」

彼が嘘を吐いているようには思えなかった。
しかしすぐに答えられるほど、綺麗な世界で生きてきたわけじゃない。

「少しだけ・・・時間をください」
「・・・3日後またくる。良い返事を待っている。」

と言うとヨングクはスッと立ち上がる。

「帰ってしまわれるんですか・・・?」
「ここにいると、魅力に負けて君を抱いてしまいたくなる。」
「そのために私はここにいるんですよ・・・?」
「お前の心が定まってからでないと、抱けないよ。」
「っ!」

そう言ってヨングクは帰った。
それからまた外を眺め、溜息を吐く生活が始まった。
この世界しか知らない自分が外でどうやって生きていくんだ。
しかし、念願の外の世界、心惹かれる人。
頭の中はヨングクの言葉で満たされ、夜も眠れない。
しかし無情にも3日が経ち、また夜が始まる。
初めて男の相手をした日より緊張する。
どうしたらいいか、心はまだ定まっていなかった。



***



スッと戸が引かれた向こうには、3日前と変わらないグクの姿。
近づいてくるその姿に高鳴る鼓動を抑え、ふわりと笑う。

「こんばんは。」
「あぁ・・・。決心は、した?」
「・・・。」
「一緒に来てくれるだろう?」
「・・・やっぱり・・・行けません・・・。」
「どうして!?」
「私は何も出来ないんです。体を売るしか・・・したことがないんです。そんな私が外に行っても、きっと生きてはいけません。」
「俺がいるじゃないか・・・!一人ではないだろう?」
「それではだめなんです!貴方に依存してしまうんです。そしていつかヨングク様が心変わりをして、女性と二人で私の側から去ったとき、貴方を恨んでしまう。そんな自分が怖い!」
「心変わりなんかするものか!お前の側にずっといる。誰になんと言われようとも!」
「なにもできない私はきっと貴方様の足手まといにしかならないです。」
「そんなことはない!これから外の世界を知るように、自分に何が出来るかも知ればいいさ。少しずつでいい、一緒に探そう?」
「でも・・・。」

そう言うとヨングクは強く俺を抱きしめた。
その熱と香りにこのまま離れたくないと願ってしまいそうになる。
もう桜ではいられなかった。

「外の世界を見てみたいって言ったのは俺なのに・・・。」
「お前の怯えも全て愛すさ。一緒ならきっと幸せに暮らせるはずだ。」
「本当に・・・生きていけるのかな・・・?」
「大丈夫だ、俺がついてる。だから一緒に来てくれないか…?」

なぜか何の根拠もないのにこの人なら大丈夫なんじゃないかと思ってしまった。
安心感を得てしまえば、もう心は強がることは出来なかった。

そして小さくうなづいた。

「よかった・・・。実は勝手で申し訳ないが、もう店には身請けの話を通してあるんだ。」
「えっ・・・?」
「君が首を横に振っても、無理にでも連れ出すつもりだった。どうしても離したくなかった。」
「・・・ヨングク様・・・。どうしてそこまでして・・・?」
「俺たちが会ったのはあの夜が初めてではないことを覚えているかな?」
「昼間の・・・お話ですか・・・?」 「いいや、まだ俺たちが幼かったときに会っているんだ。」
「えっ・・・?」
「お守り・・・またなくしたりしてないよな?」
「う、嘘だ・・・まさか・・・。」

脳裏に夢の中の男の子を思い出す。
大切なお守りを拾ってくれた男の子を。


_____________________


「おれ、ヨングクっていうんだ!きみは?」
「ひむ・・・ヒムチャン・・・。」
「ヒムチャンか、いいなまえだな!おまもりみつけたら、またいっしょにあそぼうな!」
「・・・ぅん。」
「やくそくだぞ!」




そうだ、彼の名前はヨングク。
長い月日の中で忘れてしまった大切な人の名前。
あの後、店主に見つかって連れ戻される俺の姿を見て、彼は
「やくそくだからなー!」
と叫んだ。
その人が今目の前にいる。
変わらない眩しい笑顔で微笑んでいる。
ずっと夢でしか会えなかった大切な人。
きっと、俺にとっての初恋だったんだ。

「いつから気付いてたんだ・・・?」
「最初から知ってたよ。俺が探してたのは、桜・・・いや、ヒムチャン。お前だよ。」 「全部・・・知ってたのか・・・。」
「迎えに行くって言っただろ?」
「もしかして・・・あの夜からずっと・・・?」
「いや、もっとずっと前から身請けの準備をしてたんだ。そしてあの夜、ついに迎えに行けるときが来たんだ。まさか一番位の高い陰間になってるとは思わなくて、ちょっと大変だったけど。」

そんなことを言って笑うヨングクに涙が止まらない。
そっと自分の腕をヨングクに回して強く抱きしめた。

「ヨングク様、・・・よんぐが・・・、俺を、どうか・・・一緒に外に連れて行って・・・。」
「俺の全てをかけてお前を守るから、一生側にいてくれ。」
「うん・・・うん!!!!」
「明日の昼、ここを発つ。それまでにみんなに挨拶しておいで。」

すぐにでもみんなに伝えようかと思った。
しかし、店は営業中、そして俺はヨングクから離れたくなかった。
そしてそのままその夜は二人で眠りについた。
朝起きたとき、お天道様の光を受けたヨングクが俺を見て微笑んでいた。
毎朝言っていた「おはよう。」の言葉が妙に恥ずかしかった。



***



デヒョンとヨンジェに身請けのことを告げると、二人は大粒の涙を流して別れを惜しんでくれた。
そんな可愛い弟達に、そっと抱きしめることしか出来ない。

「ヒョン?本当に行っちゃうの?」
「あぁ・・・いきなりで本当にすまない。」
「これでヒョンはもう一人じゃないんですね?」
「・・・今までだってお前達が側にいたじゃないか。寂しくなんかなかったさ。」
「「ヒョン!!」」
「あっちに着いたら文を送るからな。」
「俺も!寂しくなったらすぐ送るから!」
「ずっと待ってます。」

生まれ育ったこの町を去る。
このことが現実になる日が来たことがまだ信じられない。
身請け品以外は全て二人に譲った。
いつか二人が俺と同じように幸せになることを願って。
そして俺達の家に愛する人と共にいつか訪ねてきてくれることを期待して。

寂しさと期待で胸をいっぱいにした俺は、そっと空を見上げる。
お守りはずっと俺のことを守ってきてくれた。
そしてヨングクに引き合わせてくれた。
きっと父さんと母さんがくれた運命なんだ。
今日からはヨングクが側で守っていてくれる。
少しずつ自分に出来ることを探すんだ。
身体ではなく、幸せを売りたい、自分の力で。
だから、今日でお守りを卒業するよ。
その代わり、危険が多いヨングクを守ってあげて欲しい。
許してくれるよな?父さん、母さん。

「ヨングガ?これ、お前にやるよ。」
「ん?・・・これは・・・。」
「俺は目一杯助けてもらったからな。」
「これ大切なものなんだろう・・・?本当にいいのか?」
「今日からはお前が守ってもらえ!危険なこと多いんだから!」
「・・・俺のこと心配してんのか?」
「ち、ちっげーよ!俺はただ!!モゴモゴ」
「はいはい、わかったわかった。ありがと。」
「素直に最初から貰っておけよな!ったく。」
「お前、本当に店と素が違うな。どっちも可愛いけどな。」
「これからずっと一緒に暮らすんだから、取り繕ってもしょうがねーもん。」
「それもそうだな!・・・あ、ヒムチャンに言い忘れたことあった。」
「なんだよ・・・もしかして奥さんがいるとか・・・!?」
「そんなわけないだろう!・・・俺、侍やめたから。」
「えっ!?」
「田舎でのんびり暮らすのが夢だったし、お前残して死ねないからな。」
「ヨングガ・・・。あっ!じゃあお守り返せよ!危険なんてないだろ!」
「いやだね。俺の宝物にするんだから!」
「おい!」

父さん、母さん。
これから毎日また騒がしくなりそうです。
でもそれが案外幸せなのかもしれないと気付いた、今日この頃でした。




花びらの行方








ソウルメイトまりなから頂いた、グクヒム陰間茶屋パロでした!

え、これ短編?!と思わず疑いたくなる程の大ボリュームで、読み応えたっぷり!しかも究極に萌えるという…!
グクとヒムに小さな心境の変化だったり、感情や本心が露わになる所だったりが本当に繊細で巧みで、とっても感動しました…!

何だかもう、ソウルメイトだとは恐れ多くて言えないくらい素敵ですpq
まりな先生、本当にありがとうございました!!









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