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全国大会が行われる会場は、やっぱりとても広かった。
種目がかぶらなければ示し合わさない限り会えないのではないだろうか。

そんな会場内であまり見たくない顔を見てしまって、仄暗い感情を隠すこともなく顔をしかめれば山崎くんは「怖ぇ顔すんなよ」と笑った。
こんな風に笑う人なんだ、と驚くくらい柔らかく笑うから余計に身構えてしまう。

「…久しぶり」
「おう、お疲れ。入賞おめでとう」
「ありがとう」

大会種目は先ほど全て無事に終わった。
俺たちはメドレーリレーの決勝まで残ることができて、六位入賞。
心地良い倦怠感と充足感が体全体を纏っていたけれど、今は早くここから離れたいとだけ思う。
「じゃあ、」と山崎くんの横を通り過ぎようとしたら、「なまえのことだけど」なんて呼び止められてつい足を止めてしまった自分が嫌になる。

「別れたって?」
「…そうだけど」
「なんでだよ」

なんで、と言われても。
ていうかなんで俺がなまえと別れたって知っているんだろう。
…なまえに、会ったのかな。
まぁもう俺が口を出すことではないのだけれど。

「山崎くんには教えない」
「は?」
「それより肩、大丈夫?お大事に」
「…おい」

今度こそ引き止められる前に去ろうと思ったのに、今度は肩をぐいっと引かれた。
悪いけど今はまだ山崎くんになまえのことを話せるほど俺は出来た人間じゃないんだけどな。

「なまえが聞かれたくなさそうだから橘に聞いてんだ、察しろよ」
「何それ。聞かれたくないってわかってるなら詮索するのやめなよ」
「心配なんだから仕方ねぇだろ」

苦虫を噛み潰したような表情で、山崎くんが言う。
昔からなまえのことが大事なのだろうということはわかっていたけれど、それを表に出さずに視線や雰囲気で周りを威嚇しているようなタイプだったのに。
俺が驚いているのが伝わったようで気まずそうに顔を歪めている。

「……人の恋愛事情に口出すのも野暮だとは思う。ただあいつが、しんどそうだったから」
「なまえが?」
「毎日部活で顔合わせてんのに気付かねぇのかよ。やつれて顔も青白くて、見てらんねぇよ」

気付いていないわけない。
明るくいつも通りに振る舞っていたけれど元々華奢だった身体はほっそりしたし、顔色も悪かった。
だけど俺からなまえに気遣うような声をかけるわけにはいかなかった。
…ホテルで思わず頬に触れそうになってしまったけれど、なまえが弱々しく笑うから勝手に手が伸びてしまったんだ。
俺から手を離したのにな、と部屋に戻ってしばらく身動きを取れなくなったことをなまえは知らない。


「…だったら、」

こんなこと言いたくないけど、だけどそのために別れたのだから。
握った拳に力を入れないと続きを口に出すことができなかった。

「山崎くんがそばにいてあげれば」

なまえに言った言葉を、山崎くんにも告げた。
あの時のなまえはどんな顔をしていたっけ。
そんなに日にちは経っていないはずなのに思い出せない。
ただ、西陽が暑くて喉がひどくからからだったことは覚えている。

「…それが理由か?」
「え?」
「まぁ大体は察してたっつーか、俺のせいだろうとは思ってたけど」

山崎くんが自分の手を後頭部にあててガシガシと頭をかいた。

「そういうことならなまえのこともらうけど、いいんだよな」
「いいもなにも…」

そうなればいい、そうなるべきだ、と思ってなまえを突き放した。
別れた後の不調だって、見て見ぬフリをした。

「もう関係ないから」

自分の言葉が胸にぐさぐさ刺さって痛くて仕方がない。
息を吸うのも苦しく感じて重たい足を引きずるようにしてその場を後にした。





「まこちゃん、どこ行ってたのー?なまえちゃんと江ちゃんにすれ違わなかった?」
「渚…いや、会わなかったよ」
「もしかして迷子かなぁ、戻ってこないんだよね」
「いくら広くても迷子ってことはないんじゃない?もう少し待ってみよう」
「うん…ねぇ、まこちゃんとなまえちゃんってさ、」

みんなのところに戻ると、なまえと江ちゃんがいなかった。
どうやら飲み物を買いに行ってから戻ってこないらしい。
渚が俺に話しかけてくるのを、怜が息をのむように見ていて、ハルはいつもみたいに無表情だけれどジッとこっちを見ていた。

「ケンカしてるの?」
「渚くん…」
「だって、怜ちゃんだって気になってるんでしょ。最近のまこちゃんたちの雰囲気重たくて見てらんないよ、早く仲直りしてよねー」
「はは、渚まで。みんなお節介だなぁ」

乾いた笑いが出てしまったことに、渚も怜も驚いた顔をしたけれどハルは眉をしかめた。
仲直り、か。
別れても友達でいられる人たちってすごいよな。
普通にしようと思っていても、やっぱり気まずくて、視界になまえがいると落ち着かないのに声が聞こえてくると振り向きたくなる。
矛盾した感情が自分の中で反発しあっていて俺だってずっと苦しい。
嫌いになって別れたわけではないのだから。

「みんなには全国大会が終わってからちゃんと言おうと思ってたんだけど、別れたんだ」
「えっ、別れたって…なんで、」

渚が一拍置いて呟くように言う。
みんなどうして理由を知りたがるんだろう。
俺が何か返す前にハルが口を開いた。

「真琴はそれでいいのか」

ハルの目がまっすぐ俺を見据えている。

「…ハルになまえとのことで何か言われるとは思わなかったな」
「誤魔化すな。このままでいいのか?…なまえが、かわいそうだ」
「かわいそう…?」
「ずっと嘘くさい笑い方してる」

ハルは、ついこの間までオーストラリアに行っていて。
その前も自分の将来のことで悩んでいたから俺となまえのことなんて考えている場合ではなかっただろうに。
しかも恋愛のことなんて興味はないはずなのに、そのハルにまでこんなことを言われると思わなくて驚いてしまう。

「ちゃんと話したのか?」
「話したよ」

ハルの言う「ちゃんと」が何を指すのかはわからないけれど。

「真琴のことだから、なまえのためだとか思ってるんだろうけど」
「……俺たちの問題なんだからもういいだろ」

核心を突かれたようで思わず低い声で言い返したら、ハルが眉間のシワを深くした。
みんながなんでだ、どうしてだ、と聞いてくるのにハルには言わなくてもわかるんだなって少し笑える。
なまえ自身だってわからないって顔をしていたのに。

「そうやって相手のためだとか考えすぎるのはお前の悪い癖だ」
「は、ハルちゃん、まこちゃんもちょっと落ち着いて」
「そうですよ。こんなところでケンカはやめましょう」

渚と怜の言葉に引き戻されるように周りを見たらまだ残っていた他校の選手たちが訝し気な顔でこちらを窺っていた。
確かにこんなところで話すことではないな。

「…ごめんね、ハルたちが心配するようなことはないから」

もう終わったことだし、という言葉はなんとなく言えなかった。

「…悪い、言いすぎた」
「ううん。俺もごめん。渚と怜も、心配してくれてるんだよね、ありがとう」
「まこちゃん…」


これでいいんだと何度も言い聞かせたはずなのに未だに呼吸がうまくできずにいた。
なまえのため、そう思ってしたことなのにどうして周りが否定をするんだろう。
この鈍い痛みはずっと俺を苦しめるのだろうか。


なまえと江ちゃんが人数分の飲み物を抱えながら戻ってきて、「どうかした?」なんて笑うから「なんでもないよ」と江ちゃんの顔を見て答えた。
なまえのほうを見てうまく笑える自信がなかったからだ。



(2017.09.19.)



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