2.きみはポラリス

「黄瀬くん、キョロキョロしてどうしたんですか?」
「え?!いや別にどうもしないっスけど!」
「…あ、みょうじさん」
「え、どこ?!」
「……嘘です」
「ちょ、黒子っち…」


今日は海常と誠凛での合同練習だ。
遥々神奈川から赴くのは面倒だなぁと思わなくはないけれど、合同練習が決まったと聞かされたときは楽しみという感情が勝った。

黒子っちと火神っちとまた試合ができる。
…というのも本当だけれど、みょうじさんに会えるかもしれないという不純な考えが浮かんだからだ。




「みょうじさんに今日のこと言ったんですか?」
「…言うもなにも、連絡先知らないっス」
「あ、そうでしたね」
「黒子っちわざとでしょ?!」



あれは忘れもしないバレンタインも間近に迫った寒い日。
黒子っちとストバスした帰りにみょうじさんの携帯を拾ったことがきっかけで俺達は知り合った。
なんの偶然か、みょうじさんは誠凛の生徒で。
黒子っちとみょうじさんはそのあと何回か学校で顔を合わせ、今ではすっかり打ち解けたようだった。


一方で俺は。

みょうじさんに会いたいな、と思って誠凛に遊びに来たこともあったし、(ついでにバスケ部の奴らに混じってゲームさせてもらうから部活の延長だ、と主張したら黒子っちに白い目で見られた)また携帯を拾った公園で会えないか、と公園の近くを通るたびにそわそわしたりしていたのだけれど、世の中そう上手くはできていない。


あれから数か月。
みょうじさんと会えたのは黒子っちが気を利かせて体育館のあたりで待ち合わせた時だけだ。

そのときだって碌な話はできなくて、家に帰ってから落ち込んだのは記憶に新しい。




「連絡先くらい聞かないと進むものも進みませんよ」
「…黒子っちが男前だ……」
「黄瀬くんがへたれなんです」


相変わらず容赦なく辛辣なことを吐く黒子っちとの会話の最中にも、誠凛の体育館には続々と女子生徒が集まって来ていた。
俺を呼ぶ声にいちいち愛想をふりまくことにはもう慣れっこだけれど、その中にみょうじさんが混ざっていたらどんなに嬉しいだろう。


「黄瀬くん、」
「んー今度はなんスか?」
「みょうじさん来てますよ」
「またそういうこと言って。もう騙されないっスよ」
「嘘じゃないです」


ほら、あっち。
と黒子っちが指差した先には、確かに体育館の入り口で楽しそうに笑っているみょうじさんがいた。

初めて会ったとき黒子っちに向けていたような笑顔を浮かべてみょうじさんが見上げているのは木吉さんで、頭にハテナが浮かぶのと同時に左胸のあたりがぎゅって掴まれたような気がする。

「みょうじさんて、木吉さんとも知り合いなんスか」
「あぁ、お二人は仲良いですね。委員会が一緒らしいですよ」
「委員?」
「園芸委員会です」

園芸委員…花壇に水をやったりするのだろうか。
自分とは縁がなさすぎてよくわからないけれど、なんとなくみょうじさんに似合う。


みょうじさんが黒子っち以外の男と話しているところを初めて見た。
木吉さんはデカいから、みょうじさんの首がしんどそうだと思うけれど、俺と話しているときもあんな感じかもしれない。

そんなことを二人を見ながら考えるけれど、心臓が不整脈を打つみたいに痛くて、口の中が急に乾いたような気がする。



「かわいいって評判ですよ、みょうじさん」

そんな俺に追い打ちをかけるようなことを言う中学からの友人は、顔色ひとつ変えない。


「人当りもいいですし、よく笑うとこがいいって。降旗くんも言ってました」
「は?!降旗?!」

俺と黒子っちの傍にいた降旗のほうを勢いよく振り向くと、突然話を振られた本人が「え、俺?!」と焦ったように肩をビクつかせた。

「みょうじさんバスケ部に知り合いいすぎじゃないっスか…」
「降旗くんとは同じクラスなんですよね?」
「うん、そう…って黒子余計なこと言わないでくれよ!」
「でも事実じゃないですか。みょうじさん、かわいいって言ってましたよね」
「言ったけどさぁ!」




まじか…


今まで会ったときは俺と黒子っちしかいなくて、みょうじさんが他の男と話す場面を想像したことなんてなかったから、突然近くに男がチラついて、なんていうか。

焦るってこういう感情のことか。






「黄瀬くん、」

あぁ、みょうじさんが俺のことを呼ぶ幻聴すら聞こえる。
相当やばい。


「き、黄瀬くん?」

さっきよりもしっかり聞こえたような気がして、自分の耳はいつからこんなに都合が良くなったのか、と体育館の入り口にいるみょうじさんと木吉さんのほうを振り返ると。


「え?!みょうじさん?」
「わっ」

自分でも驚くくらいのデカい声が出てしまって、みょうじさんがビックリしたように目を見開く。

相変わらずかわいい。
遠くからでもかわいかったけれど、近くで見るともっとかわいい。



「よかった、無視されたのかと思っちゃった」
「いやいやいや、無視とかないっス。ちょっとボーっとしてて」
「黒子くんと降旗くんも、こんにちは」

人すごいねーと笑うみょうじさんに黒子っちと降旗が挨拶を返すと、黒子っちが白々しく「僕と降旗くんちょっと監督に呼ばれてるのでまたあとで」と去ってしまった。




「えー…っと、久しぶりっスね」
「うん、久しぶり。海常からわざわざ来たんだよね?それだけで疲れちゃうねー」
「あーまぁバスだから寝てたら着いたんスけどね」


…ってそうじゃなくて!
もっと愛想良く!うまい返しあるだろ!


脳内で頭を抱えても言った言葉はなかったことにならなくて、貴重なこの時間は有限だ。
きっともうすぐ集合がかかる。
みょうじさんと話すのが久しぶりすぎてテンパっているなんて言い訳にもならない。


「えーっと、じゃあわたしはこれで…」
「え、練習見て行かないんスか?」

予想外の言葉に思わず食い気味に返してしまった。
だって、練習を見に体育館まで来たんじゃないのか?


それとも単に木吉さんに会いに来ただけ?

さっきからおかしいくらいにバクバク鳴っている心臓をジャージの上から抑える。



「思ってたより人多くてちょっと気後れしちゃって。やっぱり黄瀬くんってすごい人気なんだね」
「みょうじさんは、」

いつも練習のときも試合のときも、たくさんの女の子が俺のことを見に来るけれど、誰かに見ていてほしいって思ったことなんてなかった。


「みょうじさんは誰を見に来たんスか」
「え?」
「あー…最後ゲームあるからよかったら見てって。みょうじさんに見ててほしい」


最後の一言は我ながらよく言えたな、と思うけれど、みょうじさんは戸惑ったような表情をしながらも「わかった、頑張ってね」と言ってくれて二階のギャラリーへ登って行った。



「…黄瀬くん」
「?!うお、黒子っち?!いきなり来るのやめて!」
「みょうじさんに良いとこ見せないとですね」
「そっスね、負けないっスよ」


やっと君らしくなりましたねって黒子っちが言ったところで誠凛の監督から集合がかかった。




二階のギャラリーに目をやると、たくさんの女子たちに混ざって心許なげにみょうじさんがいる。
目が合ったら控え目に微笑んでくれて、反射的に目を逸らしそうになったけれどグッと堪えて軽く手を振ってみたらみょうじさんの周りにいた女子が勘違いして悲鳴をあげた。

あんたらじゃねーよ…と内心毒を吐くけれど、みょうじさんがちゃんとわかってくれたらそれでいい。




誰かにこんな感情を抱いたことはなかったし、それを伝えるところには全然至らない。
どうやって距離を縮めればいいのかもわからない。

それでも、やっと見つけた君だから。
誰にも負ける気なんてない。


(2014.07.06.)

続きます。


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