19.真綿のわたあめ

部活のマネージャーに呼び出された。
二人で話がしたい、と。
普通はそんな風に言われれば浮わついた期待をするものだと思うけれど、無駄な期待は最初からしない。

なぜなら、相手がみょうじだからだ。



四時間目終了のチャイムが鳴って、同時に昼休みに突入する。
いつもであれば同じクラスの奴らと食堂でがっつり定食やらラーメンやらをかきこむのだけれど今日は違うのだ。

「あれ、太一どこ行くん?」という友人たちの声に「今日はバレー部の奴と食うわ」と返して教室を出る。
向かうのは呼び出し場所のベタ中のベタ、体育館裏だ。
ただしバレー部の使っている体育館は部員が来たらまずいからという理由でバスケ部専用の体育館裏で、とのことだった。
やましいことは何もないけれど誰かに見られたら面倒だからな。
一応周りを気にしながら指定の場所に向かうと、もうみょうじは着いていた。

「よっ。お疲れ」
「川西くん!お疲れ様」

お昼休みにごめんね、と言うみょうじの隣に腰を下ろす。
よく考えたらこいつと二人で話すのって初めてかもしれない。

「いーよ。んで、どした?白布となんかあった?」

まどろっこしいことは苦手だから、いきなり本題に突入したらみょうじがわかりやすく狼狽える。

「な、なんで白布のことってわかったの?」
「みょうじが俺に話したいことで、部の奴らに聞かれたくないことってそれくらいしか思いつかないから」
「…聞かれたくないわけでは……」
「あっそーなの?」

聞き返せば「うっ」とか言うから笑ってしまう。
声に出して唸る奴なんてそうそういねぇよ。

「つかぬ事を伺いますが、」
「うん」

持ってきていたコンビニ袋からコロッケパンを取り出してかぶりつく。
みょうじものろのろとした手付きで自分の弁当箱の蓋を開けた。

「白布って、何したら喜ぶと思いますか」
「…あいつ誕生日もうすぐだっけ?」
「ううん、誕生日は五月」

じゃあなんであいつが喜ぶことなんて聞いてくるんだろうか。

「それはみょうじのほうがわかるんじゃないの?俺より全然付き合い長いじゃん」
「うーん、だけど、バレーのことは川西くんのほうが詳しいし。選手目線のことはわからないから」
「バレーのことねぇ。てか何、喜ぶことって。なんか怒らせるようなことでもした?」

みょうじのマネージャーっぷりはまだ入学して半年くらいの俺でもわかっているつもりだ。
いつも走り回っていて献身的。
出しゃばらないけれど消極的なわけではなくて、程よい距離感。
みょうじが白布を怒らせるなんて想像できないな、と自分で言いながら思う。

「そういうわけじゃないんだけど、」

うーん、とみょうじが首を傾げる。
…こんなこと考えてるって白布にバレたら殴られそうだけど、みょうじってやっぱかわいいよな。

「白布が、もっとバレー頑張れるようにサポートしたいなぁって思って」

だけどみょうじは白布のことしか見てなくて、白布だってみょうじのことしか見てないんだよな。
なんだこれ、俺もしかして惚気られてる?

「…みょうじはなんにもしなくていいと思うけど」
「でも、」
「って答えじゃ駄目なんだよな」

今度は俺が考え込む番だ。

「普通にマネージャーがやる仕事頑張るとかじゃ駄目なんだろ?そしたら…」

セッターの先輩に聞いてみたら、と喉まで出かかってやめた。
みょうじが親しいセッターの先輩と言ったら瀬見さんだろう。
もし素直にこいつが瀬見さんのところにアドバイスをもらいに行ったら、瀬見さんも白布もどっちも良い気はしないはず。
やばい、部の雰囲気が悪くなるところだった。

「スパイカーに話聞いてみるとか?」
「スパイカー…」

みょうじの頭に誰が浮かんだのかはわからないけれど、眉を顰めて渋い表情になる。

「セッターはスパイカーに打たせる為のトスあげるんだし」
「あぁ、なるほど」

なるほどって。
話の方向を変えるために苦し紛れに言ったことに、みょうじは納得したように頷いた。

「まぁ、みょうじはなんにもしなくていいと思うけどな」
「けどそれじゃ気が済まなくて。応援するって言葉にするのは簡単だけど、何かできることないかなぁって」

なんて、とみょうじが一息に言って目線を伏せた。

「多分だけど」
「うん」
「本当になんにもしなくていいと思う。みょうじがいつもみたいにマネの仕事頑張ってれば白布はそれでいいんじゃね?」

部活のマネージャーと付き合ったことなんてないから想像でしかないけれど、きっとそれなりの覚悟みたいなもんがあってみょうじに告白をしたんだろう。
白布はそういう奴だ。
馬鹿みたいに真面目であんな顔して熱苦しい奴。

「てかあいつのために何かしたいって気持ちだけでめちゃくちゃ嬉しいはず。男って単純だから」
「…そういうもの?」
「そういうものです」

オウム返しで返事をしたらさっきから難しい顔をしていたみょうじが笑った。

「そうやって笑ってりゃいいと思うよ」

結局、役に立ちそうな返答はしてあげられなかったけれどみょうじが「川西くんに聞いてよかった」なんて言うから俺も満更でもない。
「そりゃよかった」と答えて、残りの休み時間でのんびり飯を食うか、と思ったのに。

ザッザッと人が地面を蹴る音が聞こえてきた。
バスケ部が昼練にでも来たのだろうか?
誰かにみょうじと二人で飯食ってるところなんて見つかったら後が面倒そうだな。
なんて思っていたら、聞こえて来たのは女子の声だった。

「お昼休みにごめんね、白布くん」
「いや、別に」

思わずみょうじと顔を見合わせた。
お互い声には出さないけれど、驚きが表情にありありと表れている。

あーこれは。
もしかしなくても、アレか。

「あの、好きです。付き合ってください」

覗き見するつもりなんて全くないというのに、人の告白シーンに出くわすなんてツイてない。
しかも告られてる男の彼女が今まさに俺の隣にいるとか、どんな状況だよ。

「…ごめん、気持ちは嬉しいけど」

まぁそりゃそうなるよな。
チラッと隣のみょうじを見たらそれはもうホッとしたような顔。
だけど少し泣きそうにも見えた。

「友達からでもいいから」

おー…粘るな。
粘っても無駄だと思うけど。

「付き合ってる人がいるから、ごめん」
「…それって三組のみょうじさん?」
「あー、うん」

知ってるならなんで告白なんてするんだよ、と思うけれどそれでも伝えたくなってしまうものなのだろうか。

「けど、二人って正直友達の延長みたいに見える。わたしじゃ駄目かな、わたしのほうが白布くんのこと好きだと思う」

げ…女ってこわ。
白布はなんて答えるのだろうか、隣のみょうじは完全に固まってしまっている。

「……俺がみょうじじゃないと駄目だし嫌だから。ごめん」

もう一度ハッキリと断って、白布は大股で歩き出した。
あーあ、あれ多分地雷踏んだな。
表情は変わっていなかったけれど白布のコメカミがぴくりと動いたのがわかった。

告白した女子は、少しだけ俯いて立ち尽くしていたけれど、グッと顔をあげて校舎に向かって歩き出した。
それを見て俺もみょうじも肩から力が抜けて、二人して深呼吸をしたから顔を見合わせて苦笑いが漏れる。

「…そういうことらしいから、みょうじがいてくれるだけでいいんじゃない?」
「うん…」

白布が告られてたこととか、友達の延長って言われてたこととか、それはショックなんだろうけど。
白布がキッパリ断って「みょうじじゃないと駄目」と言い切ったことは嬉しいんだろうな。

「泣きそうな顔なのかニヤけるの堪える顔なのかどっちかにして」
「えっそんな顔してる?」
「うん。部活までにはその顔どうにかしたほうがいいよ」
「さすがに放課後までには…」

そう言いながら自分の頬をむにむにとマッサージしていて、あーやっぱこれは惚気だろ…と思った。





「なー白布」
「なに?」
「お前さ、してもらって嬉しいこととかある?」
「…は?」

その日の部活で、一応みょうじに聞かれたことをそのままぶつけてみたけれど案の定ものすごく怪訝な顔をされた。

「なんでも言ってみ」
「トス練とか?スパイク打ってほしい」
「うん、まぁそうなるわな」

みょうじはいつものように広い体育館をちょこまかと動き回っていて、あいつが白布の役に立ちたいと思っていることを伝えてやりたいけれどそれは本意じゃないんだろうな。

「今日自主練残るだろ?セットアップやるか」
「おう」

だったら俺は、白布の練習にとことん付き合ってやるくらいしかできないだろ。

みょうじが俺たちのほうにもタオルとドリンクを抱えて走ってきて、俺はさりげなく白布から離れた。
公私混同なんて俺も白布も、みょうじだってしないタイプだけれどこれくらい許容範囲だろう。
壁際に寄って二人が話しているところを見ていて、あれのどこが「友達の延長」だよ…と思う。


あー、俺も彼女欲しいかも。



(2017.09.02.)



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