18.隙間を埋める

俺の彼女は、社交的だ。
だから男子バレー部のマネージャーなんて務まるのだろうし、みょうじの明るくてかわいらしい笑顔は俺だってとても好きだ。
普段から男と話している姿は見慣れているからいちいち気にしてなんていられない。

のだけれど。
さすがにこれは、ちょっと。

「へぇーなまえちゃん選手じゃなくてマネージャーなんだ!」
「はい…ってなんで頭押すんですか」
「はは、ちっちゃくてかわいいなぁと思って」
「及川さんって見た目通り、噂通り本当にチャラいんですね」
「えっ及川さんの噂ってなに?白鳥沢まで届いちゃってるの?」

どうして青葉城西の及川徹が、みょうじと話しているんだろうか。



季節はすっかり秋めいて、制服が夏服から冬服に移行してしばらく経った月曜日の放課後、今日は短いミーティングだけで部活はない。
そうそうないオフの日にまっすぐ家に帰るのはもったいない気がして、みょうじを誘って少しだけ寄り道をすることにした。

この日、帰りが早いことは前々からわかっていたから一緒に帰る約束はしていたのだけれど、「本屋に寄りたいんだけど」と切り出したのは校門を出てからだった。
事前に約束を取り付けておけばいいのだろうけれど、どこかに出かけようと前もって誘ったことはないから改めて誘うのは気恥ずかしかった。
中学の頃から一緒に帰るときも流れでそうなっていたし、部活ばっかりで恋人らしいことは何もしていないから、今更どうしたらいいのかわからないなんて言ったらみょうじは笑うだろうか。
「うん、隣の駅の大きい本屋さん行く?」とみょうじがこちらを見上げながら言うから、「おう」と短く返した。

一駅分だけ電車に揺られながらみょうじのことを見下ろしていたら不意に視線が絡んで、見ていたのがバレたのかと内心少し動揺していたらみょうじが口を開く。

「本、何買うの?」
「月バリ。今月うちが載ってるんだよ」
「へぇーそういえば前に取材来てたね。白布も載るの?」
「まさか。俺なんか需要ない。ほとんど牛島さんだろうな」

夏休みが終わって暑さが和らいだ頃に、学校の体育館に月刊バレーボールの記者が訪問してきた。
練習風景の写真をしこたま撮られ、何人かの選手はインタビューも受けていたけれど最近ようやく練習試合でレギュラー陣と絡めるようになってきた程度の俺には話を聞きに来る記者なんていない。
普段通りの練習をこなしながら、その様子を横目で見ていた。

「みょうじも話しかけられてただろ」
「あぁ、うん。世間話だけど。最近の白鳥沢はどうですかーみたいな。どうって言われてもね」

みょうじが胸元のリボンをいじりながら笑う。

「撮った写真、何枚か現像して送ってきてくれてたよね。マネで撮った写真ももらえたの、嬉しかったなぁ」
「え、なにそれ。知らないんだけど」
「あれ?選手の分はコーチが管理してるのかも…白布も写ってるのあるか今度聞いておくね」
「いや別に自分の写真とかいらない」

そう返せば不思議そうに首を傾げられたけれど「みょうじの写真が見たかった」なんて言えるわけがない。

中学の修学旅行の後、しばらくしてカメラマンが撮影した写真が全て廊下に貼りだされていたことを思い出す。
自分の欲しい写真の番号を用紙に記入し提出して購入…という手順での購入方法で、友人たちと写っている写真を何枚か買ったけれどみょうじの写真は買えるはずもなく、というか当時はまだ好きだとかそんな感情はなかったから目にも留めていなかった。
今更すぎるけれど惜しいことをしていたのかもしれない。
…もしもその時から一人の異性としてみょうじを見ていたところで、写真を買う勇気があったかどうかは別だけれど。

なんて、少し思考が飛んでいたらふわっと甘い香りが鼻を掠めた。
みょうじが俺の顔を覗き込んでいたのだ、距離が近い。
甘いといってもわざとらしくなくて、隣にいると安心するにおい。
中学の時から変わらないみょうじの香りだ。

「白布?もう着くよ」

電車は減速を始めていて、駅のホームに吸い込まれるように滑らかに停車した。



本屋に着いて早速スポーツ雑誌のコーナーへ。
目立つように平置きされているサッカーや野球の雑誌に紛れて月バリが置いてあり、積み重なっている中から二冊目を引き抜く。

「買ってくるから待ってて」
「うん。いってらっしゃい」

目的は月バリだけだったのでそれだけ持ってレジに向かった。
広い店内は雑誌コーナーからレジまであまり近くなくて、レジも数人並んでいたからみょうじのことを少し待たせてしまった。
と、言ってもほんの数分。

数分の間に一体なにがあったというんだ。
本屋のビニール袋を通学カバンに仕舞ってみょうじのもとへ戻ったら、中学のときから一方的に見慣れた男が立っていた。



「…みょうじ、お待たせ」
「あっ白布!ねぇねぇ、見て、青城の及川さんだよ!」
「見てってそんな珍獣みたいな言い方ひどいなぁ」

青葉城西の及川徹。
制服姿は初めて見て、当たり前だけれど同じ高校生なのだと思う。
白いブレザーはうちと似ているけれど、ベージュのチェックのズボンに青いシャツがここまで似合う男なんてそういないだろうな。

「初めまして」
「どうも。なまえちゃんの彼氏?」

おい、出会って数分で下の名前で呼ぶってどういうことだ。
内心かなりムカついたけれど、みょうじが頬を緩めて「そうです」なんて言うからまぁ許してやることにした。

「へぇー!君もバレー部?」
「はい」
「ふぅん。ポジションどこなの?俺セッターなんだけど」

宮城でバレーをやっていて及川徹のことを知らない奴なんていない、多分。
俺も制服を着ているから白鳥沢の生徒だということはわかっているだろうし、そのうえバレー部だと言っているのに。
「自分はセッターだ」なんてわざわざ言われなくたって知っている。

「俺もセッターです」

聞かれたことに事実を答えたら目をスッと細めて、また「へぇ」と口角を上げて言う。

「白鳥沢でセッターなんて、大変だね。ウシワカに合わせなきゃ使ってもらえないでしょ」
「…まぁ、牛島さんに憧れて入ったようなものなので」
「マジで?白布くん趣味悪いなー!」

(こいつ…)

今度はけらけらと至極おかしそうに笑う及川を睨みつける。
人の神経を逆なでするのが得意なのだろう、腹が立つ。
苛立ちを隠さずに言い返そうとしたらみょうじがやんわりと俺の制服の袖を掴んだ。

「及川さんは今日部活ないんですか?」
「毎週月曜日はうち休みなんだよね」
「休みだからってこんなとこで他校の生徒ナンパとか余裕ですね」
「ちょっと白布…」
「ナンパじゃないよ、なまえちゃんが困ってるみたいだったから声かけただけ」
「はぁ?」
「あ、そうなの。月バリのバックナンバー見たくて、けど届かなくてどうしようかなぁと思ってたら及川さんが取ってくれて」

みょうじがチラッと視線をやったのは本棚の上のほうで、たしかに月バリのバックナンバーが並んでいた。
女子の身長では届かない高さだ。

「…バックナンバーならうちにあるから、ここで見なくていいよ」
「えっ」
「帰ろう。及川さん、俺絶対次の大会までにレギュラーになるんで」

袖を掴まれていないほうの手で、みょうじが持っていた雑誌を棚に戻す。

「うん。楽しみにしてるね」

ひらひらと手を振って胡散臭い笑顔を浮かべた及川に、一応頭を下げてもう一度みょうじに「行こう」と声をかける。

「なまえちゃんもまたね」
「はい、失礼します」

またね、なんてあってたまるかと思うけれど、白鳥沢と青葉城西のバレー部に所属していたらまた大会で顔を合わせることになるだろう。
あの胸くそ悪い姿を次はコートの中でネット越し見るのだ、絶対に。

歩き出した俺の速度に少し遅れたみょうじの手が制服の袖から離れたけれど、すぐに掬うようにして手を繋いでみょうじの細い指と指の間に自分のかさついた指を滑り込ませた。

「白布?」
「…一応聞くけどみょうじって及川さんと初対面?」
「う、うん。そうだけど」

なんで?と言う声から戸惑っているのがわかるみょうじの手を、隙間を埋めるようにぎゅっと握る。

「みょうじってコミュ力高いよな」
「そうかな…」
「そう。戻ったら及川徹と普通に話してんだもん、ビビる」
「わたしもビックリした。取りたいのこれ?って取ってくれたと思ったら及川さんなんだもん」

さっきも言ったけれど、宮城でバレーをやっていて及川徹を知らない人間はいない。
華やかなプレースタイル、目を惹く容姿、どこを切り取っても絵になる人物だと思うし、及川を見にバレーの大会会場に足を運ぶ女子もいるらしい。
みょうじがあんな奴にふらふら付いて行くような奴だとは思っていないけれど、彼女の頭を他の男が撫でていたら焦るのは当然のことだろう。

「…白布?怒ってる?」
「いや……みょうじには怒ってない」
「及川さん本当に雑誌取ってくれただけだよ」

今度はみょうじが繋いだ手にきゅっと力を込めた。
弱い力だけれど俺の心臓がさっきよりも速度を上げるには十分な力。

「わかってるよ」
「じゃあ怖い顔やめてください」
「…怖い?」
「なかなかにね」

立ち止まって向かい合ったと思ったらみょうじの人差し指が俺の眉間をぐりぐり押した。
「眉間にシワ寄ってるときは不機嫌なとき」と言いながらみょうじが困ったように眉毛を下げる。
前髪をみょうじの指が掠めてくすぐったくて、やめさせようとして細っこい手首を掴んだら両手を繋いでいる体勢になってしまった。

「…っつーか道端で何してんだろうな…」
「う、たしかに」

俺もみょうじも我に返って顔に熱が集まってきて、片方の手をそっと解いてまた歩き出す。
今度はゆっくり、速度を合わせて。

みょうじが他の男と話していて焦ったのも本当だけれど、相手が及川徹だということが余計に自分を苛立たせた。
一見チャラついているように見えて、バレーの実力は県内随一のセッターと言われていて青城の次期キャプテンは間違いなくあいつだろう。


それに比べて俺は。

シンプルな強さを手に入れたくて、白鳥沢で牛島さんにトスをあげたいと思った。
牛島さんとバレーができるのは二年間だけだというのに、俺はまだあの人に正式な試合でトスをあげたことがない。


「ねぇ白布。わたし、明日コーチに試合のビデオ借りられないか聞いてみる」
「…なに急に」
「普段の練習も大事だけど。映像だからわかることとかあるんじゃないかなって」
「……」
「次及川さんに会うとき、戦うことになるんだし」

ね?なんて俺の顔色を窺うように言う。
俺の不機嫌の原因なんて全部言わなくたってみょうじにはわかってしまうんだろうか。
気を遣わせたようで悪いなと思うし恥ずかしさも情けなさもあるけれど、少し嬉しいとも思う。

「及川さんだけじゃなくて、きっとうちのチームのことももっとわかるよ」
「…いいよ、みょうじはそこまでしなくて」

みょうじが一瞬怯んだように顔色を曇らせた。

「コーチには自分で言うから。ありがとな」


俺の高校生活はバレーボール漬け、それは何があっても変わらない。
みょうじにしてやれることだってきっと少ないし、選手とマネージャーという関係が彼氏彼女よりも先にあるから、先輩達の言う「距離感」とか言うやつは正直未だに計りかねている。
だけど俺は、みょうじが隣で見ていてくれるとそれだけで強くなれるような気さえする。
かっこ悪いところは見せられないなと思うんだ。

大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた後、「そっか」と短く答えたみょうじがふわっと笑った。


(2017.05.04.)

白布くんお誕生日おめでとう、大好きです



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