17.群青の夜

「で?いつの間にそういうことになったの?」
「えーっと……」

高校生になって初めての夏休み。
強豪白鳥沢男子バレー部の夏合宿はマネージャー陣にとってもそれはもうハードだ。
一日の練習を終えて洗濯籠の中に放り込まれた大量のTシャツやタオルの山を見て、先輩マネージャーと思わず苦笑いをした後、先輩が「で?」と話し始めるから思わず洗剤の入っているボトルを落としそうになった。

「入部してきたときは付き合ってないって言ってたのに!わたしに一言の相談もなく!」
「わ、ちょっと先輩、洗剤こぼれます!」
「寂しいじゃないー!」

ガバッと突然抱きつかれてぎゅっと回された腕に力がこもったかと思ったら、脇腹をこしょこしょとくすぐられる。

「せ、先輩…やめてくださいー!」
「わたしのかわいいなまえが白布のものになったなんて寂しい」
「あはは…」

ぐすん、と泣き真似をしながら先輩はわたしを解放して「朝食堂で知ったときから話聞きたくても選手の目があって我慢してたんだからね」なんて言う。

「…付き合いだしたのは、本当この前で。夏休みに入る前です」
「へぇ、ほやほやだー」
「はい。秘密にしようと思ってたわけではないんですけど…言ってなくてすみません」

素直に謝れば先輩はわたしの頭を二回、ぽんぽんと撫でて「怒ってるんじゃないんだけどね」と笑って山になった洗濯物たちに手をかけた。

「白布から告白されたの?」
「…はい」
「そっかーあいつなまえのこと大好きオーラ全身から出てたもんねー」
「えぇ?!」
「気付いてなかったのなまえだけだよ、絶対。大好きっていうか俺のなまえに近付くなオーラ?」
「なんですかそれ…」

白布のクールな表情を頭に浮かべて、その後に「好きだ」と言ってくれた赤い顔を思い出すと自分の顔まで現在進行形で熱が上がるのがわかる。

「よかったね」
「ありがとうございます」

先輩が優しく笑ったあとに「けど、」と続ける。
二人とも洗濯作業の手は止めていなかった。

「大変なこともあるだろうね、彼氏がうちのバレー部って。なんかあったら話聞くからね」

はい、終わりーと先輩が最後のTシャツを洗濯機に投げ入れてわたしたちの秘密の話も終了。
食堂のおばちゃんが作ってくれた夜ご飯を選手のみんなと食べて、合宿所にある大浴場で一日の汗を流したら明日に向けてあとは寝るだけだ。
……と言っても時間はまだ眠るには早くて、布団を敷いた後のマネージャーの部屋では毎晩お喋りに花が咲く。

今日もそのつもりでいたのだけれど。
震えた携帯が知らせてくれたのは白布からのメッセージで、思わず顔が緩んだ。

『今からコンビニ行くけど、みょうじも行く?』

チラ、と先輩方のほうを見ればお布団にもぐりながらも上半身を起こして「何かあった?」とこちらを見ていた。

「…先輩、わたし飲み物買いにちょっと出てきますけど何か買ってくるものありますか?」
「えっ今から?付いて行くよ、危ないし」
「いや、あの…一人じゃないので大丈夫、です」

最初から白布とコンビニ行くって言えばよかったかもしれない。
言葉を濁したことで妙な気恥ずかしさが増して、先輩達も一瞬きょとんとした後に「なるほどねぇ」なんて顔をニヤつかせている。

「じゃあオレンジジュース飲みたいな」
「はい!行ってきます!」
「急がなくていいからねーごゆっくり」

快く送り出してくれた先輩にお礼を言って、部屋を出たところで白布に返事をしていないことに気付いたから自分でも慌てすぎだなぁと一人で苦笑い。
廊下を歩きながら白布に『行く!玄関向かうね』と送ればすぐに既読が付いた。



「白布、」
「おー」

みんなすっかり部屋に引っ込んでしまったようで、廊下を歩いていても誰にも会うことはなく広い玄関にたどり着く。
見慣れた背中に声をかけたら、白布も疲れているようで少し瞼が重たそうだった。

肩を並べて合宿所を出ると夏の夜特有の生温い空気が身体に纏わりつくみたいだ。

「コンビニで何買うの?」
「あー…いろいろ部屋の奴らに頼まれたもの。ポテチとか」
「そっか。わたしも先輩にジュース頼まれた」

やっぱり白布は眠たそうで、いつもだって声のトーンは抑えめだけれど今はまどろんでいるような声色。
顔を覗き込むようにして見上げたら一歩身を引かれてしまった。

「…なに?」
「え?」
「人の顔そんなジロジロ見んなよ」
「いや、なんか眠そうだなって。疲れてるのに買い出し頼まれたの災難だったね」
「……」

まさかのスルー…よっぽど眠いんだなぁ、なんて思っていたのに聞こえてきたのは予想とは全く違う返事だ。

「買い出し頼まれたわけじゃないけど。俺がみょうじと話したかったから、こんなのただの口実」

本当はこっそり部屋出ようと思ったのにまぁ無理で、コンビニ行くって言ったらあれ買ってこい何が欲しいとかうるさかった…とそのときの様子を思い出しているようで、白布が溜息を吐く。
わたしは、さっき言われたことを脳みそが処理している最中で、顔が熱いのはお風呂上りだからとか、外が蒸し暑いからとか、それだけじゃない。

(話したかったから、なんて。言われたこっちが恥ずかしい)

うまく返事ができなかったけれど、お互いに普段から口数が多い方ではないし眠気と戦っている白布からそれ以上何か言われることはなかった。
沈黙が嫌じゃないのは、友達期間が長かったからだろうか。

夜の空気には不似合いなコンビニの煌々とした光が見えてきて、二人で足を踏み入れると入店を報せる音楽が鳴り店員さんの間延びした「いらっしゃいませー」という声がした。
頼まれたオレンジジュースだけを抱えて、自分は何を買おうかなぁと白布の後を付いて回る。
白布は他の部員たちに頼まれたものを買い物籠にどんどん入れていったら結構な量になってしまっていてまたげんなりした顔をしていた。

「みんな夜ご飯だけじゃ足りないんだねーさすが成長期」
「だなー。みょうじは?なんか買わないの?」
「悩み中。アイス食べたいんだけど、この暑さじゃ部屋戻る前に溶けちゃいそうだよね」
「歩きながら食えば?」
「なるほど」

アイスの並んだケースの前に一緒に移動して、今度はどのアイスにしようかとまた悩む。
うぅ…こういうとき悩み出すと本当に決められないんだよね。

「ゴリゴリくん…いやでもソーダ味な気分じゃないなぁ。パルム…はちょっとチョコが重たい…」

独り言をぶつぶつ言うわたしの隣で白布が何も言わずに待っていてくれる。
ラクト系で、歩きながら食べられて、チョコ…ではないけれどコーヒー風味の、本当はパピコが食べたい気分なのだけれど一袋に二つ入っているから一人で買うのはちょっとためらわれる。
持って帰ったら先輩が食べるかなぁと考えたけれど、溶けたら台無しだし。

「あ、これ新製品だ。えーどうしよう、ごめん白布先にお会計してていいよ」
「いいよ、こんくらい待ってる。てか俺もアイス食おうかな」
「えっ」
「なに」
「じゃあさ、これ半分こしない?」

ショーケースの中に並ぶアイスを指さす。
彼氏とアイスを半分こ、なんてちょっと憧れていたのもあるけれど、パピコが食べたかったのは本当。

「あぁ、二つ入ってるやつな。ちょうどいいじゃん」

白布は実は他に食べたいものがあったのかも、とパピコを提案してから思ったけれどあっさり了承してくれて、すぐにキンキンに冷えたアイスを取り出して自分の持っていた買い物籠の中に入れてくれた。

「アイスわたし買うよ?」
「なに言ってんだよ、これくらい買わせて」
「えー…」
「たまには彼氏っぽいことさせろよ。…こんなアイスだけで悪いけど」

彼氏、っぽいこと。
白布の口からそんならしくないことが発せられて、冷房の効いた店内にいるのに体温が上がった気がする。
いつもまっすぐな物言いをするタイプだけれど、恋愛に関してもそうなんだなぁと新たな一面が見えて、それを知ることができるのは彼女だからなんだなぁと自分で考えて恥ずかしくなった。

お言葉に甘えて買ってもらったアイスの袋を、コンビニを出てすぐに開ける。
半分に分けたアイスの片割れを白布に差し出して渡すとき、少し手と手が触れた。

「あのさ」
「ん?」
「今朝のことごめん。勝手にみんなに付き合ってること言って」

コーヒー色のアイスを手の体温で溶かしながら少しずつ口に含んでシャリシャリという食感を味わっていたら、白布が少し言いにくそうに口を開いた。
食堂でも謝ってくれたのに、一日気にしてくれていたのだろうか。
それに、白布が率先して言ったんじゃないってことくらいはわたしにだってわかっている。

「ううん。事情わからないけど、言わなきゃいけない感じになっちゃったんじゃないの?」

白布は自分のことを人に、例え仲の良い人にだってべらべら喋るタイプではない。
秘密主義ってわけではないし聞けば話してくれるけれど、付き合っていることは白布だけじゃなくてわたしも関係していることだから尚更、言いふらすようなことはしない人。

「…言い訳っぽいけど。昨日寝る前に、太一に部屋で聞かれたからあいつにくらい言ってもいいかって話したんだよ。そしたら他の奴らも起きてたらしくて」
「そっか。川西くんと白布って仲良いよね」
「まぁ、話しやすい」
「わたしは、本当全然平気だよ。マネの先輩にはなんで言ってくれなかったのーって悲しまれたけど」

白布が窺うようにわたしのことを見下ろしていて、その目が不安げに揺れているのを見て心臓がぎゅっと掴まれるような感覚がした。


多分、わたしたちのお付き合いは世間一般の彼氏彼女とは違うんだろうなぁとまだ付き合って日は経っていないけれど思う。
生活の中心は言わずもがなバレーボール。
普通の高校生なら夏休みは朝は目覚ましなんてかけずに眠り、昼間は友達や彼氏と遊んで、宿題が終わらないなんて八月の終わりに慌てるのだろう。
だけどわたしたちの「普通」はそうじゃない。

スポーツ推薦で入学してくる人のほうが多い白鳥沢バレー部で、一般受験組の白布が推薦組に肩を並べるのは簡単なことではない。
それは入部して数か月で、マネージャーのわたしでも理解できた。
みんなポテンシャルがすごく高くて、それでいて努力を惜しまない。
そういう人の中に身を置いて、だけどそれだけでは意味がない。
なんのために自ら厳しい道を選んだのかって、それは強いバレーをするためだ。
白布の決意は言葉にして聞いたことはなかったけれど、それをサポートしたいと思うし、わたしの存在が邪魔になるんだったら離れたほうがいいんじゃないかとも思った。

だけど、白布が手を伸ばしてくれたから。
引っ込めかけていたわたしの手を引いてくれたから。
諦めなくていいのなら、わたしにできることはひとつ。

一緒に、戦うんだ。


「部活、頑張ろうね」
「おう」

こんなこと言わなくたって白布はいつだってずっと誰より真面目に部活に取り組んでいることはわかっているけれど、改めて口にして白布の色素の薄い瞳を見つめ返す。

絡んだ視線がくすぐったくて、この瞳の見る景色をわたしも一緒に見たいなぁと思った。


(2017.04.24.)



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -