1.恋のスピカがはじけたら

黒子っちといつもみたいにストバスして、さー帰るかってところで、ベンチに置き忘れてあった携帯を見つけた。


「あれ、忘れ物っスかね」
「あ、ほんとですね」
「携帯忘れるなんて馬鹿っスねー」
「交番に届けましょう。きっと困ってますね」

そんな風に話していたら、俺の手のひらの中で携帯が震えた。
ディスプレイには『公衆電話』の文字。

「うおっ、持ち主っスかね。黒子っちパス!」
「えっなんでですか」

なんで、と言いながらも通話ボタンをタッチして「もしもし?」と出てくれた電話の向こう側で、『あ!も、もしもし?!』という若い女の子の声が聞こえて心の中でやっぱり、と胸を撫で下ろした。

携帯のケースが明らかに女の子向けのかわいらしいものだった。
もしも携帯を受け渡す、なんてことになったら面倒だ。
極力女子との関わりは持ちたくない。
万が一お礼にお茶でも…なんて流れになったら最悪すぎる。
そんなことを考えている間に黒子っちと女の子の通話が終わったらしく、黒子っちがこちらを向いていた。

「電話、携帯の持ち主だったっスか?」
「はい、今から取りに来るそうです」
「まじっスかー寒いから早く帰りたいんスけど」

暦的には立春を迎えたとはいえ、まだまだ寒い。
ストバス後の汗が冷えて風邪なんて引いたらどうしてくれるのだろう。

「約束したのは僕ですから黄瀬くんは先に帰っていいですよ」
「えぇっそんな冷たいこと言わないで!俺も待つっスよー」

結局待つんですか、と呆れたように言いながら黒子っちがベンチに腰をおろした。

「あ、でも顔合わせるの嫌なんで俺あっちのベンチにいるね」

と、言いかけたときに、少し遠くのほうから「すみません〜!」と息を切らしながら走ってくる女の子が見えた。

「…げっ」
「げって…黄瀬くんほんとひどいですね」
「だってもう来ちゃったじゃないっスか!会いたくなかったのに!」


女の子と関わりを持つのは面倒だ。
大抵の女の子は初対面だろうがなんだろうがお構いなしに図々しく、馴れ馴れしく話しかけてくる。
学校や仕事場でだったらある程度は外面よくしておかないと後で面倒だし、ちゃんと対応するけれど、関わらなくていいのならなるべく関わりたくないというのがぶっちゃけたところだ。

モテる男も楽じゃない。


走ってきた女の子は案の定俺たちのところで止まって、「あのっ携帯、すみませんっ」と息を整えながら話し出した。
ちょっとかわいいかもしれない。
ほんのちょっとだけ。



「拾っていただいた上にお待たせしちゃって本当にごめんなさい!」
「いえ、全然待ってないですよ」

ものすごい勢いで頭をさげている彼女に黒子っちが優しく答えている。
ほんと黒子っちって紳士っつーか、誰にでも優しいっつーか、この現場見たら桃っちとか発狂しそうだなぁと傍観する。

そういやこの子、黒子っちのことすぐ見つけたな。
っつーか俺も隣にいるのに、「お友達さんもごめんなさい」と謝られはしたけど、普通の女の子みたいに俺が黄瀬涼太だ、と騒ぐようなこともなかった。
俺の知名度もまだまだってことっスかねーと、俺より数十センチは下にある、申し訳なさそうに眉毛を下げている彼女を見下ろしながらぼんやりと思う。



「って、あれ?」

ひとしきり謝り倒したところで、女の子がなにかに気付いたように目を丸くした。
もしかして時間差で気付かれた?なんて思っていたらやっぱり彼女は俺のほうなんて見向きもしていなくて、黒子っちの着ていたジャージの背中を覗き込むようにして見ていた。

「もしかして誠凛高校の生徒ですか?」
「はい、誠凛です。でもなんで、」
「わたしも誠凛なんです!え、何年生ですか?」
「え、そうなんですか?1年生です」
「えー!わたしもです、1年!」


なーんて、俺のこと置いてけぼりで盛り上がるのとかほんとありえない。
寒い中待っててやったのに、そのうえ俺の存在無視するとかありえない。

大体黒子っちも黒子っちで。
誰にでも平等で男女分け隔てなく接するところも黒子っちの良いところだけれど、それでもこんな風に楽しげに会話を弾ませる彼を見るのは初めてかもしれない。

黒子テツヤです、みょうじなまえです、と妙にかしこまった自己紹介を交わした2人は、クラスがどうの部活がどうのって会話が終わる気配がない。
なんなんスか。
俺は誠凛じゃないっつの。

若干苛立ちが顔に出始めたことを自覚した頃合いで、さっきまでふわふわ笑ってた彼女は思い出したかのように俺のことを見上げて、やばいって顔をした。
気付くの遅くないっスか。

「あ、待たせちゃってごめんなさい」
「いや別に」
「黄瀬くん眉間に皺寄ってます」
「黒子っちが俺のこと無視するから!」

わたしもう行きますね、と俺に怯えたような顔をするもんだから、黒子っちにはすっげー笑顔で話してたくせに、ってなんかむかついた。
俺にこんな態度取る女、そういない。

構われてもイライラするけど、構われなくても不愉快。
じゃあどうされたいのって言われたってわからないんだから我ながら面倒な性格だ。
おかしいな、なんか今日はいつにも増して不機嫌指数が高い気がする。

「あっ」

もう行く、なんて言ったくせにみょうじさん…とさっき名乗ってた彼女はカバンの中をがさがさ漁り始めた。

「お礼にしては小さすぎて申し訳ないんだけど」

そう言って広げた小さな手のひらに、カラフルな包装の飴玉を2つ乗せて差し出してきた。
黒子っちと俺に1つずつ「どうぞ」とはにかみながら差し出す。
「なんだか逆にすみません」と黒子っちが言うと、こんなのじゃ足りないくらいだよーほんとに助かった!とまた笑う。

こんな風に屈託なく笑う女子、俺の周りにはいない。
いや、いることはいるんだろうけど、俺に対して向けられる笑顔はこういう類のものではない。

このふわふわした笑顔と態度が、自分にだけ向けられたらどんな気持ちだろう。



(いやいや、なに考えんだ俺)


心の中で自分の言葉を否定する。
俺に騒がない女子が珍しいだけであって、こんなさっき会ったばっかの、ほぼ話もしていないような相手に対してありえない。
マシュマロみたいな雰囲気のみょうじさんには、黒子っちみたいな人が合うんだろう。
なんて、桃っちに話したらぶん殴られそうだな。

「黄瀬くんもよかったらどうぞ。待たせてごめんなさい」

相変わらずちょっとビビッている表情で飴玉を渡すときに、俺の手のひらに彼女の指先が触れた。
寒いなか立ち話なんてするもんだからみょうじさんの手は冷えていて、俺の手だって同じように冷えているはずなのにひどく熱く感じたのはきっと気のせい。

「ちょっと早いけど、バレンタインってことで」

チョコじゃないし飴1個とかショボすぎるけど、そう言いながら巻いていたマフラーに顔を埋めるような仕草が、かわいいとか、柄にもなく思ってしまったんだ。

そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたらお礼を言いそびれてしまった。


「じゃあ、ほんとにありがとう。黒子くんまた学校でね」
「こちらこそありがとうございました、また」

そう自然に次があるって思える別れ際の挨拶ができる2人が羨ましかった。
学校も違うし、ろくに話もできなかった情けない俺には「また」なんてもう巡ってこない。

「えっと、黄瀬くんもありがとうございました」
「いえいえ」
「バスケ頑張ってくださいね」
「へ?」
「えっあれ、黄瀬くんはバスケ部じゃなかった、ですか?」

あれ?と慌てたように俺と黒子っちを見比べる。

「いやバスケ部っスけど。なんで…」
「海常の黄瀬涼太くんですよね?有名だもん」

見知らぬ女に知られてるなんて気味悪かったらごめんなさいって今日何回目かわからない謝罪の言葉。

なんだ、知らなかったんじゃなくて、知らないフリをしてくれていたのか。
モデルの黄瀬涼太、じゃなくて海常の黄瀬涼太って言ってくれたことが地味に嬉しかった。


「うん、そう。黄瀬涼太っス」

なのに今日はどうにも頭の回転が悪いみたいで。
みょうじさんの言葉にうまい返しができない、頭に靄がかかったようだ。

「てか敬語じゃなくていいスよ、同い年じゃん」
「え、あ、無意識です…」

なんか緊張しちゃって、とまたマフラーで顔を隠すような仕草。

「みょうじさん」
「はい?」
「飴、ありがと」

本当に情けなくて涙が出そうなんだけど、それしか言えなくて。
連絡先聞くとか、次会う約束とか、共通点がないんだからそれくらいしろよって心の中でもう1人の俺がありえないって蔑みの目で俺を見た。

ひとしきりお礼と謝罪を述べて、駅の方へみょうじさんが足早に去っていったあとには妙な空気が流れていた。

「…黄瀬くん」
「なんスか黒子っち」
「君、あぁいう子が好きなんですね」
「黒子っちの観察力まじですげーっスね…」

表情を変えないまま、ずばり俺の淡い淡い恋心を言い当てられて思わず両手で顔を覆った。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「いや、ほんっとらしくないんスけど」
「いいんじゃないですか、みょうじさん。かわいらしい人でしたね」
「え、」
「なんです?」
「黒子っちまさか」

桃っちにいくらアピールされても気付かず、デートに誘われてもオシャレのオの字もないような普段着で出かけるような黒子っちが、まさか、

「別に好きとかじゃないですけど。大体さっき初めて会った人ですし」

俺の言いたいことを先回りして、大きな溜息を吐きながら話してくれる黒子っちの機微の聡さには頭があがらない。

「俺も初めて会ったんスけどねぇ」
「黄瀬くんのそういう顔、初めて見ました」

思わず苦笑を漏らしながら、みょうじさんがくれた水色の包装紙を剥いた。


「黄瀬くんもそろそろちゃんとした恋、できるといいですね」


照れ隠しで少し乱暴に口に放った飴玉はソーダ味で。

口の中でシュワシュワ心地よく弾けるプリズムはまるで今日初めて感じた、恋と呼ぶにはまだ淡すぎる俺の気持ちみたいだった。



(2014.02.12.)

ハッピーバレンタイン!
というには甘さが足りないのですが笑


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -