16.檸檬色の朝

「なー、白布とみょうじってどうなってんの?」

夏休みに入って、地獄の合宿二日目の夜。
一年の俺たちは学校の敷地内にある合宿所の大部屋にみんなで雑魚寝だ。
太一が「起きてる?」と聞いてきて、返事をしたら流れも何もなくみょうじの名前を出された。

「どうって……」
「告んねぇの?」
「あーうん、言ったよ好きだって」
「えっまじか。で?」
「……付き合ってる」
「なんですぐ報告しねぇんだよ」
「おい声でかい」

つーかなんでむさ苦しいこんな部屋で、他の一年たちが泥のように寝ているのを余所に太一と恋愛の話なんかしなきゃいけないんだ。
部屋の奴らはみんな寝ているけれど廊下を誰が通るかわからないのに。
報告するべきだったのか、と思うけれどみょうじを好きだと話したことはなかったし、自分から言うのもなんか違うだろ。

「悪い。いやーまじかーよかったじゃん」
「おーサンキュ」
「しかしこれで部員の一割は軽く失恋したってことか、罪な奴らだな」
「はぁ?」

なんだその試算は。

「みょうじ人気あるじゃん。え、気付いてなかったの?」
「そんな話聞いたことないけど」
「そりゃみょうじと一番仲良いの白布だし、お前にはみんな言えないだろ」

たしかに、中学のときはモテるほうだったし、現に卒業式のときみょうじの友達にもそのことを忠告された。
だけど高校に入学してまだ四ヶ月だし、好きとか、そんな。
いやでも俺も知り合い期間は長かったし意識したことなんてなかったのに一瞬で、落ちた、し。
好きになるのなんて何がキッカケかわからないのは経験談だ。

「部内に公表すんの?付き合ってること」
「いや、わざわざ言うことじゃなくね」
「言った方が何かと楽だと思うけど」
「…例えば?」

別に付き合ったからと言って何か変わるわけではない。
部活中はいつも通り選手とマネージャーとして接しているし…いや、この前の練習試合のときみょうじと話していた相手校の大学生に喧嘩腰になってしまったけれど。

「みょうじのことヨコシマな目で見る奴が減る」
「はぁ?」
「これけっこう大事じゃね?」
「ヨコシマって、なんだよ」
「ドリンクみょうじからもらえたらラッキーって思うよなって言ってる一年が多いとか」
「まじかよ…」

なんだそれ。
全然知らなかった。

「まぁ、ある意味健全だと思うけど。彼氏的には嫌だろ」
「すげー嫌」
「女子と接する機会が少ないからな」

だけど部内恋愛を周知するというのは、デメリットもあるのではないだろうか。
浮ついた心なんて全くないしバレーに対する姿勢が変わることは絶対にないと言い切れるけれど、他人から見たらそうは思えないかもしれない。
俺が何か言われる分には構わないけれど、みょうじにまで飛び火するのだけは嫌だ。

…まぁ、みょうじは可愛がられているみたいだから嫌がらせされるってことはなさそうだけど。

「…みょうじに相談してみる」
「おー」
「てか前から思ってたけど太一なんで俺がみょうじ好きってわかったんだよ」
「いや、君たち自分らが思ってるより相当わかりやすいと思う。あいつら付き合ってんのって俺に聞かれることけっこうあったし」

噂のネタにされるのなんて冗談じゃないと思うけれど太一が「君たち」と言ったことが、はたから見ればみょうじも俺のこと好きに見えるということかと少し嬉しくなるんだから俺ってけっこう単純だ。

身体はめちゃくちゃ疲れているけれど、寝る前にこんな話をしたせいかなかなか寝付けなかった。
隣の太一は会話が途切れた途端に速攻で寝たけれど。






「賢二郎、なまえちゃんと付き合ってんだって?」

翌朝、朝食のために食堂に行ったら真っ先に言われた言葉は朝の挨拶ではなかった。

「は?」

先輩に対してこの返事はいかがなものか、なんてことは今はどうでもいい。

「…天童さんそれ誰から聞いたんですか?」

横目で隣の太一を見上げたら「俺じゃねーよ」と否定の言葉。
たしかに昨日の夜に話してから、太一が天童さんと話すタイミングはなかった。

「さっき一年が話してたよ〜?夜中に部屋で話してたらしいじゃん」
「部屋でって、え、まじか。ごめん白布」
「あー…」

つまりみんな寝たと思ってみょうじとのことを話していたけれど、黙っていただけで起きていた、と。
この際誰だとかはどうでもいい。
朝の食堂には全部員が集まっていて、天童さんのよく通る声はみんなに聞こえたようだった。
隠したいわけではなかった。
だけどこんな風に知れ渡るのも本意ではない。

「おはようございま、す…?」

あーくそ、タイミング悪い。
どうしようかと寝起きの頭で考えていたら答えが出る前に話題の相手であるみょうじが食堂に来てしまった。

「なまえちゃんおはよー」
「天童さんおはようございます。…え、みんなどうしたんですか?」

何かありました?と首を傾げたみょうじの髪の毛がサラッと揺れた。
心当たりのなさそうな瞳で俺のほうを見る。

「みょうじ、悪い」
「え?なに?」

他の奴らから聞かれて耳に入るよりは俺がここではっきりと伝えたほうがいい。

「付き合ってんのみんなに言った」

言った、というよりもバレたんだけど。
そんな表現はまるで悪いことをしているようで使いたくなかった。

「勝手に言ってごめん」

天童さんと俺の会話を聞いてないようなフリをしていた奴らも、もうみんなこっちを見ていて居心地が悪い。
みょうじは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、一拍置いて「そっか」と小さく息を吐いた。

「そういうことなので…って言っても何か変わるわけじゃないですけど、ね?」
「おう。部活は今まで通りやるんで、よろしくお願いします」

何がよろしくなんだよって自分で思ったけれど、軽く頭を下げたら隣のみょうじも一緒にお辞儀をしたのが気配でわかった。

この変な空気をどうしたものか…と思ったところで、パンパンと手を叩く音がして顔を上げたら主将が「はい、この話終わりな。飯食うぞー」と締めてくれて助かった。
マネージャー陣の固定席になっている扉の一番近くの席に移動するみょうじの腕を引いて「ごめん」と小さく謝ったら「ビックリして目ぇ覚めた」と笑ってくれた。
あぁ、みょうじのこういうとこに救われる。

朝食の時間は、それ以上誰かにみょうじとのことを突っ込まれることはなかった。

のだけれど。




朝食の後はロードワークだ。
一日のアップとして行われるのだけれど、学校の外のルートを走るからなるべく一般の人の交通の邪魔にならないように…という暗黙の了解の下にそれぞれペースを守って走る。
普段なら先輩達のスピードに付いていくのがやっとであることと、これから待っている一日の練習メニューが憂鬱であることもあって無駄口を叩くような奴はいないのに今日は違った。

「白布、今朝のこと…ってか昨日の夜か。悪かった」

太一が俺の隣に並んで口を開いた。

「いや、いいよ。言った方がいいって太一も言ってただろ」
「そうだけど。みょうじにも悪いことしたなー」
「あー…うん、まぁ大丈夫だろ」

タッタッと、一定のリズムを保つ足音が後ろの方で少し乱れたと思ったら他の一年が距離を詰めて話しかけてくる。

「なぁなぁ。白布とみょうじって中学から付き合ってたん?」
「俺もそれ気になってた」
「いや、付き合い出したのは最近」
「へーじゃあ一緒に白鳥沢目指そうって話してたとかじゃないんだ?」
「志望校がかぶってたのは偶然」

内心めんどくせーなと思うけれど、ここで俺が答えなくてみょうじにあれこれ聞かれるほうが嫌だった。

「マネージャーと付き合うとかロマンだよな」
「憧れる、しかもみょうじとか羨ましい」
「みょうじかわいいよなぁ」
「まぁ白布イケメンだしな、頭もいいし」

あぁ、イライラする。

暑いだけでも苛立つのにみょうじのことを話題にされるのが本当に嫌だ。
オレに話しを聞きにきたくせに自分たちだけで盛り上がっていて、だったら他所でやってくれ。

「白布の顔がやばいことになってるからお前らそのへんにしとけよ」
「えっまじだ。ごめん」
「いや…俺先に行くわ」

太一の助け舟にありがたく乗っかってスピードを上げた。
普段は悪い奴らじゃない、というか気の良い奴らだしさっきのやりとりだって悪気があるわけではないのはわかる。
だけど干渉されるのは勘弁してほしい。

ハイペースで走ったおかげで学校に戻ったときにはまだほとんどの部員が戻っていない。
数名の先輩たちが涼しい顔をして汗を拭いてドリンクを飲んでいた。
タオルとドリンクを抱えてこっちに走ってくるのはみょうじだ。

「白布おかえり!はい、どうぞ」
「おう、サンキュ」

差し出された冷えたタオルとドリンクボトルを受け取って、息を整えていると普段はすぐに他の部員のところへ奔走していくみょうじがまだ目の前から去ろうとしない。
いや、嬉しいんだけど。

「…どうした?」
「帰ってくるのいつもより早かったなぁと思って。無理しないでね」
「あー、ちょっと今日はそういう気分だっただけ」
「ふぅん?」

首を右側に緩く傾けて不思議そうな顔をしたみょうじの額をぺしりと弱くこづいたら近くにいた先輩から「イチャついてんじゃねーよ」と野次が飛んできた。
なるほど、これはイチャついているように見えるのか。
「すみません」と返事をしてみょうじのほうを見たら、みょうじも同じようなことを思っていたようで驚いたように顔を赤くしていた。

頬を染めたまま「じゃ、またあとで」と続々と戻ってくる部員たちのほうへ駆けて行った。
俺も体育館に向かおうと踵を返した、ら。

「おいコラ白布」
「瀬見さん、いてっ…痛いです」 
「うるせぇ、お前ちょっとこっち来い」

汗だくの瀬見さんが、おそらくみょうじ以外のマネージャーから受け取ったのであろうタオルを首から下げて俺のTシャツの首根っこを掴む。
そのまま引きずられるようにして体育館の脇を抜けて、裏まで連れて行かれる。
あー襟伸びる…なんて思いながら大人しく引っ張られて、パッと手を離されるけれど目の前の先輩は何か言いたげなくせに俺のことをひっどい目つきで見ている。

まぁ、このタイミングでこんな風に連れ出される心当たりなんてみょうじのこと以外にないんだけど。

「さっきみたいなの気を付けろ」
「…はい」
「お前がどう言われようが俺には関係ねぇしどうでもいいけど、マネージャーと付き合うんならそれなりの距離感保てよ。みょうじのために」
「はい」

言いたいことだけ言って、瀬見さんはタオルで乱暴に汗を拭いながら大股で体育館のほうへ戻って行く。
みょうじのため、いつだって考えているつもりだけれど、瀬見さんの口から聞くその言葉はひどく重たく胸に落ちた。


(2017.03.04.)




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