6.You may know,

「おかえり」

ホテルの部屋の扉を開けたら、不機嫌さが全身から滲み出ている幼馴染がソファを占領していた。
部屋の鍵は二つあったから、一つは彼に渡していたのだ。

「ユーリ!なんでいるの?」
「なんでって。お前がどんな顔して帰ってくるか見てやろうと思って。ヴィクトルとカツ丼食ってたんだろ」

なんで食べた物まで知ってるんだろうと思っていたらズイッと携帯を顔の前に突きつけられて、画面を見たらヴィクトルのSNSにさっきカツ丼屋さんで撮った写真がアップされていた。
いつの間に…。

「どんな顔って…」
「よかったじゃん。子ブタがいなけりゃデートだったのにな、食ったもんがカツ丼とか色気ないけど」
「…うん」

よかったじゃん、なんて言う割にユーリの顔はさっきからずっと曇った表情で、わたしもカツ丼屋さんで話していたことや、優子さんと話していたユーリの姿が頭の中を巡っていて言葉に詰まる。

「ユーリは、夜ご飯どうしたの?」

本当は一緒に食べるつもりだった。
約束なんてしていないけれど、遠征が重なったときはそうするのが暗黙の了解になっていたから。

「一人で食った」
「えっ」
「なんだよ」

…てっきり優子さんと食べるのかと思った。
だけどさっきのヴィクトルと勇利くんの話を聞いて、ユーリがただの知り合いと二人きりでご飯を食べるなんてことはないか、とも思う。

「ごめん、ユーリも誘えばよかったね」
「はァ?」
「優子さんと食べるのかと思って…」
「なんでだよ、子ブタがいるならまだしも優子と二人で飯食うほど仲良くねーよ」

そういえばユーリの口から「優子」という名前を直接聞いたのは初めてだった。

「……あのね、怒らないで聞いてほしいんだけど」
「ん?」

部屋に入った時点で不機嫌だった相手にこんな前置きをするのはどうかと思うけれど、ユーリは眉を寄せながらも返事をしてくれた。

「わたし、ユーリと優子さんって付き合ってるんだと思ってた」

一年以上勘違いしていたとはさすがに言えなかったけれど。
反応が怖くて、ユーリの顔を見ずに言ったものの返事がないからチラッと視線をあげた、ら。

「え、ユーリ…?」
「こっち見んな」
「でも…ごめんわたし変なこと言ったよね」

てっきり怒るかと思った。
そうじゃなければ呆れて溜息。

なのに、ユーリは泣きそうな顔をしていた。

目元にグッと力を入れて眉間にシワが寄るのは、涙を堪えているように見えて、予想外の反応にどうしたらいいのかわからないけれどユーリの方へ一歩近付いて、綺麗な金髪を撫でようと手を伸ばす。

「っ触んな」
「、ごめん…なさい」

伸ばした手はパシンという乾いた音と一緒に叩き落とされた。
叩くと言ってもごくごく弱い力で痛みなんてないに等しいのに、痛いと感じたのは心のほう。

どうしよう。
何か言わなくちゃ。

「ユーリ、」
「優子とは付き合ってない。っつーか誰とも付き合ったことなんてないし、そんなつもりもない」

エメラルドグリーンの瞳がわたしを捕らえる。

「……なまえがオレのこと家族としか見てないことはわかってる」

心臓のあたりが、ズキズキ痛い。

「だけど、オレは」

泣きそうなのはユーリのはずなのに、なんでだろう、わたしの視界まで滲んだ。

「オレは、お前のこと、家族だなんて思ってない」

それはどういう意味?と頭に浮かんだ言葉が音になる前に、ユーリがソファから立ち上がる。
さっき拒絶されたわたしの右手をそっと取って、優しく撫でながら「悪い」とつぶやかれた声はひどく小さくて弱々しい。
それだけ告げて、ユーリは部屋から出て行った。

一人で眠ることがないわけではないのに、むしろ昨シーズンからはそのほうが多かったのに、ユーリが出て行った部屋はひどく広くて寂しい。

見送った背中は同年代の男の子にしてはすごく華奢で、身体だってスケートに必要な筋肉しか付いていない。
成長期だからぐんぐん背は伸びているけれど、あの細い身体でいろんなものを背負っている。
わたしは、ユーリに甘えすぎていたのかな。
ユーリが優しいから、なにも考えずにそばにいることができた。
好きな人が初めてできて、真っ先にユーリに相談したのはもう何年も前の話で。
わたしの初恋はヴィクトル。
これは間違いない、と思う。
だけど、幼すぎた恋心の中にスケーターとしての憧れが入っていなかったと言ったら嘘になるんだろうな。


「恋愛っていうのは綺麗な感情だけじゃないんだよ。自分のものにしたい、自分を見てほしい、手の届くところにいてほしい」


ヴィクトルの言った言葉を頭の中で反芻する。
わたしはヴィクトルのことを遠くから見ていることができれば満足だった。
多分、恋に恋をしていたって言葉を使うとしたらこんな時なんだ。

じゃあ、ユーリに対しては?

ユーリは自分のもの、なんて考えたことはなかったけれど、いつも一緒にいた。
ユーリがニッポンに行ったとき、いつ帰ってくるのかわかっている遠征とはワケが違うんだって寂しかった。

優子さんといるユーリを見て、苦しくて息ができないと思った。
家族だなんて思ってないと言われて、悲しいはずなのに心臓がうるさいくらい早く動くのは、期待があるから。


きっと、ユーリに対する想いはもうとっくに自分の中で違う感情に変化していた。


(2017.02.20.)



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