15.君の言葉で魔法にかかる

世界が色を変えるって、きっとこういうことを言うんだ。


昨日からずっとふわふわ浮いているみたいな気持ちで、目に映るものが全部キラキラして見える。

今朝だって嘘みたいにパッチリと目が覚めた。
昨日の夜はずっとドキドキしていてなかなか眠れなかったのに。
目を閉じたら白布の照れた顔とか、「好きだ」って言ってくれた少し掠れた声とか、いろんなことが頭の中をぐるぐるした。


登校の準備をするのもいつもと少し心持ちが違って、髪の毛おかしくないかなとか。
リボン曲がってないかな、とか。
スカート丈短すぎないかな、とか。
いつもと同じように準備しているはずなのになんだか落ち着かない。
どうせ学校に着いたらすぐにジャージとTシャツに着替えるのに。

昨日、白布に告白されたんだなぁ。
嘘みたいだなぁ。
彼女かぁ、と思うと鏡に映る自分の顔がカーッと赤くなって自分で照れる。


彼女…かのじょ……?
あれ、ちょっと待って。



好きだと言われたし、好きだと言ったけれど、付き合いましょうって話はしていない、な。

鏡の中の自分を見て首を傾げた。


…そうだよね、白布はそれどころじゃないよね。
部活忙しいし、レギュラー狙ってるし、勉強だって手ぇ抜かないし。
付き合うとか、彼氏彼女だとか浮かれてる場合じゃないよ、ね。
ただ好きだと言ってくれたことが嬉しい。
同じ気持ちだってわかったことが嬉しい。

そう思うのは嘘じゃないけれど、さっきのキラキラは世界から消えていた。








「おはようございます!」
「おっす」
「おはよー。あれなまえちゃん今日なんか顔違う?」
「え、」
「顔違うってなんだよ、一日で変わんねぇだろ」

テスト休み初日、着替えて体育館に向かえば入り口の近くにいた天童さんと瀬見先輩が挨拶を返してくれた。

「うーん、そうだけど。なんか良いことあった?」

天童さんが顔を覗き込むようにして近付いてくる。

「おい天童、近い。みょうじビビってるからやめてやれ」
「英太くんはそう思わない?」
「はぁ?別にいつもと変わんねぇよ」
「うん、まぁいつも通り小動物みたいでかわいいんだけど」

し、小動物……?

「英太くんもそう思うよね?」と天童さんが言ったら瀬見先輩が「いいからもう黙れ!」と大きな声で言うから周りの部員達に不思議そうな目で見られてしまった。

「みょうじ、はよ」
「あっ白布おはよう」
「……」
「…ん?」
「いや…今日も頑張ろうな」

白布がいつもみたいに挨拶してくれて、普段通りなんだけどちょっと照れるなぁ。
どう接したらいいんだろ。
ちょっとくらい特別だって思ってもいいかな。
顔が勝手に緩みそうになるのを、なんとか両手を頬にあてて食い止めた。



今日は午前中はテスト期間で鈍った身体をほぐす為に基礎練が中心で、午後からは試合感覚を取り戻すために練習試合が組まれていた。
相手は県内の大学バレー部だ。
うちは全国常連校だし、もう県内の高校では相手にならない(って先輩が言ってた)。


「相手校のお迎え行ってきまーす」
「おう、頼んだぞ」

白鳥沢の校内は広いから、練習試合にわざわざ赴いてくれる学校が迷子にならないようにマネージャーが迎えに行くのが通例だ。

到着予定時間よりも五分早いくらいの時間に、大きなシャトルバスが到着した。
バスの窓から選手であろうみなさんにジロジロ見られるのはいつものことだけれど、ちょっとそわそわする。

(使えないマネージャーとか、思われないようにしなきゃ)

男子の部活の中で女子マネージャーというのは立場が微妙だ、と思うことがある。
よく知らない人には「マネって楽しそう」とか「選手と仲良くできて羨ましい」とか言われることも珍しくない。
実際はマネージャーだって体力勝負だし、選手とはあくまでもサポートする立場として接しているし、けっこう大変なのに。

だからこそ隙のないように気を引き締めて頑張らないと、と日々思うのだ。


シャトルバスから降りてきた大学生のみなさんは体つきからして高校生よりも一回り「大きい」という感じ。
すぐに「今日はよろしくお願いします」と監督、コーチ、部長さんが挨拶をしてくれた。
よかった、良い人そうだ。

「こちらこそよろしくお願いします、マネージャーのみょうじです。体育館までご案内させていただきます」

ぺこり、と頭を下げたら大きな声でみなさんが「お願いします!」と返してくれたからまたホッとした。



相手校のみなさんを体育館に案内して、選手同士が挨拶やアップを始めたのでわたしはカゴにスクイズを詰めて外の水道へと向かった。

うちの分と、相手校の分、いつもの倍以上ドリンクを作らなきゃいけないから急がないと。
スポドリの粉は先に入れておいたから、あとは水を入れるだけ。

急げ、急げ、と思いながら一人で水道でバタバタしていた、ら。

「手伝います」

後ろから聞きなれない声が降ってきた。

「え、っと」
「宮城野大二年の橋本です」
「橋本さん、みょうじです」
「みょうじちゃん!よろしくね」

そう言うと橋本さんはボトルの中を覗いて「水、上まで入れていいんだよね?」と聞いてくる。

「はい、ってそうじゃなくて!選手に手伝ってもらうわけにはいかないです!」
「あーいいのいいの、俺いま怪我してて試合出れないからマネージャー業やってんだ」

カラッとした笑顔で言われて一瞬返事に困る。

「怪我って…」
「あぁ、ただの捻挫だから全然深刻じゃないんだけど」
「あっそうなんですね」
「みょうじちゃんめちゃくちゃ顔に出るね」
「えっ」
「いまどうしようって顔の後、すげーホッとした顔した」
「す、すみません…」
「いやいや。素直でかわいい」

わぁ…大学生ってチャラい…。
なんと返せばいいのかわからなくて苦笑いで返してしまった。



「よし、じゃあ俺こっち持っていくね」
「ありがとうございます」

橋本さんはしっかり手伝ってくれて(水を入れるだけなのだけど、それでも作業スピードが二倍になったのだからとても助かった)体育館まで重たいカゴを持ちながら二人で並んで歩いている。

「みょうじちゃんって中学の時からマネージャーやってたの?」
「はい」
「そっかーなんか迎えに来てくれたときからしっかりしてそうだなって思って」

それは、かなり嬉しい。
しっかりしているって言われたこともだけれど、昔からマネージャーをやっていたように見てもらえたことが。
橋川さんはちょっとチャラいっぽいけれど、良い人だとわたしの中で認定されました。

「えへへ、ありがとうございます」
「なんでお礼?思ったこと言っただけ。あ、みょうじちゃん後で連絡先教えてよ」
「えっ、そっちこそなんでですか」
「そっちこそって」

体育館に足を踏み入れたタイミングで、連絡先を…なんてちょっとやめてほしい。
誰かに聞かれたら気まずすぎる。
早くこの会話を終わらせないと、と少し失礼な言い方になってしまったけれど橋本さんはおもしろそうに笑っている。

「みょうじちゃんともっと仲良くなりたいから」
「…宮城野ならまた練習試合きっとありますから、そのときお話するくらいなら」
「えー冷たいな。もしかして彼氏いる?」
「彼氏は、いませんけど」

む、と自分の顔がブサイクになったのがわかった。
彼氏いるの?はいまちょっと地雷ですよ橋本さん。
気持ちが通じただけで幸せなのにやっぱり彼氏彼女になりたいなんて、朝考えていたことは昼過ぎになっても消えていなかった。

「じゃあいいじゃん」と言った橋本さんの顔を見上げたのと同時に、手に持っていたドリンクのカゴがふっと軽くなった。


「みょうじ、これB面のベンチに運ぶんでいい?」

練習着にビブスを着た白布がわたしの持っていたカゴを持ってくれたのだ。

「白布!うん、ありがとう」
「そっちは?」

そっち、と言いながら目で橋本さんが持ってくれているドリンクを指す。

「そっちのもB面だよ。A面のはまだ水道にあって…」
「了解。じゃあそれもらってB面置きに行くぞ」
「うん、橋本さんカゴもらいます。ありがとうございました」
「いいえーみょうじちゃんまたあとでね」
「はい」
「…うちのが世話になったみたいで、すみません」

そう言って白布は大股でB面のほうへ歩いて行ってしまった。
わたしはもう一度橋本さんに会釈をして白布の後ろ姿を追いかける。

「あらら、めっちゃ牽制された」なんて、橋本さんが後ろで笑う声がした。



B面にドリンクを置いたらすぐにまた水道にある分を取りに戻る。
白布が一人じゃ往復しないといけないだろって付いて来てくれて、申し訳ないけれど助かるし、嬉しい。

やっぱり近くにいてくれるだけでいいし、大好きだなぁなんて呑気に思っていたら白布がわたしの手首を突然掴んだ。

「えっなに?どうしたの?」
「お前…記憶どっかいったの」
「へ?」
「昨日のこと」

昨日のこと、ってつまり。
一緒に帰ってかき氷を食べて、告白してくれたこと、だよね。

「お、覚えてるよ」
「じゃあなんで…」

忘れるわけないし、なんなら言ってくれた言葉とかあのときの白布の表情とか手のひらの温度とか全部全部大切に仕舞っておきたいくらいなのに。

「なんで、彼氏いないとか言ってんの」
「え…」
「え、じゃなくて」
「だって、付き合おうって話になってなかったなって、思って」
「はぁ?」

白布が思いっきり顔をしかめた。
はぁ?って。
「白布、顔怖い…」と我ながら消え入りそうな声でつぶやけば今度は脱力したように溜息を吐かれた。

「あー…いや、ちゃんと言わなかった俺が悪い…」

まっすぐ意志の強い瞳で見つめられて、息が止まりそうになる。

「好きだから、付き合おう」
「えっ」
「返事は?」
「は、はい」
「うん、よし。じゃあ戻ろう」
「え、えぇ?」 
「そっちのドリンク持って」
「うん。ってそうじゃなくて白布くん?」
「なんですかみょうじさん」
「こんなあっさりでいいものなの?」
「嫌なの?」

残っていたカゴを白布が持ってこっちを見る。
嫌なわけ、ないのに。

「…いじわる」
「ほら、早く行くぞ」

さっきは重たくて仕方なかったドリンクを持ったら不思議と軽く感じた。
同じ量が入っているはずなのに。
隣を歩く白布のことをこっそり見上げたらさっきまで不機嫌そうだったのが嘘みたいに珍しく口角があがっていて、暑いと感じていた太陽の熱でさえ心地良いな、なんて思った。



幸せだなぁって言ったら白布はなんて返してくれるかな。

(2016.12.15.)


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -