14.心にふれさせて

ひとつ疑問に思っていたことがある。

「みょうじって、牛島さんのことどう思ってんの」

ずっと聞きたくて、聞けなかったことだ。





教室にみょうじのカバンを取りに戻り、そのまま一緒に電車に揺られ、最寄り駅に着いたところで「そーいや前に話してたかき氷、食いに行こう」と誘った。
すぐに「行きたい!」と即答してくれたことに内心ほっとする。
最近曇りがちな表情が多いけれど、こうやって誘えば断られることはないから嫌われたとかではなくて気を遣われているのだと思う。


平日の昼間、狭い店内は俺たちと、いつもいる店のおばさんしかいない。
カラカラと音の鳴る横開きの扉を開けて店に入ったら「あら、夏服になったんだねぇ」なんて穏やかな声で迎えられた。

注文したかき氷を待つ間、冷房のそれほど効いていない店内で発した「牛島さんのことどう思ってんの」という俺の質問にみょうじは不思議そうに首を傾げた。

「え…急になんで牛島さん…?」

急にではない。
そもそもみょうじを意識するキッカケとなった人物だ。

「なんとなく。あんま話してるとこ見ないよな」
「うんー…そんなに気軽に話せる人ではない、かなぁ。牛島さんちょっと近寄りがたいかも」

あ、嫌いとかではもちろんないけど、と付け足すように言う。
これは少し肩透かしを食らった気分だ。
俺たちが中三のときに観に行ったインハイ予選の決勝戦、そのときみょうじは「牛島さんかっこよかった」と、そう言っていたのだ。
入学してからもみょうじの目線の先はどうしても気になってしまったけれど、部活中はマネージャー業に専念していることしかわからなかった。

「牛島さん、すごいよね」
「…うん」
「白布がトスあげるとこ、早く見たいな」

無自覚でこういうこと言うところがずるいと思う。
自分がどんな顔して話しているか、わかっているんだろうか。
めちゃくちゃ油断したようにふわっと笑うみょうじの言葉に、俺がレギュラー入りすることへの疑いなんてこれっぽっちもない。

おばさんのもってきてくれたかき氷は、いちご味と抹茶味。
みょうじがいちごで、俺が抹茶。
シンプルなかき氷だけれど祭りのときなんかに屋台で売っているものとは違って、口に入れたら雪みたいに柔らかくてすぐに溶けてなくなった。

「ふわっふわだね…!」
「だな」
「おいしい…」

ぱくぱくと食べ進めるみょうじを見ながら、その勢いで食べたら頭痛くなるんじゃねぇの?と声をかけようとした矢先、みょうじが「あっきた…」とか言いながらコメカミを押さえるから吹き出すように笑ってしまう。

「たい焼きもいいけど、かき氷もすごくおいしいね。また食べたいな」
「夏の間にまた来よう。帰り道だしいつでも来れるだろ」

そう言って笑い合った一瞬あとに、みょうじが少し俯いて、慌てたようにまた一口食べた。

「明日から、練習もっとハードになるね」
「だな」

さっき太一とも話したように、明日から夏休みだ。
朝から日が暮れるまでバレー、合宿、遠征、インターハイ。
息つく間もないのだろうとミーティングで配られたスケジュールを見て再確認した。
だからこそ今日、みょうじとどうしても話したかった。
いつでも来れるなんて言ったけれど今日を逃したら落ち着いて話せるのが次いつになるのかわからなかったから。

夏が終わるまで、待てないと思ったから。

目の前でちまちまとかき氷を掬って口に運ぶみょうじのことを見て胸の奥がチリチリするような感覚がした。





「じゃあ、また明日ね」

店を出て、みょうじの家と俺の家との分岐点に着いたところでみょうじが立ち止まり言う。
まだ陽も高くて普段なら俺も「じゃあな」と手を振るところだけれど、今日は違うのだ。

「家まで送る」

そう言ったら案の定みょうじが少し驚いた顔をした。

「えっいいよ、大丈夫」
「…大丈夫とかじゃなくて、俺がそうしたい」
「…?」

みょうじはまだ不思議そうな表情をしているけれど、俺がみょうじの家への道を歩き出したら何も言わないで付いてきた。
ひょこひょこと小走り気味のみょうじの歩幅に合わせて速度を落とす。
隣を見下ろしたらみょうじの髪の毛がサラサラと風に吹かれて見慣れた光景なのにやっぱり胸のあたりが軋む音がした。


「送ってくれてありがとう」

みょうじの家にはすぐに着いてしまった。
真昼間に人様の家の前で立ち話って、しかも内容が内容だし、着いてからミスったと思う。
やっぱり緊張しているのかもしれない。

「あー、ごめん、ちょっと時間もらいたいんだけど」
「?なに?なんか今日、白布変じゃない?」

俺だってそう思う。
俺らしくない。

「大事な話、したいから」

少なくとも俺だったらこの状況で相手にこんなこと言われたら何を言われるのか予測できる、と思う。
みょうじはデカい瞳を少し潤ませて唇をきゅっと引き結んだ。

その変化が俺にとって良いものなのか、逆なのか、俺にはわからない。

「みょうじ、」
「なに…?」
「俺と一緒にいて、周りが俺たちのこと…付き合ってるとか勘違いしたら、みょうじは迷惑?」

我ながら回りくどいと思うし予防線を張っているようでかっこ悪い。
こういうときに迷惑だなんてみょうじは言わないってわかっている。

「…迷惑なのは、白布のほうじゃないのって思う」
「そんなわけない」
「だって、好きな子いるって」

みょうじの瞳が揺れて、言葉の終わりは消えそうなほど小さな声だった。

「…俺が好きなのは、みょうじだよ」

なんて伝えようか、どう言えば俺がどれだけみょうじのことが好きなのか伝わるのか、そんなこと考える余裕もなく口からスルリと言葉が出た。
言ってしまってから心臓がドクドクとうるさく騒ぎ始める。

「え…」
「中学の時から好きだった。だから誤解されるとか正直そんなのどうでもいい。俺はみょうじといたいから一緒にいるだけ」

息をのんだみょうじがこれでもかってくらいに目を見開いて、ぱちぱちとまばたきをしたあと視線を逸らされてしまった。
そう長くない沈黙が重たくて、みょうじのことを見つめるけれど俯いているから前髪で表情が読めない。
みょうじが少しだけ顔をあげたらいまにも泣き出しそうな表情で、形の良い唇が震えるように言葉を紡いだ。



「ご、ごめん…」



あ、やばい、思ってたよりしんどい。
どう転んでも後悔はしないと思ったのに。



「あっ違うの、そうじゃなくてちょっと待って…」


え?え?と一人で言いながらみょうじが両手を自分の頬にあてる。
顔が赤い。
耳まで赤い。

「ほ、本当に?」
「こんな嘘つくかよ」

そうなんとか声を絞り出せば、みょうじの顔の赤色がまた深くなって今度はまっすぐに俺の瞳を見上げた。

「う……」
「は?」
「う、嬉しくて、ちょっと待って…」
「……そういうこと言うと期待するけど」

唸り始めたと思ったらそんなことを言うものだからみょうじとの距離を一歩詰めたら、その分みょうじが後ずさる。
…なんなんだ。
 
「前に、白布が好きな人いるのかって聞いたでしょ?」
「…おう」
「言っちゃいけないと思ってたの。言ったら、白布困ると思って」

ジリジリと焼けるように太陽が射していて、みょうじの家の屋根の下にいるから直射日光は当たらないけれど反射熱が痛いくらい暑い、熱い。

「わたしも、」

蝉の鳴き声が遠くから聞こえる。
うるさい、みょうじの声、消さないでくれ。



「白布が好き」


俺の目をまっすぐに見るみょうじの瞳はいまにもこぼれそうなほど涙が溜まっていて、思わず手を伸ばす。
頬に手を添えて、目尻を拭うように指の腹で撫でたらみょうじがくすぐったそうに「泣いてないのに」と言った。

欲しいものは手を伸ばさないと届かないのだと、いつの頃からか知っていた。
傷付くかもしれないし失うことになるかもしれないと思ったけれど、手を伸ばさずにはいられなかった。
触れた目尻も、撫でた頬も、その度に赤く染まっていくから、もっともっと、とみょうじの小さな手を包むように握りしめた。


「好きだよ」


何度言っても足りない、みょうじのことが好きだ。

(2016.12.10.)


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