13.その手を掬い取る

ようやく期末テストが終わった。

やっと終わった、という思いと、あぁ終わってしまった、という思い。


期末前にみょうじと話していてつい口走ったのだ。
「好き奴がいる」と。
しかも流れで「期末が終わったら話す」とも。
半分勢いで言ってしまったものの、なかったことにするつもりは全くない。

良い機会なのだ、きっと。




「白布、ミーティング行こうぜー」
「おう」
「テストどうだった?」
「それなりにできたはず」
「まじか、さすが」
「太一は?」
「それは聞くな」

ミーティングを行うのは体育館が多いのだが、今日は体育館の定期点検があるとかで使用できないらしい。
そんなのテスト期間中に済ませておいてくれって思うのは俺だけだろうか。
体育館が使えないから部活自体は休みで、体育館を使わない練習であれば各自やっても良いとのことだった。

体育館を使えないのならできることなんて限られていて、ランニングかウェイトトレーニングくらいだろう。

隣を歩く川西太一は同じバレー部で、太一も手には学校指定の通学カバンしか持っていなかったから練習はしないつもりのようだ。
チラリと太一の手元を確認したら、隣から抑揚のない声が降ってくる。

「明日から夏休みか」
「正確にはまだ何日かあるけどな」
「あー考えただけでゾッとするわ」
「夏休みの補習ないといいな」
「白布完全に他人事だろ…」

明日から始まる地獄のような練習(…と先輩が言っていた)を控えて、好き好んで体を痛めつけるのなんて御免だ。
定期試験が終わった後は二日間のテスト休みがある。
先生達がテストの採点をする期間、学校は休みで休み明けに答案を一気に返されて解説授業を行い、それを終えたら晴れて夏休み。

つまり、明日から実質夏休みのようなものだ。
暑くて長い、けれどきっとあっという間なバレー漬けの一ヶ月になるだろう。






ミーティングルームに入るとパラパラと部員が集まっている。
デカイ部員たちの間を縫うように、せかせか働いている姿が目に入った。
みょうじが席にプリントを置いて回っているのだ。

「あっ白布と川西くん!お疲れさまー前から詰めて座ってね」
「お疲れ、手伝うか?」
「いやいや、マネージャーの仕事ですから。座って待ってて」

そう言われてしまったらしつこく言うのもどうかと思うし、大人しく前の方の席に川西と座った。

「白布とみょうじって本当仲良いよな」
「…普通だろ」

まぁ、他の奴らより親しい自信はあるけれど、なんてことはもちろん言わない。
みょうじから視線を外して、渡されたプリントに目を通していると続々と先輩が集まってきて、低い声が「みょうじ、」と呼んだ声が聞こえた。
ミーティングルームはざわついているのに、やけにその声だけ鮮明に聞こえて声のする方に目を向けたら太一も一緒に顔を上げた。
いま到着したであろう瀬見さんが、みょうじと話をしている。

「……」
「白布顔こわ」
「はぁ?」
「瀬見さんもわかりやすくみょうじのこと構ってるもんな」

その太一の言葉には返事をせずに二人を眺めていたら、瀬見さんがみょうじの手からプリントを半分くらい奪った。
慌てたように取り返そうとしているけれど、瀬見さんがスタスタと後ろの方の席へ歩いて行ってしまえば足の長さが違うみょうじは追いかけるのを諦めて自分の手に残ったプリント配りを再開した。

「あーぁ、白布は断られたのにな」
「…うるせぇよ」

程なくして始まったミーティングでは、明日からの長期休みのスケジュールやインターハイでの遠征の説明などが主だった。

「じゃあミーティングはここまで。今日は解散、自主練する奴も程々にな、明日からしごくぞ」

なんて主将の言葉を締めに、ミーティングは終了。
ガタガタと椅子を鳴らしながら、部員たちは解散していった。

「白布は帰んの?」
「ん、今日は帰るわ」
「じゃー帰ろうぜ」
「あー…俺ちょっと。先帰っていいよ」

太一とそんな会話をして、みょうじのことをチラッと見ると余ったプリントを回収していた。
俺の視線の先に気付いた太一に「ふーん」とニヤつかれたのを軽く睨めばまた笑いながら「まぁ頑張れよ」とか言うから殴ってやろうかと思った。





「みょうじ」
「白布、どしたの?」
「一緒に帰ろうと思って」
「えっ」
「え、なに」
「自主練しないの?」
「あー…今日体育館使えないからウェイトくらいしかできないし、ウェイト室先輩でいっぱいだろうし」
「…白布、筋トレ嫌いだもんね」
「なんで知ってんの」
「いや、なんとなくイメージだけど。当たってた?」
「んー」

たしかに積極的にウェイトをする奴なんてあんまりいないだろうけれど、そういうイメージってどういうことだ。

「筋トレわたしも嫌い」
「みょうじやる必要ないだろ」
「うん、けどさ、たまに腹筋とかやろうかなーって思い立つことがあるんだよ」

そう言いながら、右腕を持ち上げて力こぶを作ろうと力を込めている。
普段からマネージャー業で重さのあるものを持つ機会もあるだろうから弛んでいるなんてことは全くないけれど、力こぶはできていない。

「白布はなんで筋トレ嫌いなの?」
「…あー」
「うん?」
「……鍛えすぎると背ぇ伸びなくなるって言うだろ」

なんとなく恥ずかしくてみょうじから視線を外しながら言ったら、少しの沈黙の後、盛大に吹き出す音がした。

「おい、笑うな」
「ご、ごめん、だって、かわいい…」
「はぁ?」
「背、気にしてるの?」
「…まぁバレーやるには足りないから」

まだ肩を震わせているみょうじを横目で睨むとへらっと力の抜けた笑顔を向けられる。

「まだ伸びるよ、きっと」
「思ってねぇだろ」
「あはは」
「おい」

一緒に帰ろうと誘ったことをなんとなく誤魔化されたような気がして、もう一度念を押すように「カバン、教室?」と聞けば少し困ったような顔で頷かれる。

多分、ここのところみょうじは俺のことを避けようとしていた。

理由はわかっている。
俺との関係を他の奴らに誤解されたくないのだ。

だったら、誤解じゃなくて本当にすればいい。

できあがった関係を壊すのは怖いけれど今の状況に満足するつもりなんて鼻からなかったし、二の足を踏んでいる間に他の男に奪われるのなんて御免だ。
脳裏に浮かぶのは中学時代に見たインハイ予選での牛島さん、卒業式での石川、そして瀬見さん。
俺が気持ちを告げたら、みょうじは困るだろうか。
みょうじが俺のことをどう思っているのか、みょうじは誰か特別な奴がいるのか、考えないわけではない。
拒絶されるのは怖い。

それでも、廊下を歩くみょうじが不意に俺のことを見上げて「そういえばテスト、できたよ、多分」とはにかむように笑って言うから、この笑顔が俺だけのものになればいいのにと、そう思ってしまうんだ。

(2016.11.05.)


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -