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地方大会のある週末。
前乗り、つまり試合のある前日から遠征場所に入ることになっていて、みんなで着いたホテルはなかなか豪華なホテルだった。

みんなが口々に「自分たちはまたテント…?」なんて言うのがおかしくて笑ってしまう。
地方大会出場が決まってから日にちがないなかであまちゃん先生と交通手段やホテルの手配をするのはバタついた。
大会会場との近さや設備で選んだけれど、どうやらそう考えていたのはわたしたちだけではなかったようで、

「江さーん!」

…後ろから、いつの間にか聞き慣れたものになった御子柴くんの声がした。
鮫柄水泳部御一行も同じホテルだなんて。
気まずい、非常に気まずい。
何かと縁がありすぎる。

「お兄ちゃんたちもこのホテルなの?」
「おう、偶然だな」

江ちゃんは嬉しそうに凛に駆け寄っている。
普段から寮生活の凛にはなかなか会えないだろうし、微笑ましいなぁと思うけれど、わたしは一刻も早く逃げたい。

真琴とは仲直りしたけれど、宗介と言い合いになって壁に追いやられている様子を見られたのは県大会のことでつい最近のことだし、宗介とはそれ以来連絡を取っていなかった。
宗介の泳ぎへの違和感は解消されていないけれど、わたしにはこれ以上追及することはできない。

チラ、と隣に立つ真琴のことを見上げたら凛と江ちゃんのことを見て笑っている。
たしかに県大会での出来事は「もういいから」と言われたけれど、本当に気にしていないってことなんだろうか。
それなら、わたしも何もなかったように振る舞うべき…なのかなぁ。

江ちゃんが宗介にも挨拶をしていて、いつぞやのスポーツショップで感じた疎外感を思い出す。
わたしには向けないような優しい声と表情。
それを寂しいと思うのは幼馴染だから、という理由では許されないのだろうか。


「そういえば、宗介くんこの前うちの近くの駅にいたよね?」

江ちゃんの言葉に、宗介が顔をしかめる。
実家に用事でもあったのだろうかと思っていたらまたもや御子柴くんのカットインからの凛のシスコン発揮によりその話は打ち切りになった。
凛に怒られながら引きずられていく御子柴くんに苦笑しながら、チェックインの手続きを済ませた。



「じゃあ少し部屋で休んで、六時にまたロビー集合で夕飯食べに行こう」
「はーい!」
「なまえちゃん、先生、行きましょう!」

真琴の指示に渚くんが元気よく返事をして、わたしはあまちゃんと江ちゃんと自分の部屋へと向かった。


「わー部屋広いね」
「三人部屋ですからね!一泊だけなんてもったいないですねー」
「本当ね。泊まりってちょっとわくわくしちゃう」

どのベッドを誰が使うか、とか自分のカバンはここに置かせてもらうとか、部屋の窓からの景色を眺めたりしてキャッキャッと柄にもなくはしゃいでしまう。
旅行なんて家族以外とするのは修学旅行か合宿くらいなんだから仕方ない。

「けど、もう一回遠征の機会ありますからね!全国大会!行くんですから!」

そう言う江ちゃんの瞳がキラキラしていて頼もしくてあまちゃんと顔を見合わせて笑う。
三年生にとっては最後の大会、こうやって江ちゃんたちと部活のことで一緒に過ごせる時間は残り少ない。

「全国大会は神奈川かぁ、関東行けるの嬉しいですね」
「そうね、旅行ではないけど夏休み期間だし少しくらい観光できるかしら」
「あまちゃんは教師になる前は東京にいたんですよね?」
「わぁ、じゃあオシャレなお店とか連れて行ってほしいですー!」

江ちゃんがさっきとはまた違うように瞳を輝かせて言ったあと、「あっもちろん遊びで行くわけではないっていうのはわかってるんですけど」と少しシュンとする。
あまちゃんは苦笑しながらも「何かおいしいものでも食べに行きましょうね」と言ってくれた。

「住んでいたのは東京だから神奈川にはそこまで詳しくないんだけどね」
「今年の会場って横浜でしたよね?」
「そうよ、横浜なら中華街とか赤レンガとかかしら…」
「中華街!行ってみたいです!」

岩鳶で生まれ育ったわたしと江ちゃんにとっては「関東」はひとくくりで、神奈川に行けるというだけでわくわくしてしまう。
ネズミーランドに行きたい、と言ったら「千葉だからちょっと遠い」と言われてしまった。

東京(と神奈川と千葉)トークで盛り上がっていたらあっという間に夕飯の時間だ。
「夜、また話しましょうね!」という江ちゃんの言葉を締めに、身支度を整えてロビーへ向かった。






「…夜話そうねーなんて言ってたのに……」


いや、全然いいんだけど。
朝早かったし移動の電車の中でもずっと起きていたし、夜ご飯はトンカツをたっぷり食べてお腹いっぱいになったし、仕方ないのだけど。

わたしがお風呂から上がったら江ちゃんもあまちゃんも自分のベッドですやすや寝ていて少し肩透かしを食らった気分になった。
あまちゃんはしっかり掛け布団をかけている。
普段から規則正しい生活が美容のもと!って言っているし、寝るのはいつも早いんだろうな。
江ちゃんはテレビのリモコンを握ったまますやすや寝息を立てていて、その手からそーっとリモコンを抜き取ってテレビを消して、投げ出されていた掛け布団をかけてあげた。



部屋の電気を落として、ベッドに寝転び寝返りを打つこと数十分。

「眠くない…」

明日も早いし、わたしも早く寝ないと……と思えば思うほど眠気がやって来てくれないのはどうしてだろう。
携帯を開いてみると時刻はまだ十一時過ぎで、眠くないのも納得の時間だ。
かと言って二人は相変わらずスヤスヤと気持ちよさそうな寝息を立てているからテレビを点けたりなんてこともできない。

…そういえば、一階に小さな売店があったなぁ。
まだ開いてるんだろうか、お土産でも買おうかな。
どうせ寝転がってても眠れないし。

部屋に置いてあったパジャマを着ていたのでさすがにこの服装では出掛けられないな、と明日着る予定のジャージとTシャツに着替える。
小さく「いってきまーす…」と一応二人に声をかけて鍵をそっと持ち部屋を出ると、こんな時間だからかホテルの廊下はすっかり静まっていて、油断して歩いていたら「なまえ、」と声をかけられて肩が跳ねた。


そろりと振り返ればそこには少し顔色の悪いハルが立っていた。

「ハル…どうしたの?こんな時間に」
「人のこと言えないだろ」
「まぁそうなんだけど。顔、青いけど大丈夫…?」
「…あぁ」

明日の大会、緊張しているのだろうか。
ハルでもそんなことがあるんだな、と隣に立ち一緒にエレベーターを待つ。

わたしとハルの宿泊階に到着したエレベーターの扉が開いて中を見れば、驚いたように眉をひそめる宗介がいた。


(2016.09.14.)


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