12.気付いてほしい

「みょうじさん、先輩が呼んでるよ」

期末テスト一日目。
今日の科目を終えて下校の準備をしていたらクラスメイトにそう声をかけられた。

「バレー部の人だってー」と教えてくれた子にお礼を言って、教室の扉へ目を向ければそこには案の定というかなんというか、瀬見先輩がいた。

「瀬見先輩!お疲れ様です」
「おーお疲れ様」

顔を見ると時間に限らず「おはようございます」「お疲れ様です」と言ってしまうのは体育会系の部活だからだろうか。
テスト期間前はどの部活も活動をしてはいけない、もちろん全国大会常連である男子バレー部も例にもれず一週間前から部活は休みになっていた。
部活がなければ広い校舎内で先輩に会うということは滅多になくて、瀬見先輩に会うのも少し久しぶりだ。

「何か連絡事項ですか?」
「そう。テスト明けの部活、ミーティングだけだから練習着いらねぇって回しといて」
「えっそうなんですか」
「まぁ自主練はしていいらしいけど」
「わかりました、それも伝えておきますね。いつもありがとうございます」
「…いや、誰かがやんなきゃいけないからな」
「二年生マネージャーいないですもんね」

部活の連絡事項は顧問やコーチから三年生へ、三年生から二年生へ、そして一年生へ…というように伝えられて、その役割はマネージャーが仰せつかることになっているのだけれど、二年生の代にはマネージャーがいないのだ。
なので二年生は選手がわたしのところへ来てくれて、その選手は大体瀬見先輩。

「そういえば、瀬見先輩って一組なんですか?」
「三組だけど。なにいきなり」
「毎回瀬見先輩が連絡係してくれるので、なんとなく一組なのかなぁ?と思いまして」

けどそうか、三組か。
じゃあなんでわざわざ瀬見先輩が来てくれるのかなぁとちょっと不思議だけれど、そこを掘り下げても何もないだろう。
…と思ったのに。

「なんでだと思う?」
「え?」
「俺がわざわざ一年のとこまで来る理由」
「…理由って、マネがいないから仕方なく…じゃないんですか?」
「それもあるけど」
「えー…?」

背の高い先輩を見上げながら首を傾げると、先輩は少し口角を上げながらわたしのことを見下ろしてくる。
ずっと見上げていたら首が痛くなりそうだな、なんて考えは浮かぶけれど投げかけられた質問の答えはさっぱりわからない。

白鳥沢学園の校舎は広い。
生徒数も多いから当然クラス数も多くて、二年生が一年生の教室にわざわざ足を運ぶというのは人によっては面倒だと感じるだろう。

部活の連絡事項を伝えにくることに理由もなにもないのでは?と思うけれどそうではないと言う。
入部して約三か月が経つけれど正直瀬見先輩の考えていることをそこまで読める程、先輩のことを知らない。

「てかお前テスト大丈夫なのか?」
「まぁまぁって感じです」
「一般入試で入ってるんだもんな、俺らとは違うか」
「俺ら…瀬見先輩、勉強苦手なんですか…?」
「バレー部はほとんど推薦で入ってるからなぁ」

そう言いながら髪の毛をガシガシとかいて溜息をはいた。
先程投げられた質問の答えは教えてくれないのかと思うけれど蒸し返すほどの話題でもないか。

「赤点取らなきゃいいかって程度にしか勉強してねぇよ」
「大平先輩とか成績良さそうですよね」
「あーだな。寮で勉強するときは大体獅音に聞いてるわ」

部活で接するときは雑談なんてできないし、たまに廊下で話すことはあっても連絡事項をササッと手短に伝えるだけ…ということばかりだから、こんな風に話が広がっていくのはなんだか不思議だ。
以前テーピングを頼まれたことがあって、その時に白布とのことを突っ込まれたから勝手に苦手意識というか「また何か言われるかも」とビクついていたけれど話してみたら全然そんなことはなくて、話しやすいなぁと素直に思う。

「寮ってどんな感じなんですか?」
「どんな?…むさ苦しいぞ、男しかいないからな」
「ふぅん。楽しそうですけどね」
「気楽だけどな。今度来るか?」
「えっ寮にですか?わたし、入れるんですか?」
「見つからなきゃ入れる」
「えぇ……」

むさ苦しいと言ったときの表情は勉強のことを話しているときと同じようにようにげんなりしていたのに、「見つからなきゃいいんだよ」と笑う顔は少年っぽくて先輩に対して失礼かもしれないけれど男子ってしょうもないなぁ…なんて考えていたら、頭の上に何かが乗ったようなごくわずかな重みを感じて、思わず振り返った。

「瀬見さん、みょうじに変なこと言わないでください。そいつ抜けてるとこあるんで真に受けたら困ります」
「白布!」
「冗談に決まってんだろ。お前が来るの見えてたからどんな反応するかと思って言っただけ」

振り向くと不機嫌を隠さずに白布が立っていて、さっき感じた重みは彼が手に持っていたノートだとわかった。

え、なに。
白布と瀬見先輩って仲悪いの?
もしかして白布、いじめられてたりする?
確かにセッター同士だからポジション争いをする仲だとは思うけれどわたしの頭の上でこんなにバチバチするのはやめてほしい。

「先輩、連絡事項回しに来てくれたんだよ」
「そうそう。まぁテスト期間で顔見れないかわいい後輩に会いたかったってのもあるけど」
「…瀬見先輩、何言ってるんですか」

ふざけてこういうこと言うタイプなんだな、意外…なんて思っていたら白布の眉がピクリと動くのがわかった。
君はもう少し先輩に対しての態度を改めようか。
礼儀知らずなわけじゃないのにバレー以外でこんな顔を先輩の前でするなんて、テスト勉強で気が立っているとしか思えない。

「まぁ寮の食堂でテスト勉強するって言えば昼間なら問題なく入れるだろ。みょうじ、困ったら言えよ。獅音に声かけといてやるから」
「え、ありがとうございます…?」
「じゃあな」

やけに楽しそうな顔をして、去り際にわたしの頭をぽんぽんと叩くように撫でて瀬見先輩は廊下を歩いて行った。
背が高いから歩幅も大きくてあっという間にいなくなってしまう。

「…大平さんに声かけるって何の話?」
「大平先輩、成績良さそうですねってさっき話してて。いつも寮で勉強するときは大平先輩が先生役なんだって」
「教えてほしいって頼んだのか?」
「まさか。ただの雑談だよ」

チラ、と白布を見上げればいつものポーカーフェイスに戻っている。

「わたしには頼りになる先生がいるから」
「…期末はほとんど面倒見てないけどな」

勉強会は一緒にしていたけれど、実は今回は自力でけっこう頑張った。
白布に頼りっぱなしなのもどうかなぁと思うし、一年生の一学期の試験からわからないとなるとこの先が思いやられるからだ。
……さっきまでここにいた瀬見先輩に忠告(本人はそんなんじゃないと言っていたけれど)されたからではない、多分。

「白布、今日もう帰るの?」
「どうするかなぁと思ってみょうじに聞きに来た」
「わたしは図書室行こうかなぁ」
「じゃあ俺も勉強して帰る」

この前、「一緒に勉強会は控えたほうが良い」って話したのにな。
まぁその話をしていたら少し怒らせてしまったのだけど。
…自分から控えよう、って話をしたのに白布から歩み寄ってくれたら断れるわけなんてなくて、「家に帰る」って言えばよかったのかと思う。
カバン取ってくるから待ってて、と自分の教室に戻って行った白布の後ろ姿を見送ってから自分も手ぶらだったことを思い出して教室に戻った。

「なまえ、あの先輩よく来るねー」
「うん。部活の連絡しに来てくれるんだ」
「すごい背ぇ高いね!うちのバレー部ってだけでかっこよく見える」

どの先輩がかっこいいとかって会話は女の子にとっては日常会話で、中でも運動部の男子はわかりやすく目立つからか人気が高い。
もちろん文科系の男子でも「知的で落ち着い付いている」って話題の人もいるけれど。

「なんて名前なの?」
「瀬見英太先輩。二年生だよ」

瀬見先輩は確かにかっこいいよなぁと心の中で頷いていたら、別の友達が「わたしは白布くんのほうが好みだなー」と言うから手に持ったペンケースを落としてしまった。

「わかる、さっきの先輩は男らしい感じだけど白布くんは王子系だよね、どっちも良い」

どっちも良い…ってそんな言い方。
けどそっか、白布って王子系?なんだ?
床に散らばったシャーペンや消しゴムを拾いながら友達の言葉に耳を傾ける。

中学の時からモテるんだろうなっていうのは薄々感じていたけれど、運動ができて頭も良くて何より優しいし、うん、これはモテるに決まっている。
卒業式のときも制服のボタン根こそぎなくなってたもんなぁ。

白布の話題になっている直後にその人と勉強するって勝手に気まずいな、と思いながら廊下に目をやれば白布がちょうどカバンを持って戻ってきたところだった。

「…ごめん、わたし図書室で勉強して帰るね」
「うん!あ、白布王子と勉強会かぁ、頑張ってね」

白布王子、との呼び方に苦笑するけれど中学からの仲を突っ込まずにいてくれる友達にありがたいなぁと思う。



「白布って瀬見先輩と仲悪いの?」
「……なんで?」
「さっきの雰囲気がなんか険悪だったから」
「まぁ、良くはない。部活やるのに支障ない程度にはコミュニケーション取ってると思うけど」
「そっか」
「そういうみょうじは?」
「ん?」
「瀬見さんと雑談なんてするほど仲良かったっけ。顔見たかったとか言われてるし」
「あれはただの冗談でしょ。仲良いってほどじゃないよ、普段そんなにしゃべらないし」

ふーん、と前を向いたまま白布が返事をする。
その横顔をこっそり見上げていたら視線に気付いた白布が「ん?」とこっちを見て視線が絡む。

「そういえばなんでノートだけ持ってうちのクラスの前にいたの?」
「……みょうじが、瀬見さんと楽しそうに話してるのが見えたから」


白布も瀬見先輩と話したいなら素直になればいいのになぁ。



(2016.09.12.)


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