9.きっとここから

「みょうじってテーピングできる?」

土曜日、朝から練習試合が組まれていて、相手校が到着する前に倉庫からボールの籠を出そうとしていたら後ろから声をかけられた。

「瀬見先輩。できますけど…」
「ん。じゃあ今日頼んでいいか?」
「わかりました、これ置いてきちゃうのでちょっと待っててください」

先輩を待たせては悪いと大きい籠をさっきよりも力を込めて押した。

……びっくりしたー。
入部して数ヶ月、たくさんいる部員の名前はバッチリ覚えたけれどその中でも話したことのない人はたくさんいる。
先輩となると自分から気軽には話しかけられなくて、瀬見英太先輩もその一人だった。


「忙しいのに悪いな」
「いえ!…あの、できるんですけど、人によって好みがあると思うので違和感があったら言ってください」
「了解」
「では失礼します」

右手を差し出してくれて、恐る恐るその手を取る。
中学からバレー部のマネージャーをしていたのだから男子の手を触ってテーピング、なんて数え切れないくらいやってきた。
けれど、さっきも言ったように話したことのない先輩が相手となると緊張してしまう。

「……」
「……きつくないですか?」
「おー大丈夫、あと中指も頼む」
「はい」

右手の次は左手。
沈黙が気まずいな、なんて失礼なことを考えていたら瀬見先輩の手がピクリと動いた。

「すみません、痛かったですか?」
「あー少し。緩めて」
「わかりました」
「みょうじってさ、」
「はい?」
「中学でもマネージャーやってたんだってな。白布と仲良かったの?」

白布と同じ中学だってことも知っている言い方だ。
まぁ入部したときに自己紹介で出身中学も言ったしなんの不思議もない。

「普通に仲良いですよ。一緒に勉強したりみんなでバレーの試合観に行ったりしてました」
「へー」
「?なんでですか?」
「二人が付き合ってるらしいって部内でちょっと噂になってる」
「…えぇ?!」

無意識に先輩の手を強く握ってしまって、「痛ぇよ」って言いながら笑ってくれた。

「あっす、すみません…!」
「動揺しすぎ。何、本当に付き合ってんの?」
「付き合ってないです!」

中学の時も白布と付き合ってるのかって何回も聞かれたけれど、まさか高校でも言われるとは。
仲は良い、それは本当。

「まぁ白布が真顔で付き合ってませんって否定してたけど」

瀬見先輩が話しかけてきたのって、もしかしてこのことを話したかったからだろうか。
もしわたしが白布と付き合ってるなら、不純な動機で入部するなって思われていたのかもしれない。
ここには真剣にバレーをやってる人しかいない。
わたしだって、選手のみんなの力になりたいって思っている。


…でも真剣にバレーに向き合ってる白布には、こんな風に疑われるってこと自体が迷惑なんじゃないんだろうか。

「あの、その噂って広まってるんですか?」
「いや、一年が話してるの聞いただけだし二、三年は知らないんじゃね?」
「…もし誰かが話してたら違うって言っておいてくれると助かります」
「おー。まぁお前らそんな浮わついた雰囲気ないから大丈夫だろうけど。…ってなんで泣きそうなんだよ」
「えっ?」

言われて自覚したけれど、気が付いたら視界が潤んでいる。
悲しいとか恥ずかしいとか、そういんじゃない。
情けない。
支えたいって思っていたのに邪魔になりかねないんだって考えたら情けなくて唇を噛み締めていた。

「俺が泣かしてるみてぇじゃん」
「すみません…瀬見先輩、」
「んー」
「ありがとうございます、忠告しに来てくれたんですね」
「はぁ?」

中途半端になっていたテーピングをなんとか再開しながら先輩にお礼を言ったら怪訝そうな声が降ってくる。

「俺はテーピングしてほしかっただけ。みょうじと話してみたかったのもあるけど」

忠告とか、そんなんじゃねぇよって言う瀬見先輩はわたしの手元をジッと見ていた。
テーピングをしてほしかった、と言ってくれた言葉は純粋に嬉しくて、さっきまで沈んでいた気持ちが少し浮上するような気がした。

「…はい、終わりです。違和感ないですか?」
「おう、ありがとな」
「いえ!またやらせてください!」

ひらひらと手を振って選手の輪に混じって行く瀬見先輩の背中を見送りながら心臓のあたりが熱くて痛くなった。
瀬見先輩に声をかけてもらえたことは嬉しい。
練習試合とは言え、試合のためのテーピングを任せてくれるなんて、光栄すぎる。
けど、選手との距離の取り方っていうか、白布との距離感って、客観的に見たら近いのだろうか。
こんなこと今まで考えたことなかった。




「みょうじ」
「っし、らぶ。おはよう」
「はよ。珍しいな、瀬見さんと話してんの」
「うん、テーピング頼まれて」
「ふーん。俺のも頼んでいい?」
「うん」

いつもみたいに、手を取って巻いていく。
いちいちどこをどう…なんて話はもうしなくて、お互いに無言なことが多い。
だけどこんな風にもやもや考えているときに限って、話しかけてくるんだからなんなんだろう。

「瀬見さんと何話してたの?」
「え…テーピングの好み、とか。初めて巻かせてもらったから」
「なんか百面相してたな」
「っ、見てたの?」
「順番待ちしてたから」

百面相の九割はあなたのせいです、なんて言えるはずもなく、苦笑いで返すしかない。

「今も難しい顔してる」
「そうかなぁ」
「みょうじは考えすぎるとこあるけど、大体は無駄なんだからその癖治せよ」
「む、無駄…」
「とりあえず今から部活なんだし、余計なこと考えてる暇ないだろ」

言い方は冷たい。
表情だって一見怖いくらいの真顔。

だけど、その言葉の中に白布なりの優しさがあるってもう知ってる。

「…うん。ありがとう」
「別に。思ったこと言ってるだけ」





そもそも、わたしが白鳥沢に入りたいと思った理由はきっと「不純な動機」なのだろう。

それでもここにいたいし、バレーボールが好きな気持ちに嘘はない。
役に立ちたい。
支えたい。

白布の手を握りながら、改めてそんなことを思った。

(2016.06.08.)


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