6.白昼の流れ星

「やばい白布どうしよう、心臓が口から飛び出そう」
「もう結果出てんだから今更緊張したって仕方ないだろ」
「そうだけど…そうだけど…」
「はいはい、サクッと見てサクッと帰るぞ」
「白布なんでそんな余裕なの?!」


第一志望である白鳥沢の入試から三日。
たった三日で俺たちのテスト採点は終わり合否が発表される。

みょうじの家の前まで迎えに行って一緒に合否を確認しに行く最中、みょうじの口数はとても少なかった。
入試のあとも他の滑り止めの学校の試験があったから会うのはその日以来だというのに。
電車に揺られているときも不安げに瞳を潤ませて、長い睫毛を震わせて、きゅっと唇を引き結んでジッと外を流れる景色を眺めていた。
膝に乗せた通学カバンの上にみょうじの手が乗せられていて、その手がぎゅっと強く握られている。
なんとなく、俺も話しかけられなくて隣に座るみょうじにならって景色を見ていた。



白鳥沢の最寄り駅について、もう少しで見えてくるというところでみょうじが口を開いたと思ったら「やばい白布どうしよう」で、呆れてしまうけれど黙っていられるよりはいいなぁと思ってしまう。

「なんでって、自己採点したら俺ら二人とも合格圏内だっただろ」
「…自己採点は自己採点だもん」

こういうときだけネガティブなんだよなぁ。
白鳥沢を受けると二人で打ち明けあったときからのみょうじの頑張りを誰よりも近くで見ていた。
伸び悩んだ成績も、入試直前にはしっかり合格圏A判定に入っていたし、入試が終わったその足でふたりでファストフード店でした自己採点だって高得点だった。

「解答欄がずれてたらどうしよう」
「そしたら笑ってやるよ」
「笑えないよ…!」
「みょうじが落ちてたら俺らライバルだなー白鳥沢と青城かー」

みょうじも俺も、既に青葉城西の入試はパスしていた。
俺はバレーが強いところが志望校だったけれど、みょうじも青城を受けるのは予想外だった。
偏差値がちょうどいいし、白鳥沢との日程の兼ね合いがあったことが大きな理由だったようだ。

「うぅ…そんなの嫌だ…白布と白鳥沢通いたい…」
「おーじゃあさっさと見に行くぞ」

そんなの俺だって嫌だよ、という言葉は飲み込んでいつまで経っても足を踏み出そうとしないみょうじの手を掴んで歩き出す。
躊躇いがないわけではなかったけれど動こうとしないこいつが悪い。

もし、万が一みょうじが青城に通うことになったとして。
みょうじが男子バレー部のマネージャーをまたやることになったとして。
対戦校のコートに俺と違うジャージを着たこいつがいるなんて、そんな光景は見たくない。




(…てかみょうじ、手ぇちっちゃ)

そう思った途端に弱い力で握り返されたもんだから心臓が忙しなく動く。
深く考えずに取った行動だったけれど意識したらやばいな、と思ってただまっすぐに合格発表の掲示板を目指した。



大丈夫、きっと。
やれることはやったんだ。




掲示板の前には人だかり。
番号を見つけて喜ぶ人、落胆する人、当然だけれどどちらもいるわけで、それを目の当たりにしたみょうじはまた少し歩く速度を落とした。

「みょうじ」
「…うん、さっさと見てさっさと合格確認して帰る」

不安そうな顔は変わらない。
それでも意を決したように前を見た。
背の低いみょうじは番号が見えなくて頭を左右に動かして自分の番号はどのあたりかを探す。

俺は人の後ろからでも見えるけれど背伸びをしているみょうじのために少しずつ前のほうに進んでいく。
ようやく全部の番号が視界に入った。


あ…、と思った瞬間。

繋いだままだった手にぎゅっと痛いくらいの力が込められた。




「あった、白布、ねぇ」

見下ろしたみょうじの目は、今にも零れそうな涙が溜まっている。
よかったなって言う前にみょうじが続ける。


「白布の番号あったよ」





みょうじのことを好きになった理由はよくわからなかった。
部活の選手とマネージャーで、一緒にいることが多かったから?
コートに立つ他の男を見る目があまりに真剣で妬けたから?
きっかけはそうだったかもしれないけれど、日々積もって自分の中で揺るがないものになったこの気持ちの理由は、きっとみょうじのこういうところだ。

お前さっきまで自分のことでいっぱいいっぱいだったじゃないか。
白布は余裕だ、なんて言ってたくせに。


なのになんで先に自分の番号より俺の番号見つけてるんだよ。


男子と女子は受験番号が区切られている。
自分の番号を探しているついでに見つかりました、なんてことはありえない。


現に、俺はみょうじの番号を見つけたけれど自分の番号はまだ見つけられていないのだから。





「…みょうじも、あったよ番号」
「えっわ、本当だ…!」

やった、やったね!と繋いでいなかったほうの手もみょうじの小さい両手でぎゅっと包まれた。
なんかもう手を繋いでいることが恥ずかしいとか、そんなことは頭になくて、手のひらを通して伝わってくる喜びが俺も嬉しくて仕方なくて、お互いにぎゅうぎゅうと手を握りしめた。

「やったな、お互いに」
「どうしよう嬉しい」
「とりあえずどくか、他の人の邪魔になるし」


人混みを抜けて二人で大きく息を吐く。

「白布、写真撮ろう?」
「おー、約束だったしな」
「じゃあ約束通り、白布スマイルお願いします」
「……携帯貸して」
「えっなんで一緒に撮ろうよ」
「だから、みょうじの腕の長さじゃ後ろの掲示板まで写らないだろ」

貸して、ともう一度言ってみょうじから携帯を受け取る。
グッと体を近付けて俺より大分低いところにあるみょうじの頭に少し顔を寄せるとシャンプーの香りがした。
携帯のカメラを起動して、内側カメラに切り替える。
自分の顔と、みょうじの顔、それと後ろの合格掲示板がしっかり写っていることを画面で確認してシャッターボタンを押した。

「白布、全然笑ってない」
「みょうじだって目ぇ真っ赤」

携帯の画面を二人で覗き込んで顔を見合わせて笑う。

あーやばい、やっぱ嬉しいな。

みょうじの勉強見て、自分も必死にガリ勉して、ようやく手が届いた憧れの王者白鳥沢。
やっとだ。
ここでバレーができるんだ。
ウシワカにトスをあげられるんだ。


「…嬉しそう」
「は?」
「四月からここでバレーできるんだね、やったね」

…みょうじはエスパーか何かか。
俺の考えていたことを読み取られて恥ずかしくなる。

「みょうじもな」
「うん、嬉しいね」
「あー…バレーしてぇ」
「今日って部活やってるよね?入学必要書類もらったら学校寄ってみよっか。報告もしたいし」

そうだ、みょうじの言葉で書類をもらわなければいけないことを思い出した。
浮かれてんなぁと自分でも驚いた。
事務所で受験番号を告げると優しそうな雰囲気のおばさんが「おめでとう」と言って書類を渡してくれた。
なんだかむずがゆくなりながらもお礼を言って、みょうじと顔を見合わせ笑った。


白鳥沢の広い敷地をみょうじと歩きながら、あぁまたこいつと三年間一緒なのだなと思うと柄にもなく顔が緩む。
さっき勢いで繋いだ手はいまはもちろん離されていて、みょうじは書類を大切そうに両手で抱えている。
周りを見渡すと見慣れない校舎やグラウンドなのに、隣にはみょうじがいて、なんだこれ、めちゃくちゃ幸せだ。
ここがスタート地点だってことはわかっているけれど、今日くらい浮かれたっていいだろう。


「ねぇ白布」
「ん?」
「ありがとう、本当に。白布のおかげだよ」

みょうじの髪が風に吹かれて揺れる。
それだけなのに、どうして胸が締め付けられるように痛いのだろう。

「こっちこそ。ありがとな」
「わたしお礼言われるようなことなんにもしてない」
「みょうじのおかげで俺も頑張れたから」

強いところでバレーがやりたかった。
白鳥沢でウシワカにトスをあげたかった。
そこにみょうじがいてくれたら、俺はきっともっと強くなれる。

「えへへ、これからまたよろしくね」



白布と三年間またバレーできるの嬉しいな、そう言ってみょうじが笑った。

(2016.02.25.)


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