5.雪解け

寒い体育館、隅にストーブが置かれているのは俺たち生徒のためじゃなくて先生たちのためじゃないかと思う。
俺たちの方には暖気は届いてこなくて、ぶるっと身震いをした。
きっちりクラス毎に並ばされて冷たい床に体育座りをして校長の話を聞くのはこれで何度目だろうか。
外はぼたん雪がしんしんと降っていて、また積もるのだろうなぁと窓へ目を向けるけれど見慣れた景色に風情も何もない。
女子が制服のセーラー服の上に学校指定のジャージを羽織っていて、中には膝掛けで足をくるんでいる人もいる。
並んでいるクラスメイト達の中から、バレー部ジャージを羽織っている小さな背中を探してぼんやり見つめた。

あの背中と肩を並べて机に向かうようになってから半年。

今日で二学期が終わる。










「終業式の日ってさ、」


バレー部の部室で二人向かい合いながら弁当を食べていたらみょうじが口を開いた。
今日も昼過ぎから図書館で勉強する約束をしている。

「部活引退する前は午後練がっつりできるから好きだったんだけど」
「うん」
「引退した今だと校長先生の話聞くためと掃除のためだけに来たーって感じするよね」
「あーまぁたしかに」

俺はみょうじと勉強する時間が長くて嬉しいけど、なんて言葉は牛乳と一緒に飲み込んだ。
中三男子の平均より少し高いだけの身長が嫌でほとんど毎日牛乳を飲んでいる。
効果があるのかはわからないけれど。
いくらセッターでもバレーをやるには今の身長では足りないのだ。
ぼんやりと白鳥沢バレー部の面々の屈強な体を思い浮かべた。

「まぁあと二ヶ月くらいで勉強からも解放されるし、そしたら一緒に部活参加しような」

あと二ヶ月、と自分で言ってその短さにギクリとした。
俺もみょうじもこのまま勉強すれば大丈夫、だと思う。
ただもうすぐこの二人だけの少し特別な時間が終わるのだと思ったらやっぱり寂しい。


「冬休みもっと長ければいいのになぁ……勉強、間に合うかなぁ」

ぽつり、とギリギリ聞き取れるくらいの声量で言われた本音。
みょうじの箸が止まっていて、俯いている顔を覗き込めばハッとしたように無理矢理に笑うからこっちの心臓が痛い。

「弱気になってる場合じゃないのはわかってるんだけど」

弱々しく笑う顔ですら好きだと思うし、華奢な肩に手が伸びそうになる。
いまのみょうじにそんなこと絶対にできないけれど。
古びた暖房のゴォーという音が妙に耳についた。

「…俺、わりとハッキリ物言う性格なんだけど」
「うん?知ってるけど」

だからなんだ、と言いたげな表情。

「受かる見込みないなら最初から一緒に勉強しようなんて言わない」
「…白布が勉強見てくれてなかったから希望なかったと思うけど」

そんなことない、と返せばまた弱々しい顔。

「何より俺がみょうじと白鳥沢に一緒に通いたいって思ってる」



確証のない未来に向かっていくことは誰だって怖くて、いまの努力や頑張りが実を結ばないのではないかと不安になる。
勉強も、バレーも同じことで、俺だってそうだ。
数式みたいに答えが決まっていることばかりじゃない。
絶対、なんてことはありえない。
それでもいま出来ることをやるしかなくて、毎日必死に勉強するしかない。

「だから、受かってもらわないと困る」
「えっ励まされるのかと思ったのにプレッシャーかけられてる…?」
「みょうじは弱気なの似合わない」
「あはは、たしかに。白布は厳しいなぁ」
「あと笑ってた方がいい、と思う」

…やっといつもみたいに笑ってくれたみょうじに安心して口が滑った。
言ってしまってからやばい、と思って左手で口元を覆っても言った言葉はなかったことにならなくて、みょうじが驚いたように目をパチクリさせている。
引かれたかも、と思ったのにみょうじからはまたカラッとした笑い声が返ってきた。
切り替え早いな。

「常にむすっとしてる白布には言われたくないなぁ」
「…そうかよ」
「けど実は笑った顔かわいいよね、白布って」
「……うっせ」
「受かったら一緒に合格発表のボードの前で写真撮ろうね。あ、あと入学式のときも校門のとこで撮りたいな」
「おう」
「そのときはとびっきりの白布スマイルお願いしますよ」
「努力する」
「うん、なんか元気出た。頑張ろうね」
「何を今更当たり前のことを。当然だろ」
「ほんっと白布先生は厳しいなぁ」







寒さが本格的に厳しくなってきて、毎日テレビの天気予報では積雪量がどうだ、最低気温がどうだということばかり言っている。
降り積もる雪が視界を覆って、白に埋め尽くされた世界に自分たちの居場所や行く先が見えなくて不安になる。
だけど、隣を見たときにいてほしいなって奴がいる。
そんなのエゴかもしれないけれど、それでも一緒に進みたいと思った。



雪どけは、きっともうすぐだ。

(2016.01.25.)

短い


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