4.君のいない日

「今日の休みはみょうじだけだなー」

教室に入ったときから空席だな、と思っていた席の人物の名前が担任から出てきて、やっぱり休みか、と自分の眉間にシワがよるのがわかった。

「ウィルス性の胃腸炎らしい。みんなも気をつけろよ」

胃腸炎って。
こんな時期に。
よくわからないけれど数日は休まなきゃいけないんじゃないのか?

チラッと斜め前の空席を見たら、さらにその前からみょうじの席を見ていた石川と目が合ってなんだか気まずい気持ちになった。




一限の授業が何事もないかのように始まる。
まぁ生徒が一人休んだだけだし、それが普通なんだろうけれど。
いつも見てる後ろ姿がないだけで、どうしようもなく落ち着かなくて、体調はどうだろうとか、家に家族はいるだろうか寂しくないだろうかとか、そんなことばかり頭をよぎる。

(ノート、持ってってやるかぁ)

三限の英語は多分プリントを使った授業だし、何日か休むなら溜め込んでから届けるよりもその日毎に持って行ったほうがいいのだろうか。
さっきから先生の話す言葉が呪文のように右から左へ抜けていっていたけれどボンヤリしてる場合じゃないな、と姿勢を正した。



一日の授業が終わって放課後。
いつもならみょうじと図書館に向かうところだけれどあいにく今日は一人だ。
今日の分のノートをコピーするべく、身支度を整えて職員室に向かう。
と、階段を降りている最中に声をかけられた。

「あ、白布先輩!」
「おーなんか久々だな」
「引退してから全然来てくれないんですもん!たまには顔出してください!」

バレー部の後輩だ。
俺はあんまり愛想が良くないし、後輩をかわいがるってタチでもなかったけれどこうやって引退してからでも声をかけてくれるのは素直に嬉しい。

「悪い、受験追い込んでて。終わったら行く」
「はい!白布先輩、白鳥沢第一志望なんすよね?すごいっすね」
「お前も今から勉強しとけよ」
「いやー今からやっても白鳥沢はちょっと。みょうじ先輩と同じ高校とかめっちゃ行きたいですけど」

ニコニコ、となんの他意もなく笑う後輩に少し動揺する。
苦し紛れに「俺じゃなくてみょうじ目当てかよ」と苦笑いを返せば「ジョーダンですよ!」と笑う。

「みょうじ先輩とまた同じバレー部ってめっちゃ羨ましいです。あっもちろん白布先輩のトスももう一回打ちたいなって思います!」
「おーありがとな」
「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「?いいけど、なに?」
「先輩たちってやっぱり付き合ってるんですか?」
「……は?」

俺は相当嫌な顔をしてしまったらしく、目の前の後輩が慌てたように両手を顔の横で振る。

「あ、すみません!バレー部ん中でお似合いだよなって話になってて!二人で白鳥沢目指してるし、勉強も一緒にしてるって聞いて!」
「…付き合ってないよ。っつーか、そんな話してる暇あんならしっかり練習しろよー」
「はい!すみません!けどお似合いだと思ってるのはマジなんで!」

そう言い捨ててデカイスポーツバッグを抱えて体育館の方へ走って行った後輩の背中を見守りながら、自分の顔がどうなっているのか不安になる。
照れだか呆れだかでよくわからないことになっている気がする。


お似合い、ねぇ。

そうなれたらいいな、とは思うけれどみょうじの好きな奴の話とか本人から聞いたことないからな。
…みょうじは、やっぱりウシワカが好きなんだろうか。
すぐに脳裏に浮かんだ「怪童」の姿に、思わず溜息を吐いた。



「失礼します」

ガラ、と職員室の扉を開けると中からもわっと温い空気が漏れてきた。
入り口の一番近い机に座っていた国語の先生に「コピー機借りてもいいですか?ノートコピーしたいです」と聞けば「どうぞ。使い方わかる?」とご丁寧に聞かれる。

「わかります。ありがとうございます」
「ノート、もしかしてみょうじさんに?」
「…そうです」

うちのクラスは今日の四限でこの先生の授業があったから、みょうじが休んでるってのは知ってるんだろうけれど、なんでバレたんだ。

「仲良いよねー白布くんとみょうじさん。一緒に勉強してるんでしょ?」

コピー機のところに案内されながら、使い方はわかると言っているのにノートをセットしている間もずっと横で話している。
うちの学校の先生の中では若い女性の先生で、女子とよく恋愛の話で盛り上がっている様子を見るからそういうノリで俺とも話しているんだろうか。
別に嫌ではないけれど、みょうじの話をされると気恥ずかしい。

「はぁ…まぁ志望校が同じなんで」
「白鳥沢だよね、いやぁ二人とも優秀だなー。ねぇねぇ、付き合ってるの?」
「はぁ?」

さすがにそこまで踏み込まれるとは思わなくて、しかもさっき後輩にも聞かれたばかりということもあって、自分でもビックリするような音量の声が出た。
先生は驚くどころかカラカラ笑っている。
これは絶対に楽しんでるな…大人って嫌だ。

「……付き合ってません」
「ふーん?勉強会ってどっちから言い出したの?」
「…俺ですけど」

話しながらもコピーを取る手は止めず、残り一教科だ。

「そっかそっか。若いっていいなぁ!」
「先生もまだ若いじゃないですか」
「白布くんは良い子だねぇ。まぁ何か困ったことあったら言ってね。一応教師だからさ。あっみょうじさんにもお大事にって言っといてーこの後、家行くんでしょ?」
「…はい」

なんだか色々と見透かされているような感じがして、それは俺がわかりやすいのか、それとも先生の観察力なのか、まぁどっちでもいいけれどどちらにしろあまり居心地の良いものではなかった。

コピーを終えてお礼を言って職員室を後にした頃にはなんだかドッと疲れていた。


下駄箱で靴を履き替えながら、そういや一人で帰るの久しぶりだな、と気が付いた。
俺から言い始めた勉強会だけれど、本当に毎日一緒にいて、一緒に帰って。
「寒い」と零した独り言は誰の耳にも届くことなく消えていった。






……メール、してから来た方がよかっただろうか。
コンビニで買ったゼリーとポカリを左手にぶら下げながら、携帯を見つめてみょうじ家の前でしばらく考え込む。
てかゼリーとか食えるのかな?
一応食べやすいものにはしたけど、胃腸炎とかなったことないからわからない。
ポカリも、親御さんが用意してるかもしれないけれど、手ぶらでノートだけ届けるっていうのも味気ない気がして買ってしまった。

(…起こしたらごめん。今、みょうじんちの前にいる。ノート持ってきたからポストに入れときます。お大事に、っと)

さすがにインターホンを押して家の人に挨拶する勇気はないから、みょうじ本人に届けてるってことは伝えないと、不審物がポストに入ってるなんて騒ぎになったら大変だ。

大丈夫か?とかいつ頃学校出てこれるんだ?とか聞きたいことはたくさんあるけれど、返事を促すような内容は良くないと思ってできるだけ簡潔にメールを打って送信した。
ゼリーとポカリはポストに入らなかったから、ノートの切れ端に「お大事に」と自分の名前だけ書いたメモを入れて玄関扉のドアノブに引っ掛けた。

…冷静に、なんかすげー恥ずかしくなってきた。
俺なにやってんだろう。



と、みょうじ家に背を向けたところで、頭上からいつも聞いてるのより少しだけくぐもったみょうじの声が降ってきた。

「白布ー!ちょ、待って!」
「、みょうじ」
「わざわざありがとうー!」
「な、お前具合悪いんだからとりあえず窓閉めろ」
「え、でも」

髪の毛ボサボサ、服装もまぁ当たり前だけどパジャマ。
顔もなんかしんどいですって表情なのにデカイ声出して窓開けっぴろげでアホか。

慌てて携帯を取り出してみょうじに電話をする。

『もしもし?』
「おーとりあえず窓閉めろよ」
『む……わかった』

大人しく窓を閉めて、そのまま窓にへばりつくみたいにこっちを見下ろすみょうじに思わず笑ってしまう。
なんだあいつ、かわいいな。

「胃腸炎だって?」
『うん…こんな時期に馬鹿だよね。うつりやすいみたいだからしばらく学校行けないや』
「だなー。授業のノートとプリント持ってきたから、体調マシな時にでも目ぇ通しとけよ」
『わざわざありがと、ごめんね。白布も風邪引かないように気を付けてね』
「おう。…食欲あんの?」
『あんまりない。昨日なんにも食べられなくてポカリばっかり飲んでたよ。さっきヨーグルト食べた』

ただでさえ華奢なのに、そんなに食ってなくて折れてしまうんじゃないかと本気で思った。
ヨーグルトが大丈夫ならゼリーもいけるのだろうか?
よくわからないけれど、日持ちもするしまぁ置いて帰るか。

「…ゼリーとポカリ買ってきたから、それも玄関に置いとく。後で親御さんにでも回収してもらって」
『えー何から何まで…ありがとう。白布いいお嫁さんになるよ』
「なんだそれ。俺もう帰るけど、なんかあったら連絡して」
『うん。ほんと、ありがとう』
「あー…あのさ、治ったら美味いもん食いに行こう」
『え?』


みょうじの電話越しの声と、窓越しの表情が驚いている。


『あ、うん、またたい焼きとか!食べたいなぁ』
「んー」
『…白布?』

多分、あれは俺の言葉の真意をはかりかねてあたふたしてる。

じわじわ胸に広がる、あったかくて心地よい痛みみたいな、よくわからない想い。


「うん、たい焼きも」
『うん』
「まぁ早く治せよ。お大事に」
『ありがとう』

電話を切って、窓越しのみょうじに手を振ったらさっき閉じられた窓がまた開いた。

「白布ーありがとー!」
「おー」
「たい焼き楽しみにしてるー!」

またね、と笑った顔はさっきよりも血色が良いような気がするのは俺の勘違いだろうか。
もう一度手を振って、背を向けて歩き出したら後ろからピシャっと窓が閉まる音がして振り返ってしまう。
また窓にへばりつくみたいな体勢になってるみょうじに笑ってしまうと、不思議そうに首をかしげる。

キリがないな、と思いながら最後にもう一度だけ手を振れば、季節外れのひまわりみたいな笑顔で口パクで「ばいばい」と言っているのがわかった。


思ったよりも元気そうで安心した。
来てよかったな。




本当は、美味いもん食いに行こうって言ったのは帰り道の買い食いとかじゃなくて。
クリスマスも近いし、ケーキとか、女子ってそういうの好きだし。
けどあからさますぎるかって飲み込んだ。


どんどん欲張りになる。

受験が優先だってちゃんとわかってる。
二人で受かるんだ。

だから、今はこのまま、頼りにしてもらえる距離感でいないと駄目だ。



陽が落ちる前に一人で歩く帰り道はつまらなくて、さっき会ったばかりなのにみょうじに会いたいと思った。


(2015.12.04.)


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