1.伏せた睫毛の隙間


「えっ白布、白鳥沢受けるの?難関じゃん」
「まぁ普通に勉強やってれば受からなくないだろ」
「さすが、余裕だね」

余裕、だなんてことはない。
今までバレー漬けだった分をこれから取り返さなくてはならないのだから。

中学から始めたバレーはそれなりにうまくなっていって、ボールに触るのが楽しかった。
高校でももちろん続ける予定だったけれど、中学三年間でこれといった成績を残すことができなかった俺にスポーツ推薦なんてものは来なかった。
だったら一般受験するしかない。
どうせなら強いところでバレーがしたい。

候補はいくつかあったけれど、文武両道兼ね備えている白鳥沢、目標にするならここしかないと思った。
まぁ親や先生への表向きな理由はこれ。

ごく少数の仲間内にだけ話した白鳥沢第一志望の本当の理由は、とても単純で。
牛島若利にトスをあげたい、それだけだった。
「お前どんだけバレー好きだよ」と笑われたし「イバラの道進むな」と感心とも呆れともとれる感想をもらった。
だって仕方ないだろ、あんなスパイカーにトスをあげられたらどれほど気持ち良いだろう。
そう思ってしまったんだから。


「そっちは?どこ受けるの?」
「…実はわたしも第一志望は白鳥沢」

えへ、なんてかわいい笑顔を浮かべながら見せてきた進路調査票の一番上には綺麗な文字で「私立白鳥沢学園高校」と書かれていてぎょっとした。

三年間バレー部の選手とマネージャーとして関わってきた高野と、高校も同じかもしれないと思ったら胸が弾む。
…と、同時にこの前みんなで高校バレー大会の決勝を観に行ったとき感じた違和感を思い出す。


「さっき難関じゃん、とか言ってたくせに」
「うん…先生には滑り止めのこともしっかり考えなさいって言われたよ」
「成績足りてんの?」
「……正直微妙。けど、やりたいことがあって」
「やりたいこと?」

含んだような言い方をするから、聞き返すのは至極当然のことだろう。

「バレー部のマネージャー、やりたいの。白鳥沢で」

照れたように視線を伏せて、進路調査票を持つ手に少し力が入ったようで、プリントがくしゃりと音を立てる。

「そんなに部活熱心だったっけ…?」
「えっと、」

あぁ、やっぱり聞かなきゃよかったかも。
すげぇ嫌な予感。






この前、バレー部何人かで高校の大会を観に行った。
県大会の決勝戦、白鳥沢対青葉城西。
どちらも実力は確かで、さすがに全員が全員レベルが高くド迫力な試合だった。

中でも目立っていた選手が二人。
白鳥沢の牛島若利と、青葉城西の及川徹。
どちらも一年生ながらチームを引っ張っているのがわかったし人気も高いようだった。

「すげースパイクだな」とか「あんなトスあげてみてぇな」とか、そんな月並みな感想を持ちながら、来年はあそこでプレイするのだと強く思った。


一方で。


隣にいたみょうじがぎゅっと、スカートを握り締めているのが視界に入った。
試合に熱中しているのだと思ったけれど、いつもとテンションが違くて、普段なら俺らと騒ぎながら観戦するくせに、その目はどこか熱をもったようで、見たことないような表情をしていた。

「みょうじ?大丈夫か?」

そう声をかければ慌てたように立ち上がりかけて、我にかえって座り居住まいを正す。

「ご、ごめん…」
「いや、何が?」

謝れる理由がわからなくて聞き返す。
えへへ、と誤魔化すように赤い顔して微笑まれてもう何も聞けなかったのは、なんとなく察してしまったからだ。


その後、帰り道に他のマネージャーとこそこそ話している声が聞こえてしまって、みょうじの近くを歩いていたことを酷く後悔した。

「なまえ、気になる選手でもいたの?さっき選手名簿熱心に見てたね」
「え?!えーっと…」
「そんな反応したらバレバレだよ!やっぱり青城の及川さん?」
「いや、及川さんは華やかすぎてちょっと無理」
「無理とか!えーじゃあ誰?他にかっこいい人いた?」
「……白鳥沢の、すごかった人」
「あぁ、ウシワカだ!」
「ちょっと、声おっきいよ…!」
「中学のときから有名だよね、うちは当たったことないけど」
「名前は聞いたことあったし、会場で見たこともあったけど、プレイしてるとこ初めて観た。…かっこよかった」




かっこよかった。


そう言ったみょうじの横顔が大人びて見えて、俺は初めて自分の気持ちに気がついた。

俺、こいつのこと好きだ。

よりによって他の男の話をして頬を赤らめている顔を見て気がつくなんて最悪。


吐き出した溜息は、薄暗い空気に消えた。








「ウシワカ?」
「えっ」

放課後の教室には俺ら以外にもクラスメイトは残っていて、少しざわついている。
俺の小さな声を拾ったみょうじは、驚いたように落としていた視線をあげた。

「…やっぱ、あんなすげぇ選手と同じチームとか憧れるよな」
「う、牛島さんがってわけじゃないけど、白鳥沢すごいなってこの前思ったよ」

牛島さん、と言う声がなんだかたどたどしくて、あぁこいつは嘘がつけないんだなぁと思わず苦笑い。

「まずは受かんないとな」
「う…頑張ります…」
「一緒に勉強する?苦手な教科とか、見てやる」
「えっでも白布の邪魔になるよ、自分でなんとかやってみる」

慌てたように両手を振るみょうじに、「教えるのも勉強になるし」と言えば「白布は本当に余裕だね、すごいなぁ」と今度はみょうじが苦笑い。

「志望校同じなんだし、一緒に頑張ろうぜ。んで、また同じチームでバレーやろう」

みょうじがパチパチと大きな瞳を瞬かせて、次の瞬間ふわりと笑う。

「白布のそういうとこ、好き」
「……なに言ってんの」
「バレーやろうってさ、わたし選手じゃないのに。そういう風に言ってくれるとこ好きだよ」

ありがとね、なんて言われたらどう反応するのが正解なんだよ。
わかんねぇよ。


みょうじはウシワカが好きなのかもしれないし、ただの憧れかもしれない。
それか、本当に白鳥沢っていう強豪に惹かれているだけなのかもしれない。

本当のところを聞く勇気は、いまの俺にはないけれど、とりあえずそれは後回しだ。

まずは目の前の受験。

こいつと残り数ヶ月、勉強して勉強して、たまにはバレーで息抜きして、春から一緒に白鳥沢に通うんだ。

話はそれから。



その間に、ゆっくり俺のほう向かせてやるから、覚悟しとけよ。


(2015.10.04.)

白布くん沼に落ちそう…
memoで思いの丈を書きますね…



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