満員電車と黄瀬涼太

あーあ、最悪。




4月の月曜日の朝。
新学期が始まってまだ日にちが経っていないからか、いつも以上に電車が混んでいる。
ただでさえ混雑しているっていうのに、今日はダイヤが乱れてホームに人がごった返していた。

電車は定期的に来るけれど、ぎゅーぎゅーに人がすし詰め状態の電車なんて、見るだけでげんなりしてしまう。
ホームのベンチに座って何本か電車を見送った。

だけどそんなことも言ってられなくて、次電車を見送ったら部活の朝練に遅刻ギリギリになってしまうって時間帯になったからサラリーマンに混ざってホームで電車を待つ列に並ぶ。


ダイヤの乱れ、なんて言わないでもういっそのこと電車止まっちゃえばいいのに。

頑張って運転している車掌さんごめんなさい。
だけど、そう思う程度には混んでいる駅のホームも電車も混んでいる。



「電車到着します、白線の内側までお下がりくださいー!」


ホームで乗客の列整理をしている駅員さんが声を張り上げている。
溜息を吐いている間に、電車が滑り込むように到着した。
視線を向ければ案の定、めちゃくちゃな混雑っぷりだ。


プシューっという音と共にドアが開いて、人がどんどん降りてくる。



と、そのとき視界に綺麗な金髪が飛び込んできた。

いつも電車で見かける綺麗な金髪。
後ろ姿しか見たことないけど、それでも顔が小さいのがわかる。

背ぇ高いなぁ。
あれくらいあったら満員電車でも息苦しくないんだろうなぁ。
なんて、それくらいしか思っていなかった。


大きな体を投げ出されるように降りてきた金髪の男の子。
ちょっと足元がふらついているように見えて、頭を振るような仕草をして、ホームのベンチにドカッと座った。

(あの人、顔真っ青だった…)

いつも後ろ姿しか見ていなかった男の子の顔を初めて見た。
見たと言っても下を向いていたし、横顔だったし、サラサラの金髪で半分くらい隠れていたけれど。

降りてくる人たちが途絶えて、ホームに並んでいた人たちが電車に乗り込もうと列が進みだした。

(どうしよう、あの人、大丈夫かな…)

後ろからおじさんがグイグイ押してくるのを感じながら、足が進まない。
朝練には遅刻してしまうかもしれないけれど、この電車に乗らなくても授業には間に合う。


気が付いたら列を離れて、金髪くんのベンチに駆け寄っていた。
…と、その前に、自販機でペットボトルのお水を一本買う。

「あの、大丈夫ですか?これよかったら…」
「え、あぁ…」

意を決して声をかけてみたものの、その人は顔をあげずに右手をあげて「大丈夫です」と消えそうな声で返事をくれた。

「でも顔色すごく悪いです、よかったらこれ飲んでください。今買ってわたし飲んでないので」

断られるかも…と思ったけれど、案外すんなりとペットボトルを受け取ってくれてホッとした。
顔は俯いたままだし髪の毛で半分も見えないけれど、真っ青だけれどキメの細かい肌だなぁなんて場違いなことを思う。

ゆったりした動作でペットボトルのキャップを開けて、口もとに持っていったときにようやく金髪くんの顔がちゃんと見えた。

(わぁ、イケメンだ…ってこんな時に不謹慎!)

つい見入ってしまいそうなくらい、彼の横顔は整っていてちょっとドキッとした。
今更ながら知らない男の子に声をかけるなんて大胆なことをしてしまった。
だけど、毎日見る後ろ姿の彼をなんとなく放っておくことができなかったんだ。

「あの、ありがとう。水…」
「えっううん、気にしないでください。電車乗れそうですか?」
「そっスね。大分マシになったけどめちゃくちゃ混んでるし、まだ正直乗りたくないっスね」

そう言う彼の表情は確かにさっきよりは色が戻っているようだったけれど、満員電車は避けた方が賢明だろう。

「そうですね、もうちょっと休んで、電車が空いてきたら乗ったほうがよさそう。わたしは次の電車に乗りますね」
「…もしかして、俺のせいで乗りそびれた?」
「え?」
「だって、いつもこの駅から乗ってくる子っスよね?」
「え?!」

なんで知ってるの?
わたしが後頭部を見つめていたの、バレてた?


「あの…、なんで知ってるんですか?」
「?なにが?」
「わたしがこの駅から乗るの、なんで知ってるんですか?」


一拍置いて、ボンって音がするのではって思うくらいイケメンくんの白い肌が赤くなった。

「あー…なんでって聞かれると困るんスけど…その、」

赤らんだ頬。
合わない視線。
言い淀む言葉を抑え込むように手を口にあてている。


あぁやばい、これは、もしかして、

「ごっごめんなさい。盗み見してたわけじゃないんですけど、綺麗な金髪だなぁって思ってて、その、ごめんなさい……」

文句を言われる前に謝ってしまえ、と思って頭を下げながら捲し立てるように言う、と。

「え?なんのことっスか…?」

イケメンくんがきょとんとしている。
頬の赤みは少し引いたみたいだ。

「わたしが、毎朝電車の中で見てたから視線を感じていたのではないかと…」
「え、」
「気持ち悪くてごめんなさい…ストーカーではないんです…綺麗な金髪だなぁと思ってただけで、本当に」



言い訳に聞こえてしまうかもしれないけど、嘘じゃない。
だって顔は見たことなかったもん。

ただ、サラサラな金髪とか人より抜きんでている身長とか、後ろ姿が素敵だなぁって思っていただけ。
どんな顔なのかなって思ったことがないわけではないけれど、電車を降りるときに横を通り過ぎても、顔を盗み見る勇気なんてなかった。



「いや、そうじゃなくて、いつも同じ電車だなって思ってて。あ、オレ海常高校なんスけど、うちの学校の最寄の一駅前で降りるからなんか覚えちゃって。ほら、こんな早い時間に電車乗ってる高校生ってあんまいないから」

たしかに、わたしたちが乗ってる電車は学校の授業開始時間より大分早い時間だ。

「だから、いつも後ろ姿しか見れなかったけど、なんか気になってて。ってあー……」

全く予想していなかった言葉に、真意を測りかねてドギマギしていたらイケメンくんが急に頭を抱えてしまった。

「だ、大丈夫ですか?そういえば具合悪いんでしたよね?」

話していてすっかり忘れていた。
真っ青だった顔色はすっかり元に戻ったみたいだけれど。
さっきは真っ赤だったしな。


「あぁ、それはもう大丈夫。水飲んで話してたらよくなったよ、ありがと」
「いえいえ、よかったです。頭、痛いのかと思いました」

そう言えばなんだか乾いた笑いが返ってきた。



「あのさ、これも何かの縁だと思うんスよね」
「はい?」
「連絡先、教えて。コレのお礼に、今度お茶でも奢らせてクダサイ」

コレ、と言って掲げたのはさっき渡したお水のペットボトル。

そんなのいいのに、って思ったけれど、後頭部しか知らなかった彼とこうやって話していたら、なんだか無性に胸がザワザワしている自分がいて、目の前の綺麗な顔がみるみる赤くなっていく様子を放心状態で見つめていたらわたしまで赤面が伝染したみたいだ。

顔が熱い。



とりあえず、これからは毎朝会ったら後頭部じゃなくて顔を見て挨拶できるんだなって思った。


(2015.05.16.)

いつも拍手ありがとうございます。
黄瀬くんを眺められたら満員電車も苦じゃないよなって話です。

ハードワーク気味で体調悪い黄瀬くん。


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