後輩ふたくちくん

「二口って好きな子のこといじめるタイプだよね」
「は?」
「お、当たり?」
「いやいや、いきなりなんですか」

心外にもほどがある。
この人は俺の優しさをなんだと思っているのか。

「青根くんとか鎌先への態度とか見てるとそんな感じする。かわいい1年マネちゃん入ってきてもいじめちゃ駄目だからねー」
「来年の話とか気ぃ早くないすか」
「そうかな、でも三年はもう引退だしさ。こうやって補習回避のために二口に勉強教えるのもあとちょっとだね」
「…お役御免とか思ってます?」
「あはは、まぁね。けど二口は頭悪いわけじゃないし、教えるの楽だったよ」
「先輩は進学するんですよね」
「うん」
「どこの大学行くんですか?」
「うーん、まだ悩んでる」
「決めたら教えてくださいよ」
「かわいいこと言うねぇ」


かわいいなんて言われたってこれっぽっちも嬉しくないし、誤魔化されたような気がした。
この人はいつも俺を後輩として扱っていて、確かに先輩と後輩の関係ってもんに間違いはないのだけど、三年の先輩たちと話してるときのこの人の顔と、今の顔が違うのはものすごく不愉快だ。

後輩って立場を利用してこうやって一緒にいるのに、あれもこれもって思う自分はわがままだろうか。


「二口?わかんないとこあった?」
「あ、いや、大丈夫」

そう言ったら先輩は自分の参考書に目を落として、それが工業高校の授業では習わないような難しそうな長ったらしい英文だったから息が苦しくなった。

この人はどこか、俺の予想なんかより遥か遠くに行ってしまうんではないだろうか。
こんなセンチメンタルな考えはらしくなくて我ながらむず痒くなってきた。

「先輩は、」
「うん?」
「茂庭先輩みたいな人が好きなんすか?」
「えー…なんで茂庭?」
「じゃあ鎌先さんとか」
「いやいや、だからなんで。どうしたの?」

さっきまで教えてくれてる間だって俺の顔なんて碌に見ずに参考書ばっかり
見てた瞳がやっとこっちを見た。

「先に話振ってきたのそっち」
「えぇ…なんか身内ってゆうか部内でこういう話するのって恥ずかしいからやめようよ」
「でもどうせ先輩もうすぐいなくなるじゃないですか」
「うーん、そうだけど、」
「てか好きな人いるんですか?」
「……いないよ」
「今の間はなんですか」


すっかり手が止まった。
握りしめたままのシャーペンを机に置いた先輩が、苦笑い。

「二口には秘密」
「…なんでっすか」
「言ったらからかわれそうだから?」

もうその答えが、好きな奴いるってことで、それは俺じゃないって言っているようなもんだった。


「つまんねーの」
「人の恋愛をつまんないって失礼な。そういう二口は?彼女いないんだっけ?」
「毎日部活ばっかで彼女なんて作る暇ないっすよ」
「それもそうかーわたしも三年間ちゃんとした彼氏って出来なかったな」
「…ちゃんとしてない彼氏ならいたんすか?」
「付き合っても続かないんだよね。わたし部活最優先だったから」

そういうの理解してくれない人とは続かなかったなぁ、と苦笑い。
俺が先輩を想っている間にも、誰かと付き合ったり別れたりしていたのだろうか。

「もう部活引退したじゃないすか」
「うーん、今誰とも付き合う気ないから…」

俯いた先輩がノートに目を落とす。
先輩の目に俺は映らない。


「いや、ちょっと違うんだけど…誰ともって言うかね、好きな人、いるんだ。だからその人以外とは付き合わないって意味」
「…じゃあ、その人から告られたら付き合うんだ?」

ほら、やっぱり好きな奴いるんじゃん。
誤魔化そうとされたことに腹が立つ。



「わかんない」
「はぁ?なんで?」
「だって、わたしと付き合ってもその人のためにならないんだもん」

先輩の言っている意味がわからなくて思わず口調が強くなる。
そいつともしも両思いでも付き合わないってことは、俺にとっては好都合なのに。

好きな奴とでも付き合えない、なんて思考が理解できなくて、たった一年長く生きているだけの先輩は俺よりきっとたくさんのことを考えているんだ。

そう思ったら制服についている学年を表すバッジすら恨めしく思えた。



「意味わかんねーんだけど」
「なんで二口が怒るの?」
「先輩が曖昧なことしか言わねーからっすよ」
「だって、言えないよ」
「俺、男女問わず恋愛相談よくされるよ?」

困ったような顔で見上げられて、かわいいなーって思うけど、そんな顔したって引かない。

「聞いたら二口困ると思う」
「俺が知りたいって言ってんだから困らない」
「……じゃあ、もし困ったら今から言うこと忘れてね」


そう言うと、きゅっと一度形の良い唇を引き結んでまた開く。
やっぱりバレー部の三年かなって、こっそり覚悟を決める。



「わたし、二口のことが好き、です」



試験前だと言うのに人の少ない図書館は静かで、先輩の発した言葉はまっすぐ俺に届いたのに理解するのに時間がかかった。

黙ったままの俺に先輩が泣きそうな顔で笑いかける。


「ごめん、困るよね。忘れていいから、ほんとに。ごめん」

今日はもう勉強終わりにしよっか、なんてあたふたとペンケースや教科書を片付けようとする小さな手を掴んだ。


「困ってないから、忘れない」
「…でも、」
「ビックリはしたけど、嬉しい。だから忘れていいとか言わないでください」

さっきから泣くのを我慢してる顔とか、震えてる手とか、そういうの全部俺のせいかって思うとたまらない。

好きな子いじめるタイプか、なんて心外だったけれど案外当たっていたのかもしれない。
かわいくて仕方ない。


「っつーかもし俺が付き合おうって言っても付き合わないんですか?」
「…だって、二口の一番はバレーでしょ。そういう二口のこと、その、好きになったから、邪魔になるようなことしたくないもん」
「バレー以外だったら先輩が一番っすけどね」
「…え?」
「そもそも、そこ比べるの間違ってると思いますよ。部活は部活、恋愛は恋愛。ね?」
「ちょっと待って、どういうこと…?」
「だからー、」


緩みそうになる口元を右手で隠す。



「俺も先輩のことが好きです、ってこと」



だから付き合おうね、拒否権はないって言い方をしたら、小さく頷いてくれたから堪らず抱き締めた。


(2014.09.22.)

生意気なのに先輩大好きバレー大好きなふたくちくんが好き


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