21

「足は、もう大丈夫みたいだな」

わたしのペースに合わせてゆっくりゆっくり歩いてくれる宗介にむず痒さを感じながらも、家の最寄駅に着いた。

「うん、合同練習のときには治りかけてたもん。もう全然平気だよ」
「捻挫は癖になるから気をつけろよ。お前どんくさいから」

最後の一言、完全に余計だよって言葉は飲みこんで素直に頷いておく。
心配してくれるのは伝わったから。

「しんどかったら言え。つーか、体調悪いなら家にいろ」
「大丈夫だって。ちょっと寝不足なだけ」
「美波が倒れかけたって言ってたけど」
「あー…ちょっと立ち眩みがしただけで…美波くんが咄嗟に支えてくれたから倒れなかったよ」

宗介が怪訝そうな顔で見下ろしてきた。
180p以上ある仏頂面の男子に見下ろされたら、いくら幼馴染だからってちょっと萎縮する。
昔から身長が高いほうだったけれど、中学三年まではここまで大きくなかったのに。
東京に行っている二年でまた伸びたのだ。
小学生のときは成長痛に苦しんでたっけなぁ、なんて懐かしいことを思い出した。
いつの間にか開いてしまった身長差は、わたしたちの心の距離と比例しているみたいだ。

「お前美波と仲良いの」
「え、なんで?」
「この前の合同練でも話してただろ。今日も一緒にいたし」
「合同練のときはみんなと話してたから美波くんだけってわけじゃないよ。今日もたまたま」
「ふーん」

そっちから聞いてきたくせに興味なさそうな声が返ってくる。
宗介の反応が薄いことなんて昔からだけれど。

「…昔は男友達なんていなかったくせに」
「そう言われても…高校も共学だし普通に男友達いるよ」

なんなら彼氏だっているのに。
真琴とのことはこの前の合同練習のときに宗介にも伝わった。
まさか記憶から消えているなんてことはないだろうけれど、どう返せばいいのかちょっと困る。

「宗介こそ女の子と話してるイメージない。江ちゃんには優しい顔するけど他の子には愛想なかったよね」
「女子にっつーか誰にでもだろ」
「あ、自覚あるんだ。凛以外にも友達作らないと駄目だよ」
「…友達くらい他にもいる」

駅から家までの帰り道、歩き慣れた道なのに隣に宗介がいるだけで少し違って見える。
あんまり隣を見られずに前だけ見ていたんだけれど、チラリと見上げたら宗介もこっちを見下ろしていてバッチリ目が合った。

へらり、と笑えば眉間に皺。
見てたのはそっちなのに。
どうしろって言うんだ。



この前の合同練習で会ったとき気まずい感じで終わってしまったし、昨日再会した貴澄に聞いた話は自分のなかで消化できていないし、今日宗介を見かけて正直どうしようってめちゃくちゃ動揺した。
だけどこうやって話したら宗介が普通に接してくれて助かった。
他の誰かがいるときは宗介とうまく話せないのに、二人だと平気なのは不思議だけれど、多分二人のときのほうが宗介が優しくて穏やかだからだ。







「あら、宗介くん?」

みょうじ家が見えてきて、あと少しで着くというところで、道の向こう側から声をかけられた。

「お母さん!」
「なまえおかえり、宗介くんはこの間ぶりねー二人でお出かけしてたの?」
「違うよ、偶然会っただけ」
「こんちは」

宗介とこの間ぶりって、なんだ?と一瞬戸惑うけれど、凛と宗介がうちに突然来た日かと思い至る。
凛が「そこでおばさんと会った」って言ってたもんな。

「これからどこか行くの?」
「いや、こいつ体調悪いみたいなんでまっすぐ帰れるか見張ってただけで。俺はもう帰ります」
「あら、なまえ体調悪いの?大丈夫?」
「全然平気。宗介が過保護なだけだよ」
「おい」

宗介がいつも以上に低ーい声で「おい」なんて言うからちょっとビクついたらお母さんがまた余計なことを言い出した。

「宗介くん、寮だったわよね?もしご飯食堂で食べるとかだったらうちで食べて行って」
「ちょ、お母さん」
「なまえは食べられる?具合悪いならお粥にしておく?」

いやいや、そういうことじゃなくて。

「この間は全然おしゃべりできなかったから宗介くんが良ければ、ね?」

ね?って…確かにお母さんは宗介とゆっくり話す時間なんてなかっただろうけれど、いきなりそんな。

「そんなこと急に言われても宗介も断りづらいよ」
「俺は別に…おばさんが迷惑じゃないなら」
「迷惑なわけないじゃない!宗介くんもうちの子みたいなもんなんだから」
「えぇ、ちょっと」

絶対断ると思ったのに宗介が満更でもない雰囲気で、お母さんも嬉しそうに返す。
たしかに昔はよくみょうじ家で宗介がご飯食べたり、わたしが山崎家で食べたりっていうこともあったけれど、まさかの展開すぎて…あぁもうまた頭が痛くなってきた。

「ふふ、じゃあ決まりね!」なんて言うお母さんにぐいぐい背中を押されて我が家に押し込まれた。

…どうしてこうなるの。







「できたら呼ぶから、なまえの部屋で待っててね。なまえは具合悪いなら寝ときなさい」と言うお母さんに背中を押されて自分の部屋に引っ込んだのはいいけれど、想定外の展開続きだ。

「……」
「…あー、とりあえず座って。なにか飲み物持ってくるね」
「いや、いらない」
「そうですか…」

気まずい……。


カーペットの上に座った宗介に無言でクッションを渡せば宗介も無言で受け取る。
昔からあるそのクッションは小さい頃の宗介のお気に入りで、座り込んだ位置も昔の定位置。
懐かしい気持ちとか、すっかり成長した宗介がここにいる違和感とか、なんだか落ち着かない。

それが伝染したのか、宗介も後ろ手で無造作に頭を掻きながら「あー…」と、いつもより歯切れ悪く話し出す。

「つかお前は寝とけよ。飲み物ほしいなら俺が取ってくる」
「え、大丈夫だよ」
「自分では大丈夫って思ってても案外疲れてるもんなんだよ」
「でも、わたし寝たら宗介暇じゃない?」
「別に。そんな気ぃ遣う必要ないからさっさと寝ろ」

一回座ったくせに立ち上がって、ぽんっとベッドのほうに背中を押される。
渋々ベッドの縁に座れば「寝なくてもいいから横になっておけ」と言われて、それには素直に従った。

平気だと思ったのにベッドに寝転んだ途端に瞼が重たくなる。
思考がふわふわ漂うみたいだ。

「…宗介」
「おう」
「県大会、出るの?」
「なに当たり前のこと言ってんだ。出るに決まってんだろ」
「…だよね、ごめん変なこと聞いて」

昨日の貴澄の話を忘れたわけじゃない。
カマをかけるつもりはなかったけれど、わたしの問いかけになんの淀みもなく答えてくれた宗介の言葉を信じよう。

怪我なんて、そんなのきっと貴澄の勘違いだ。
そう思ったらなんだかホッとしたのか、横になったからか、単に寝不足だからなのか、忘れていた眠気が濃くなる。
意志に反して閉じようとする瞼を弱い力で擦れば、「寝ていいから」なんていつもより随分優しい声が降ってきて、気がついたら意識を手放していた。

完全に眠りに落ちる前、頭に触れた優しい感覚と「…寝顔は変わんねぇな」と言った低い声は現実なのか夢なのかわからなかった。










「お、お母さん!」
「あら、おはよう」


気が付いたら部屋は真っ暗で、慌ててかけてあったタオルケットをどかして部屋を出たらリビングにはお母さんとお父さんしかいなかった。
時計の針は夜の22時を指している。

「宗介は…」
「ご飯食べて帰ったわよ。なまえ、よく寝てたから起こすの可哀想だーって言うから起こさなかったんだけど」

起こすのが可哀想なんて、宗介が言ったとはにわかには信じ難い。
しかもご飯はしっかり食べて行ったのか。

「お腹すいてる?トンカツ揚げたのよ、宗介くん好きだったなぁと思って。余ってるけど食べる?」
「ん、いいや。お風呂入って寝る」

寝起きだしこの時間にトンカツか…とお母さんの申し出を断った。
宗介の好きな物を覚えてるなんて我が母ながら天晴れだ。



さっさとシャワーを浴びて、さっきまで寝ていたベッドにまた潜り込んだ。


(2015.10.18.)


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