20

ほとんど眠れなかったせいで体が重いし、今になって眠気が襲ってくる土曜の昼前。
江ちゃんが家まで迎えに来てくれて約束のお買い物にくりだした。

真琴のためにお弁当箱を新調しようと思うって話をしたら、江ちゃんはスポーツショップでちょっと重たい買い物があるから…とのことだったから、先に重量的に軽いわたしの買い物を済ませることにして、いつだったか凛と宗介と行ったショッピングモールに行った。

真琴のお弁当箱はわりとすんなり買えた。
男の子が使えそうなお弁当箱ってあんまり種類がないんだな。
女の子用のものはいろんなバリエーションがあって、自分のも新調したくなってしまう。
新調なんて言ったって普段はお母さんが作ってくれているし、お弁当生活も残り一年を切っているんだけれど。

…宗介は、普段のご飯どうしてるんだろう。
寮生活ってご飯は食堂なのかな。
怪我、してるなら、ちゃんと栄養のあるもの食べてるかな。

なんて、宗介はスポーツマンでわたしなんかよりよっぽどそこらへんの管理はしっかりしてるハズなのに考えてしまう。
駄目だなぁ。
良い彼女でいたいなって、真琴に対して思っていた矢先だったのに。
…ここで罪悪感を感じるあたりが間違っているのかもしれないけれど。



「なまえちゃん、もしかして体調悪い…?」
「えっ」
「朝から顔色あんまり良くない気がして…ごめんね、無理させてた?」

お昼ご飯を食べるために入ったカフェで、アイスティーを啜っていたら目の前の江ちゃんが眉毛を下げていて焦る。

「ううん、ちょっと寝不足なだけだよ。食欲もあるし!」
「ならいいんだけど…今日はお買い物済ませたら早めに帰ろうね」

寝不足なのは自分のせいなのに、気を遣わせてしまった。
最近いろんなことが上手くいかない気がして、それは全部自分の気持ちの問題だとは思うんだけれど、周りにまで気付かれるなんて。

大丈夫だよ、と何回言っても「とにかく今日は早めに切り上げよ!」と言ってくれる江ちゃんの言葉に苦笑しながら頷いてカフェを出た。












「あっねぇなまえちゃん、あれお兄ちゃんたちじゃない?」


スポーツショップに着いて早々、悩みの種である人物に会ってしまうなんてどういうことだろう。

江ちゃんが指した先には凛が後輩くんたちの水着を選んでいて、それを宗介が眺めていた。


「わ、本当だ…」

これだから田舎は。
買い物スポットなんて限られていて、スポーツ用品を買うなら確かにこのお店が一番品揃えがいい。

「もしやあれは!江さぁぁーん!!」
「おいモモ!」
「え、えっと…金太郎くん?だっけ?」

江ちゃん、今さっき凛が「モモ」って言ったのにそれはないよ…と心の中でツッコミを入れながらチラッと宗介のほうを見れば呆れたような表情でこの様子を見ていた。

一瞬、目が合ったのに思いっきり逸らされた。


「……、」
「なまえさんこんにちは!」
「あ、こんにちは愛ちゃん」
「なまえさんたちもお買い物ですか?」

愛ちゃんはいつ会ってもニコニコ笑って元気な挨拶をくれるから、お姉さん愛ちゃんのこと大好きだよ。

「そうなの。鮫柄のみんなは水着見に来たの?」
「はい!凛先輩が僕たちに合うものを選んでくれるって…ってモモくん!先輩に迷惑かけちゃ駄目だよ!」

見れば江ちゃんに飛びつこうとした御子柴くんの首根っこを凛が捕まえてお説教中だ。
愛ちゃんがそっちに駆け出す。
ちゃんと一言「なまえさん、失礼します!」って断ってからその場を離れる礼儀正しさも素晴らしいよ、愛ちゃん…。

御子柴くんの手から逃れた江ちゃんは、苦笑いしながら宗介のほうに寄って行って。
一方の宗介は腕組みしながら壁に寄りかかって、江ちゃんに優しい笑顔を向けていた。

宗介に聞きたいことがあるはずなのに会いたくなくて、会いたくないのに柔らかい表情を見れてホッとするなんて。


ぐるぐるまとまらない思考に頭が痛くなってきて、江ちゃんと宗介の元に行く気にはとてもなれなくて、広いお店の隅にあるベンチ目指して歩き出す。

江ちゃんからは見えない位置だけれど、お買い物終わったら連絡してって後で携帯にメッセージを送っておこう。



おかしいな、さっきまで本当になんともなくて、ちょっと眠いなってくらいだったのに。
頭が痛くて、目が回るみたいだ。
足元が覚束ない。
胸のあたりがぎゅーぎゅー痛い。


「なまえさん?大丈夫っすか?」
「…美波くん、」
「うーわ、顔色悪っ…て、うぉ、」
「ご、ごめん…」

心配してくれたのか、話しかけてきた美波くんのことを見上げたら、こう、クラっと来てしまって。
美波くんのほうにもたれかかるみたいになったところをシッカリ抱え込んでくれた。

「と、とりあえずそこのベンチ座りましょうか」
「うん…」
「なまえさん一人っすか?なにか買うものあるなら俺買ってくるんで言ってください」
「ありがとう、けど江ちゃんと来てて…江ちゃんがお買い物終わるの待ってるんだ。だから大丈夫だよ」

美波くんの優しさに素直に嬉しいなぁと顔がほころぶけれど、困ったように苦笑されてしまった。

「そっすか。じゃあ松岡さん探してここに座ってるって伝えておきますね、休んでてください」

もう一度お礼を言ったら綺麗な笑顔で「これくらい普通だ」と言われてしまった。
颯爽と歩いていく後ろ姿を見送ってから目を閉じる。
本当は横になってしまいたかったけれど、いくら隅の目立たないところとは言え公共の場だ。
壁にもたれかかるだけで我慢。

江ちゃんが戻ってくるまで少し寝ちゃおうかなぁ。
カバン…お財布とか入ってるけど、しっかり抱えてれば大丈夫だよね。

一晩よく眠れなかっただけで情けないなぁ。

なんか疲れちゃったなぁ。

一人で悶々と考えてても仕方ないことばっかり、慣れないこと考えていたせいで体もビックリしたのかもしれない。

「…おい」

高校三年のこの時期に、こんなことで悩んでいる場合じゃないんだけど。
部活も、もうすぐ県予選だし、進路のことだって考えなきゃいけない。

「おい、」

みんなはスポーツ推薦とか、あるのかなぁ。
凛は迷いなく水泳を続けるだろうし推薦だってきっと来る。
ハルは…競技としての水泳はハルにとってどういうものなのか、わたしには測りきれないや。
真琴は、どうするのかなぁ。



「おい、なまえ。こんなとこで寝るな」



パチリ、と目を開ければそこにいたのは宗介で。



「え、なんで」
「美波に聞いた。お前朝から体調悪かったんだろ、送っていくから帰るぞ」

そうすることが当然かのように言われてポカンとしていたら「まだ立つのしんどかったら休んでていいけど」と表情を変えずにわたしの隣に座る。

「水買ってきたけど飲むか?」

とペットボトルのお水を差し出されて、頷きながら受け取れば宗介の目元が少し緩んだ。
自分に向けられる視線が、決して優しいわけではないのに妙にくすぐったい。

「…宗介、何か買いに来たんじゃないの?」
「俺は別に。ただの付き添い」
「そっか」

なんだか手に力が入らなくて受け取ったペットボトルを開けるのに手間取っていたら、ゴツい手にそれを奪われた。
何も言わずに蓋を開けてくれて返される。

「…ありがと」
「おう」
「江ちゃんは?まだ時間かかりそうだった?」
「あぁ、なんか大量にプロテイン買ってて重いからって凛が家まで持って行ってやるって話になった。他の奴らも解散した」
「そっかぁ、江ちゃんに悪いことしちゃったな」
「…まぁ心配してたけど、凛と帰れるってそれはそれで嬉しそうだったから大丈夫だろ」


わたしが立ち上がらずにボケっとしていたら、宗介は何も言わずにずっと隣にいてくれた。

そろそろ帰ろうかな、と言ったら本当に送ってくれるつもりみたいで、わたしの荷物を持とうとしてくれる。

「これくらい自分で持てるよ」
「どうせ家まで行くんだし持ってやる」
「…でも重いし」
「なら尚更だろ」
「……じゃあお言葉に甘えて」


(2015.09.23.)

美波くんがでしゃばるのはわたしが彼のビジュアルが好きだからです笑。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -